Starry☆Sky | ナノ
「終電、行っちゃったね」
「ああ」

まだ、昼間の暑さが少し残る夏の夜。だけど、昼間と比べて風がいくらか吹いていて気持ちいい。誰もいない駅のホームのベンチにあたしと一樹は、二人で並んで腰をおろしていた。終電を待っていたはずなのに、その終電はさっき行ってしまった。離れたくない…だけど、離れなくちゃいけない。ついさっき、あたしたちはもう会わないと決めた。

理由は、あたしと一樹は一緒にいても幸せになれないということが分かってしまったから。広い世界に生きる一樹と、今のことで手一杯な狭い世界に生きるあたしとでは、何もかもが違ったから。でも、それでもお互い好きだったから一緒にいた。ただ隣にいて笑ってくれる一樹がいてくれたから…。

「…一樹、あたし一樹を好きになれて幸せだった」
「…俺もだ」
「ねぇ、最後にお願い聞いてくれる?」
「…なんだ?」
「キス、して」

これで終わりにするから。もう、これ以上一樹と一緒にいたら気持ちが溢れてしまう。本当は、まだずっと一緒にいたい。愛してる。だけど、あたしが一樹と一緒にいたら、一樹をダメにしてしまう。

そっとあたしに伸びる一樹の腕は震えていた。一樹の手のひらがあたしの頬に触れる。ゆっくりと顔が近づいてきて、あたしは目を閉じた。そのままお互いの唇が重なる。ほんの少しの時間だけだったのに、あたしには永遠のように感じられた。名残惜しいように離れる一樹の唇。一樹はそのまま、あたしを抱きしめた。

「名前っ…!」

消えそうな声で、だけどはっきりとあたしの名前を呼ぶ一樹。ああ、もう貴方のその声が聞けなくなる。今まで二人でしてきたことは何もかも…出来なくなる。もう、傍にいることは出来ない。

ずっと一緒にいよう。いつだったか、七夕の夜に二人で天の川を見に行ったときに、お互い祈り、約束した。…その約束は意味のないものになってしまった。お互いの心を繋ぎ止めるためにした約束は、ただただ安心したかっただけなのかもしれない。

「…一樹、もう、」
「もう少しだけ、このままでいさせてくれ…」
「…うん」

抱きしめられたときに、顔の横にある一樹の腕に、顔を寄せるのが好きだった。一樹の体温を直接感じることが出来たから。あたしは、背中に回していた腕を伸ばして、一樹の髪に触れた。気持ちよさそうに、目を細めて息をゆっくり吐く一樹。一樹は、こうしてあたしに髪を撫でられるのが好きだった。一緒にベッドで眠るときは、一樹が寝るまでずっと髪を撫で続けたこともあった。

「…一樹」
「…名前、」

きっと、こうしてお互いの名前を呼ぶこともなくなる。一樹の…名前を呼ぶことが出来なくなる。顔を見ることさえ、もう出来なくなる。きっと、会おうと思えばいつでも会える。だけど、お互いにそれは許さない。お互いが幸せになるために選んだことだから。…だから、会いたいと思ってはいけない。

「一樹、幸せになってね」
「………っ」
「ね、一樹…」
「俺は…お前がいれば…」
「それ以上は…言わないで」

あたしの肩に顔を埋めていた一樹が、ゆっくりと起き上がる。その瞳には涙が溜まっていた。一樹の頬に触れると、一筋の涙が一樹の目から零れた。まるで、スウッと流れ星が流れるみたいに、その涙は一樹の頬をつたった。涙の筋を、指先で優しく拭う。頬から手を離そうとした瞬間、一樹はその手のひらを掴み、自分の頬にすりよせる。そのまま一樹は、もう一度、あたしにキスをした。

「名前…」
「うん」
「…お前のこと、愛してた」
「…うん」
「今まで、ありがとうな」
「……う、ん」
「じゃあな」
「…バイバイ」

一樹の身体があたしの身体から離れる。そして、ゆっくりと一樹の手が掴んでいたあたしの手から離れる。そのまま、一樹は後ろを向いて歩いて行ってしまった。あたしはただただ、その背中を見つめるだけ。きっと、一樹はどこかでタクシーでも拾って帰るのかな。…見つめ続けた一樹は、振り返ることなく夜の中に消えてしまった。

「…か、ず…きぃ」

さっきまで堪えていた涙が溢れだした。一樹、一樹。あたしも愛してたたよ。貴方のこと愛してた。ううん、今でも愛してる。…愛してる、よ。一樹は最後に「愛してた」と言った。きっと、もう一樹の中でけじめがついたんだと思う。過去形のその言葉が、今はどんな言葉より胸に突き刺さって痛い。

一樹、もう会いたくなっても貴方のことは呼ばない。恋しくなっても…貴方のことは呼ばない。たとえ、息が出来なくなってしまったとしても…貴方を呼ばないと約束するから。







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song:奥華子/楔-くさび-

12/07/18
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