Starry☆Sky | ナノ
※一樹会長が所謂ゾンビ化しています。グロテスクな表現あり。


俺はただ、普通に生きたかっただけなんだ。

不知火一樹として。
星月学園の生徒会長として。

そして、人間としてー…。

「ぐっ…」

それは、痛みだった。

痛みによって、俺は目を覚ました。

身体中に激痛が走る。痛い、苦しい、熱い。まるで何百トンとある鉛に押しつぶされているみたいだ。

ここは、どこだ…?確か、星があまりにも綺麗だったから散歩でもしようかと思って、寮を抜け出したんだっけ?そして、寮を抜け出した俺は星月学園の近くにある裏山まで足を伸ばしていた。それから、それから…?

山道を歩いていて、それで…そうだ、月が見えたんだ。

手を伸ばせば届きそうな、大きな大きな月が。それに魅了された俺は、足元を確認せずに月へと手を伸ばしたんだ。

寝転がった体勢のまま、空を見上げる。ああ、やっぱり星が綺麗だ。って、今は星を見て感嘆している場合じゃない。確か俺は、崖から落ちたんだ。ったく、一体どれくらいの高さから落ちたんだよ…。

「は…?」

星から少しだけ視線をずらすと、俺が落ちる前までいたであろう場所が見えた。だが、俺は本当にそこにいたのか?そう、疑問に思ってしまう。なぜならそこは、今俺が寝転がっている場所から20メートル以上離れているからだ。

20メートルもの高さから落ちれば、ひとたまりもない。

だが、俺は生きている。
なぜだ?

激痛の走る身体を無理矢理起こし、自分の身体を見る。だが、所々に掠り傷のようなものはあるものの、これといって大きな怪我はなかった。

生きている、のか?

奇跡、とはこういうことをいうのだろう。俺がこうして生きているってことは、もしかしたら神様って奴が俺はまだこの世に必要な存在だと思ってくれたのかもしれないな。

安心感を覚えると共に、俺は生きていることをもう一度確かめるために、手の平を心臓に当てた。

「あ、れ…?」

鼓動が、ない。

そんなはずはない。俺は、手首や首筋に手を当て脈を確認した。だが、あるはずの小刻みなリズムがそこにはなかった。

いや、でも、こんなことってありえるのか?心臓が動いていないのに生きているなんて。ありえない高さから落ちたせいで気が動転しているのか?

落ち着け。まずは、深呼吸をして…って、呼吸ってどうやるんだ?

今まで当たり前のようにしていたソレが、今の俺には出来なかった。口から酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出すだけのソレ。ソレが俺には出来なかった。

こんなの、ありえない。ありえるはずがないんだ。

鼓動がないのに、呼吸をしていないのに。
俺は、生きている。

いや、生きているという言葉すら間違っているのかもしれない。

ああ、でも、今はそんなことどうでもいい。

腹が、減った。喉が、渇いた。
何でもいい。何か、俺を満たしてくれるものを。

何か、何か何か、何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か!!!

「ニャーオ」

野良猫が、いた。真っ黒な猫だ。その猫が視界に入った瞬間、ゴクリと喉が動くのが分かった。

人間が猫を食すなんて、今の時代にはありえない。そんなことは分かっている。理解している以上に、人間には理性ってもんがあるんだ。猫、だぞ?しかも生きている。それを食うなんて、普通は嫌なもんだ。

…だが、それがどうした?

グチャ。

肉の、潰れる音がした。ツンと鼻にくる鉄の臭い、飛び散った赤い液体、赤く染まっていく猫の身体。こんな光景、気持ち悪いと思うのが普通だ。だが…美味そうだ。

「ぐ、ちゅ、ぢゅっずるっ」

その日から俺は、命あるものの肉を喰らう屍になった。



あの日の出来事があったものの、俺は今も星月学園の生徒会長の座に君臨している。屍になる前と、何も変わらぬ日常を送っていた。

最初は、学校に来ること自体できなかった。学校に行けば、生徒や教員がいる。それが当たり前のことだ。だが、その当たり前のことが俺には試練でしかなかった。

人間を見ると、腹が減る。
食いたい、と思ってしまう。

それでも、何日も学校に行かなければ不審に思われる。だから俺は、あの日俺が屍になった裏山で、腹を満たしてから学校へ行った。それでも、ダメだった。生きている人を見るだけで、ダメなんだ。

裏山の動物たちとは違って、人からは美味そうな匂いがする。

食ったら、どんな味がするのか。どれほど腹が満たされるのか。そのことばかりが、ぐるぐると巡りだす。抑えようとしていた欲求が、暴れだす。

だがあるとき、俺は気づいた。
ある条件下の元でなら、俺は『人間』でいられることを。

「一樹会長?怖い顔して、どうしたんですか?」

それが、俺の隣を歩くこいつだ。

名字名前。今年入学した1年生で、俺が翼を生徒会にスカウトしたのと同時に、名前のことも生徒会にスカウトした。その日から、こいつは生徒会補佐として活動してくれている。

