Starry☆Sky | ナノ
※遊郭パラレルです。苦手な方は電源ボタンを押すことをオススメします。





「ようこそおいでくんなまし。わっちの名は名前と申します」
「名前…」
「旦那様の名は?」
「…星月、琥太郎だ」
「琥太郎さん…以後お見知りおきを」
「ああ」

時は江戸時代。将軍のお膝元として江戸の町が最も栄えていたころ、吉原という町に夜な夜な集まる男たちの姿があった。彼らの目的は、吉原で働く美しい遊女たち。数多くいる遊女の中でも、名前と呼ばれる花魁は他の遊女とは比べものにならないくらい美しかったという。彼女の艶やかな黒髪は見る人を引き止め、そこから見える陶器のように白いうなじは見る人を釘付けにした。ある人は言った。名前こそが吉原に咲く美しき花だと。

星月家の次期当主として毎日目まぐるしく働いていた俺を、俺の部下である直獅が息抜きだと言って俺を吉原に連れ出した。正直、吉原には悪い印象しか持っていなかった。酒は元々嫌いだったし、なによりも俺が気に入らないのはあの綺麗に着飾った遊女たちだった。たった一夜の営みのためだけに自分の身体を犠牲にしている彼女たちが理解出来なかった。なぜ自分の身体を大切にしないのか…。まぁ、それで金を貰っているんだから仕方がないのか。
嫌々ながらも、直獅の奢りだと聞いてついて来た。直獅は俺のために吉原で一番の美人だという遊女を連れてきた。正直あまり期待していなかった。俺の目にはどの女も同じに見える。よく直獅に節穴だと言われた。だけど、そんな考えは座敷の襖が開いた瞬間にどこかに消えてしまった。…息をのむ美しさとはこのことを言うのだろうか。赤い紅で彩られた唇が色っぽく微笑み、まるで夜空をそのままはめ込んだかのように輝く瞳が俺を見つめる。陶器のように真っ白な肌は蝋燭の光に照らされて神秘的だった。それが、俺と名前との出逢いだった。

「考えごとですか?」
「俺とお前が出逢ったころを思い出していた」
「懐かしいですね」

月明かりだけが手がかりになる真夜中。布団にいる俺の腕の中でいつものように艶やかに微笑む名前。いつのまにか名前と俺の関係は、花魁と客になっていた。あんな風に思っていても、堕ちてしまうのは簡単だった。あのときから俺は名前という存在に溺れてしまった。名前にとってはただの客の一人かもしれない。だが、俺にとって名前は愛しい存在だ。俺以外の誰かに抱かれている名前なんて考えただけでも発狂しそうだ。

以前、名前になぜ花魁になったのかを聞いたことがある。そのとき名前は「わっちは…どなたかのためだけに咲いていたかったけど、運命に抗うことが出来なかったのでありんす」と言っていた。彼女は家のためにこの吉原に奉公に出ている。貧しい自分の家族のために、自分の身体を犠牲にして奉公している。そんな名前を俺はほおっておくことが出来なかった。

「名前、なぜ俺の元に来てくれないんだ」

俺は名前のことが好きだ。愛している。最初こそは彼女の美しさにただただ惹かれているだけだったが、今では彼女の芯の強さ、覚悟、優しさ、そして…儚さ。全てを知った上で彼女ことが好きだ。昔の俺は人を好きになることから逃げてばかりだった。だが、今の俺は違う。名前という存在に出逢えたからこそ、初めて感じた気持ちがある。誰かを愛おしいと想うこと。誰にも渡したくないと思う気持ち。名前に出逢わなかったら、俺は一生この淡く儚い気持ちに気づかなかっただろう。この気持ちはいつも不安定だ。少しのことで動揺してしまう。その動揺をなくしたいからこそ、俺は名前に隣にいてほしいと思う。

「わっちは…この鳥籠から外の世界を眺めるだけで…」
「名前…」
「…遊女の中でも位の高い花魁と呼ばれるようになったその日から、外の世界は諦めやした」
「俺なら、お前の身請け金を払うことが出来る。…一緒に外の世界に出ないか?」
「…遊女を家に迎えるなど、琥太郎さんの顔に泥を塗ることになりやす」
「それでもかまわない!俺はお前に隣にいてほしいんだ!」
「…今日は、お引き取り下さい」
「名前!」

そう言って名前は着ていた着物を羽織って部屋から出て行ってしまった。…確かに、遊女の身請け金を払った家はあまり良い噂を聞くことはなかった。耳に入ってくるのは、女に誑かされた哀れな男という噂ばかりだった。それを聞いた俺は、そいつらのことを見下していたのかもしれない…。いや、見下していた。恋は身を滅ぼすことに繋がる。きっと身請け金を払った家はいつか衰退するだろうと思っていた。
だが、今となっては彼らの気持ちがよく分かる。この想いはどうしようも出来ない。身を焦がすほどに愛しく想う存在を手に入れたいと思うのは当たり前だ。それこそ、全ての地位や財産を捨てたってかまわない。相手が…名前がいるだけでいい。他には何もいらない。そうだ…他には…。





xox





あの日から琥太郎さんが店に来ることはなかった。きっともうわっちの元へは来てくれないのだろう。いつかこうなることを分かっていた。吉原で花魁と呼ばれる遊女は何人の男に抱かれたか分からない。わっち自身も覚えていないし、思い出したくもない。ただ、琥太郎さんとの一夜だけは別だった。あの人は他の人とは違い、ただただ静かにわっちに寄り添ってくれた。感じたふりの恋人ごっことは違う…本当の恋人と勘違いしてしまうほどの…。

琥太郎さんの元へ行きたい。琥太郎さんと共に生きたい。この気持ちに嘘はない。だけど、何人の男に抱かれたか分からない女を貰って嬉しい家はない。わっちはもうこの吉原という世界に長居しすぎた。だったら、この命が果てるまでここで生きようじゃないか。きっとそれがわっちの運命。狂った歯車は元に戻ることなく回ってゆく。

「名前姉さん、これを預かってきました」
「…?」

世話役である禿の娘から渡された小さな紙切れ。そこに書かれていた言葉を見たあと、紙を持って来た禿の顔を見た。禿は静かに頷いて「姉さんには幸せになってもらいたいです」と言って、部屋からそっと出て行った。あの娘はきっとこれが許されないことだと分かっている。後で何をされるか分からない。だけど、それを覚悟で持ってきてくれたのだろう。紙に書かれていた内容は『今夜の新月の晩、以前話した橋で待っている。共に行こう』一番端には琥太郎という名前が書かれていた。…以前話した橋とは、きっと琥太郎さんが月が一番綺麗に見えると言っていた橋に違いない。

わっちは、月明かりから逃げるように店の裏口からこっそり駆け出した。







--------------------------------

続くかもしれません。

12/09/15
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -