今日は待ちに待った修学旅行。一樹と桜士郎と誉と私の四人班で観光することになっている。一樹が所属する星詠み科は少人数だから、こうやって他の学科の人たちと班を組むことが多い。そのおかげで、一樹と同じ班になることができた。この学年の女子生徒は私一人だけだから、泊まる部屋とかはみんなと違うけど、こうして四人で旅行するのは初めてだからすごく嬉しい。


「ねぇ、すごく綺麗なコスモス畑があるっていう噂知ってる?」

「コスモス畑?」


バスで隣に座っていた桜士郎が、私に話しかけてきた。そういえば、この前保健室で掃除をしていたら、琥太郎先生と修学旅行の話になって、そんな話題を話した気がする…。何でも、地元の人でもそのコスモス畑を知る人は少ないらしい。そう桜士郎に言えば、桜士郎は「あったり〜!」と言って笑った。


「でさ、その幻のコスモス畑を俺たち4人で探しに行かない?」

「行きたい!」

「な〜にコソコソ2人で話してんだ?」

「一樹!」


桜士郎と話していると、前の席に座っていた一樹が後ろを向いて身を乗り出してきた。「危ないよ、一樹」って誉は注意したけど、一樹にはあまり効果がなかったらしい。一樹は一人だけ仲間外れにされたときみたいにブスッと不機嫌な顔をしていた。そんな一樹の顔を見て、私と桜士郎は顔を見合わせて笑う。それを見てますます不機嫌になる一樹に気づいたのか、桜士郎は宥めるように一樹に話し始めた。


「一樹にも話しただろ?あの幻のコスモス畑の話だよ」

「探しに行こうって言っていたあれか!」

「それを桜士郎と話してたの。ね、誉も知ってた?」

「桜士郎がスクープにするって言っていたアレでしょ?僕も見てみたいな」

「そうと決まれば、最終日の自由時間はそれにけってーいっ!」


嬉しそうにカメラを構える桜士郎。コスモス畑、かぁ…。もしかしたら、琥太郎先生に聞けば何か分かるかもしれない。後で、琥太郎先生に聞いてみよう。その話題で盛り上がっている間に、バスは目的地である旅館に到着していた。


「…一樹、大丈夫?」

「………。」

「うわ、一樹の顔真っ青じゃん」

「ずっと後ろを向いていたから酔っちゃったんだね」


旅館に着いてバスから降りた一樹の顔色は真っ青だった。誉の言った通り、あれからずっと後ろを向いて喋っていた一樹は、車酔いをしてしまったらしい。眉間にシワを寄せて下に俯いて私の手を握る一樹。少し汗ばんだその手から、一樹の辛さが分かる。あとで移動のバスのときのために酔い止めの薬買っておいてあげようっと。未だに顔色が真っ青な一樹を引きずるように桜士郎と誉と一緒に三人の部屋に連れて行った。


「2人はご飯行ってきていいよ。私が一樹看てるから」

「でも…」

「名前がそう言うなら安心だね。俺たちは急いでご飯食べて戻ってこよ」

「桜士郎…うん、そうだね」


そう言って、二人は部屋から出て行った。二人を見送って、私は部屋に敷いた布団で寝ている一樹のところに戻る。寝ているといっても、気持ち悪いから横になっているだけなんだけどね。冷蔵庫で冷やした水が入ったペットボトルを一樹のおでこに乗せる。そうすると、一樹はうっすらと目を開いた。


「…二人は……?」

「二人はご飯に行ったよ。それにしても、一樹が酔うなんて珍しいね」

「…昨日眠れなかったんだ」

「眠れなかったの?」

「誰かと旅行に行くなんて…久しぶりだったからな」


…そういえば、一樹が不知火神社に来てから、旅行なんて行ったことがない。宗次郎さんは連れて行ってくれようとしたけど、一樹は今とは違ってあまり宗次郎さんと仲良くしようとしなかったもんね…。今は二人ともすごく仲良しだけど。一樹が最後に旅行に行ったのはきっと、一樹の両親が生きていた頃の話だと思う。…そっか、一樹は誰かと旅行に行く楽しさを知っているんだね。私は…よく分からない。物心がついた頃には私の両親はすでにアメリカに行ってしまったから。…今度、一樹と宗次郎さんを誘って三人で旅行に行けたらいいな…。


「…名前、」

「ん?」

「…手」


そう言って、一樹は布団の中に入れていた手を出す。私は「はい、」と言って自分の手を差し出した。ギュッと弱い力で握る一樹の手がすごく愛おしい。繋いだ手とは逆の手のひらで一樹の髪を撫でる。力なく笑った一樹だったけど、数分も経たない内に眠ってしまった。一樹の目の下には、うっすらとクマがある。本当に眠れなかったんだね。一樹の寝顔を見ていると、ふわぁっと欠伸が漏れた。私も、このまま寝ちゃおうかな。きっと、桜士郎と誉が部屋に戻ってきたら起こしてくれるだろうし。私は、一樹と手を繋いだままごろんとその場に寝転んで、重たくなった瞼を閉じた。



――――……



「ただいま〜!って、あれ?」

「部屋、真っ暗だね」

「一樹〜?名前〜?」


部屋に入ると、部屋は真っ暗だった。不思議になった俺たちは、部屋の奥に通じる襖を開ける。部屋に入って目に飛び込んできたのは、一樹が寝ていたはずの布団で眠る名前と、名前を優しく見つめて布団の横に座る一樹がいた。


「あら、起きてたの?」

「ああ、ついさっきな」

「具合はどう?」

「もう大丈夫だ。飯に行こうと思ったんだが、名前が起きなくてな」


そう言って、一樹は俺たちに向けていた視線を名前に戻した。優しく小さな声で「名前、起きろ」という一樹。そんな声じゃ、誰も起きないに決まっている。俺は、一樹が名前の手を握っているのに気づいた。きっと、一樹が名前に強請ったのだろう。その優しい光景は、俺にとってはひどく残酷な光景に見えた。…なぁ、一樹。お前は俺にマドンナちゃんが大事だって言ったよな?だったら、そろそろ名前を解放してくれないか?お前の名前を想う気持ちが、名前の首を絞めるんだ。蜜のように甘いそれは、猛毒を含んでいる。早く、名前が壊れてしまう前に、その手を…離してやってくれー…。





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13/04/27

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