名前と一緒にいると、なぜか何も口にしていなくても腹が満たされた。
いや、むしろ人間なんて食いたくないと思うまでになっていた。

不思議、だな。こいつ以外の人間と一緒にいると、理性が崩れそうになるというのに。

「そんなに怖い顔してたか?」
「してましたよー!眉間に皺を寄せて、どこか遠くを睨んでいるみたいで…」
「ははっ、悪い悪い。少し考え事をしていたんだ」
「考え事ですか?」
「お前の頭じゃ理解出来ないような、難しいことをな」
「あ、そうやって馬鹿にするんだから!!」
「ばーか。冗談だよ」

ぐしゃぐしゃと名前の頭を撫でてやる。そうすれば、さっきまで怒っていた顔が嘘のように笑顔になった。その笑顔を見るだけで、俺の心臓が小さく動いた気がした。

なんて、馬鹿だよな。
俺の心臓はもう動かないのに。

「なぁ、名前」
「なんですか?」
「…いーや、なんでもない」
「んー?変な一樹会長」

きょとんとした顔で、俺を見つめる名前。その穢れを知らぬ瞳が映しているのが人を喰らう化け物だと思うと、名前の傍から離れたくなった。

「っ…」
「あ、一樹会長!歩くの早いですよ」
「ああ…悪い」

駄目だ。少しでも離れると途端に喉が乾く。腹が減って、気持ち悪い。それでも、名前が傍にいれば渇きや空腹は嘘のように消えてなくなる。

名前が笑顔を向けてくれるだけで、俺も『人間』なんだと錯覚してしまうんだ。お前となんら変わらぬ、『人間』なんだと。

だが、それはありえない。
あの日、俺は屍になってしまったのだから。

なぁ、名前。今、こうしてお前の隣を歩いている俺が『人間』じゃないと知ったら、お前はどんな顔をする。きっと、今までに見たことのないくらい恐怖に歪んだ顔をするのだろう。それだけじゃない。こうして、俺の隣を歩いてくれることはなくなるのだろう。

そうなってしまえば、俺は一生『人間』として過ごすことは不可能になるだろう。

名前がいなくなってしまえば、俺は理性を失い手当たり次第に人を食う。それが通りすがりの人でも、生徒会の仲間でも同じだ。

通りすがりの人なら、まだいい。なんてことを言う時点で、『人間』とは違う思考を持ってしまっているのかもしれないが…。とりあえず、俺と無関係な人間なら誰だっていいんだ。だが、星月学園の生徒だけは巻き込むわけにはいかないんだ。

化け物である俺を、この学園の奴らにだけは見られたくない。
だから、俺には名前、お前が必要なんだよ。

なんて、こんなことがなければ俺は、お前に普通に好きだと伝えられたのにな。

「あ、生徒会室に着きましたよ。会長」
「今日は月子が弓道部で颯斗は音楽部、翼はどっか行っちまったから二人だけだな」
「ふふふっ。お仕事、頑張りましょうね」

名前の、その笑顔が好きだ。

「あ、でも会長、昨日遅くまで生徒会室に残っていましたよね?無理は禁止ですよ」
「わーかってるって」

名前の、その優しい性格が好きだ。

「会長と二人なら、お仕事はかどっちゃいますね」
「生徒会長の俺様がついているんだ!当たり前だろ?」
「会長がサボらなければ、ですけどね」

名前の全てが、好きだ。

本当は、初めて逢ったときから惹かれていた。名前のその笑顔に、性格に、全てに。それでもその想いを伝えることができなかったのは、俺が抱える闇のせい。過去に自分が犯した、罪のせい。

だから、遠くから見守ろうと決めた。月子と同じように、近づけて傷つけてしまってはいけないと。

それでも、視線の先にはいつも楽しそうに笑う名前がいた。その笑顔を、近くで見守りたいと、そう思ってしまった。だから、罰が当たったのかもしれないな。こいつと共に、同じ時間も過ごせない化け物になってしまうなんて。

自分で分かるんだ。俺の時は、これ以上先に進むことはない。
屍になってしまった時点で、時は止まってしまったんだ。

もし俺が名前に好きだと伝えたとしても、ずっと一緒にいることはできない。あいつの一生は瞬くようにあっという間で、俺の一生は…永遠なんだ。

「会長、また怖い顔してますよ」
「ん、ああ…悪い」
「…何か悩み事ですか?私でよければ聞きますよ?」
「いや、お前らとずっと一緒にいたいなって思っただけだ」

俺がそう言うと、名前は首をかしげてしまった。正確には、お前と一緒にって言いたいんだが、まぁこれくらい許されるだろう。

そして首をかしげた名前はしばらく何か考えた後、口を開いた。

「ずっと、一緒ですよ?」
「…は?」
「だって、せっかくこうして生徒会っていう仲間になれたんです。私たちの関係はずっとずーっと続くに決まってるじゃないですか!それこそ、おじいちゃんやおばあちゃんになっても!」

俺の好きな笑顔で、俺の願いを口にした名前。

それは絶対に叶わない願いのはずのなのに、どうしてだろうな。お前が口にすると、なんだか叶っちまいそうな気がするんだ。

それでも、それでも、な。

やっぱり一生一緒にいるなんて無理なんだ。
どう足掻いても、お前は俺よりも先に逝ってしまう。

そんな未来を迎えるくらいなら…。

「…腹が、減ったな」
「お菓子持ってますよ!いりますか?」
「いや、それより…」
「?」
「もっと近くへ来いよ…名前」

共に生きられぬ未来なら、君を喰らい己の血と肉とし、屍となって共に果てよう。

2014/9/22
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