Starry☆Sky | ナノ
人と人が唇を重ね合わせることに、どんな意味があるのか。

相手を愛おしいと想ったら、キスをするの?
それとも、ただ口が寂しいのを紛らわすため?

よく、分からない…。

そういえば、キスする場所によって意味が異なるって聞いたことがある。確か、唇が愛情で、頬が親愛。額は祝福で手の甲は敬愛。それから、それから…。

あーやっぱり、分からない。キスするだけでその感情が相手に伝わるとでも思っているのだろうか。

そもそも、こんなことを考え始めた原因は私のことを押し倒しているこの男のせいだ。不知火一樹。星月学園の生徒会長だ。そして、私の恋人でもあるんだけど…。

この男が私を呼び出したせいで、こんなことを考えるはめになったんだ。

『部屋に来てくれ。』

これが、つい先ほどきたメールの内容。ただその一言が書かれたメールを読んで、私は牡羊座寮にある彼の部屋を訪れた。

だけど、ドアを開けたその先は真っ暗で、人の気配すらしなかった。

「一樹ー?入るよ?」

返事のないままに、私は部屋に足を踏み入れる。まったく、こんな夜中に呼び出しておいて呼び出した本人は不在ってどういうことなのよ。

本来なら、もう生徒は外出禁止の時間帯だ。それでも、たった一言だけのあのメールで職員寮を抜け出してしまう私は、よっぽど一樹に甘いのだろう。って、こうやって甘やかしていたら、悪循環じゃない。

「はぁー…まったく」

まぁ、甘やかすどうこうって話よりもまず先に、部屋の主がどこに行ったか確かめないと。

そう思って部屋を見渡すと、一箇所だけ不自然な箇所があった。

「まさか、ね」

まさか、彼女を呼び出しておいて自分はさっさと眠りについたとか冗談よね?

そう。その不自然な場所というのはベッドだった。ちょうど人一人潜り込んでいるかのような形で毛布が膨らんでいるのだ。

もし一樹がここに潜り込んでいるのなら、今すぐこの毛布の塊をぶん殴ってやりたい。

ああ、でも、彼がこうして私を部屋に呼び出したということはそれなりの理由があるのだろう。だったら、ここで怒ってしまっては逆効果な気がする。ここはとりあえず、優しくしてあげるべきなのかな…。

「一樹…。来たよ」

そう言って、そっと毛布を剥ごうとしたとき。突然、毛布がバサッと音を立てて舞い上がり、そして私はものすごい力でベッドの中へと引きずり込まれた。

急な出来事のせいで、上手く体勢が取れずに倒れこんだけど、ベッドが柔らかかったおかげでそれほど痛くはなかった。というよりも、引きずり込まれるときに掴まれた手首の方が痛いんだけど…。

反射的に閉じた目をゆっくりと開けると、目の前には私を押し倒す一樹がいた。それも、泣きながら。

「どうしたの…?」
「お、そっ…い…」
「…うん。ごめんね。警備員さんたちの目を盗んでいたら、出るのに時間がかかっちゃった」

ボロボロと大粒の涙を零しながら、一樹は私の手首を掴んでいる手にさらに力を込めた。

その痛みに私が眉をひそめようと、おかまいなしみたい。あーあ。きっと赤くなっているから後で冷やさなくちゃ。そのときに、涙で濡れた彼の目も一緒に冷やさないと、ね。

「…今日も、何か辛いことがあったの?」
「っ、うっ…なっ、ひぐっ、なん、で…俺…」
「大丈夫よ。ゆっくりでいいから…ちゃんと、聞いてるから」

嗚咽を漏らしながらも、必死に喋ろうとする一樹。そんな一樹を落ち着かせようと、私は掴まれていない方の手を伸ばして、彼の頬に触れた。

そもそも、どうして私がこんな平常心でいられるのか。それは、こうやって涙を流す一樹に呼び出されるのは今日が初めてじゃないからだ。もう、何度目になるかなんて分からない。それくらい、私はこうして一樹を慰めてきたから…。

さぁ、今日は何がったの…?

生徒会の仕事で何か嫌なことがあった?それとも、翼と喧嘩した?そういえば、前は颯斗に怒られただけで泣いてたっけ…。
ああ、それとも、東月くんと何かあった?また何か、言われちゃったのかな…。

そうやって、一樹が泣いている理由をいろいろ探してみるけれど、こればかりは本人に直接聞いてみないと分からない。

「いつ、も…俺っ、ばっ…か、り…」
「うん…。一樹ばっかり…どうしたの?」
「も、っ…こんな、力…」

ああ、分かった。どうして、一樹が泣いているのか。それはきっと、視たくもない未来を視てしまったせい。

誰かが、不幸になる未来でも視てしまったのか…。

「名前、俺…」
「大丈夫よ…。大丈夫」

そっと一樹の首に片腕を回し、抱き寄せる。そうすれば、手首を掴んでいた手からゆっくりと力が抜け、そして自由になった腕で私はさらに一樹を抱き寄せた。

最初、一樹はもぞもぞと動いていたけれど、そのうち寝心地の良い体勢が見つかったのか、私の心臓に耳を寄せて目を閉じた。

そういえば、前に一樹が言ってたっけ。こうして私の鼓動を聞いていれば安心するって。そのとき私は、まるで母親が赤ん坊を寝かしつけるようだって言って笑ったのを覚えている。

じわり、とシャツに染み込んでくる一樹の涙。
その涙の冷たさに、私もなんだか泣きそうになった。

しばらくして、一樹は落ち着いたのか目を開けてゆっくりと口を動かし始めた。

「こんな力、いらねーのにな…」
「…どんな未来を視たの?」
「っ…」
「…一樹が、一人で背負い込むことじゃないでしょ?」

私がそう言うと、一樹が顔だけを動かして私の方を見上げた。

未だにうっすらと涙を浮かべている瞳。
強くこすりすぎたせいで赤くなったしまった瞼。

その姿に、私の鼓動が少しだけ早くなった。

「なんてことない、未来なんだ…。あいつらが笑って歩いている姿を、俺が遠くから見つめている…そんな未来だった」
「それって、月子たちのこと?」
「ああ…」

一樹が視た未来。それは、月子と、そして東月くんと七海くんが笑い合って歩く姿。一見微笑ましい未来でも、一樹にとっては微笑ましくない未来だったみたい…。

もし、その中に一樹も加わっていれば…。

そんな未来は、きっと二度と訪れることないのだろうけど。

視た未来のことを思い出したのか、一樹はまたじわりと目尻に涙を溜めた。

「…私じゃ、だめ?」
「何、言って…」
「東月くんたちと一緒に笑い合うことはもうできなくても、私がいる。私ならずっと、一樹と一緒に笑い合うことができる」
「名前…」

一樹が最も望む未来を、私は与えることができないから。その代わりに、私の未来を貴方にあげる。もしかしたら、それだけじゃ足りないかもしれない。だけど、私が貴方に出来ることはこれくらいしかないから…。

私の言葉に、一樹は一瞬だけ目をぱちくりとさせた。だけど、次の瞬間には小さな微笑を浮かべてそっと私の頬に手の平を添えた。

「お前はそうやって、いつも俺の欲しい言葉をくれるんだな…」
「そうだと、いいんだけど…」

一樹の手の平に頬をすり寄せ、目を細めて微笑んだ。そうすれば、ゆっくりと一樹の顔が近づいてくる。そして彼は、私の唇に自分の唇を重ね合わせた。

何度も、何度も。飽きることなくキスを繰り返す。

最初はただ重ね合わせるだけだったその行為が、回数を重ねるうちに徐々に激しいものへと変わった。

私がそっと開いた唇の隙間から、一樹が遠慮がちに舌を差し入れる。くちゅ、と唾液が絡まる音と共に舌を使ってお互いの体温を分け合った。

「んっ、ふ…」
「はっ…」

蕩けた吐息が漏れ、恥じらいが混ざった甘い声が響く。ぼうっとする思考の中で、私はまたキスの意味を考えていた。

もしかしたら、キスという行為自体には元々意味はないのかもしれない。それでも、人はキスをする。きっとそれは、相手がそこにいることを確かめるため。相手の体温を唇で直に感じるだけで、こんなにも安心するから。

ああ、一樹は確かにここにいるんだって。

瞳で、耳で、唇で、肌で。直に貴方を感じることができるこの瞬間が、何よりも尊くて何よりも愛おしい。

「名前、名前…」
「一樹…」
「…お前がいてくれるから、俺は……」

何かを言いかけて、また一樹の瞳からは涙が溢れ出した。それが私の頬に落ちて、雫となった涙が頬を伝って私の唇を濡らした。

もっと…。そう思い、私は少しだけ背中を浮かせて一樹の頬を伝う涙を舐め取った。

「しょっぱい…」
「っ…!ったく、お前って奴は…」

思った以上に涙がしょっぱくて、私は思わず顔をしかめた。そんな私を見て、一樹は笑う。そのときに目尻に皺が寄って、また涙が零れた。

「普通、泣き虫な彼氏なんて嫌いになるもんじゃないのか?」
「んー…別に。だって…」
「だって…何だ?」
「一樹がこうして安心して泣ける場所が、私の傍だからそれでいいかなって」
「名前…俺、やっぱり誰よりもお前のことを必要としているみたいだ」

そう言って、一樹はまた私の唇と自分の唇を重ね合わせた。

ねぇ、一樹は誰よりも私のことを必要としてくれるって言ってくれたけど、きっと私の方が誰よりも貴方を必要としていると思うの。

だって、私がいることで傷ついた貴方の心が少しでも癒えるのなら、これ以上の幸せはないから。誰にも弱さを見せようとしない貴方が、こうして私には弱さを見せてくれる。

そうやって、一樹は私を『特別』にしてくれる。

誰かの『特別』になれることなんて、きっと一生のうちにそう何回もあることじゃない。だから、ありがとう。一樹。

その気持ちを込めて、今度は私から。
貴方に、『特別』なキスを。

2015/02/18 title by リラン
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