「…かず……か…」


誰かが俺の名前を呼んでいる。どうやら、いつの間にか俺は眠ってしまったらしい。確か、寝る前までは自分の部屋で本棚の整理をしていたんだっけ?柔らかい手のひらが、ゆっくりと俺の身体をゆすり、優しい声で俺の名前を呼ぶ。俺は、この声を知っている。俺の心を優しく包み込んでいくこの声。その声は、フワッと周りの空気までも優しく包み込んでしまう。


「…名前?」

「あ、一樹会長。やっと起きましたね。おはようございます」

「…は?」


目を開ければ、そこはいつもの生徒会室だっだ。どうして、俺は生徒会室にいるんだ?そして、俺を起こしてくれたのは名前じゃなくて月子だった。生徒会室を見回してみても、俺と月子以外誰もいない。どういうことだ?俺を起こした月子は「お茶を淹れますね」と言って簡易キッチンに向かった。


「なぁ、颯斗はどこに行ったんだ?それに、名前はどこだ?」

「? 名前って誰ですか?」

「はぁ?俺の幼なじみで、お前の先輩の名前だよ」

「すみません。一樹会長が言っていることがよく分からないんですが…。それに、一樹会長の幼なじみは私と錫也と哉太ですよ?」

「…え?」

「小さい頃から一緒に神社で遊んでいたじゃないですか」


どういうことだ?月子の記憶が戻ったのか?いや、それより、月子が名前のことを知らないってどういうことだ?昨日だって二人で仲良く昼飯食ってたじゃねーか。どうして、名前を知らないんだ?まるで、あいつが最初からいなかったみたいじゃないか。そんなわけ、ないだろ。名前は小さい頃からずっと俺の隣にいて、俺の前からいなくなることなんてありえない。

頭が、混乱する。「どうかしましたか?一樹会長」という月子の声にも返事ができない。名前、名前…!!どこにいるんだ?どうして月子がお前を知らないんだ?どうして…俺の前からいなくなるんだ…!?


「名前!」

「わ、びっくりした」

「…名前?」


バッと起き上がった先に目に入ったのは俺の部屋だった。心配そうに俺の顔を覗き込む名前。夢、だったのか…?「寝ぼけてるの?」と笑った名前。俺はためらいもなく名前の髪に手を伸ばした。髪に触れると、名前がちゃんとここにいるということが実感できた。そのまま名前を抱き寄せる。名前の髪から、甘い香りがした。


「どうしたの?」

「名前…ここにいるよな?」

「…?一樹が部屋の片付け手伝ってほしいって言ったんだよ。それなのに、部屋に来たら一樹が寝ちゃってたから、勝手に始めちゃったよ?」


ほら、と名前は片づけている途中の本棚に視線を移した。ああ、そうか。そういえばそうだった。月子が名前のことを知らないなんてありえないよな。名前が俺の隣にいないこともありえない。ギュウッと名前を抱きしめる腕に力を込める。名前は首を傾げながらも、俺の背中に腕を回して手のひらで優しく俺の背中をトントンと柔らかいリズムでゆっくり叩いた。俺は深く息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出す。息を吸い込んだときに空気と一緒に名前の髪の香りが肺に入る。甘い香りが肺を満たす。


「なーに?怖い夢でもみたの?」

「…名前がいなかった。どこにも」

「夢に出てこなかっただけでしょ?」

「…違う。月子が、お前のことを知らなかったんだ」

「…そっか。大丈夫、私はここにいるよ。一樹が私のことを必要じゃなくなるまで、ずっと隣にいる」

「必要じゃなくなるときなんてない…」

「…うん」


微かに、名前の肩が揺れた気がした。…こうやって俺に言ってくれる人は、もう名前しかいない。ずっと隣にいる、なんて難しいということは分かっている。人はいつか必ず死ぬっていうのもあるが、いつか名前にだって大切な人ができるだろう。そのとき、俺はどうなるのか。俺にも、大切な人はできているのか…?大切な、人。俺には一生必要ない。そう言いながらも、今でも夢見てることがある。懐かしく恋しい過去の記憶。だが、それを取り戻すことはできない。


「一樹、一樹は独りじゃないよ」

「…え?」

「私がいる。それに、桜士郎や誉、月子ちゃんに颯斗くん。誰も、一樹を独りにしないよ?」


どうして、名前は俺の欲しい言葉をいつもくれるんだ?きっと、お前は誰よりも俺のことを分かってくれている…。それなのに、俺はお前に何もできていない。いつか、こんな俺なんか嫌いになって名前がどこかに行ってしまうことが怖い。名前のことは好きだ。だが、それが恋愛感情なのかは分からない。守りたいものが、たくさんありすぎるんだ。どれか一つを決めるなんて、俺にはできない。決めてしまうのが怖い。どれか一つに決めてしまうと、途端に残りの全ては俺の目の前から消えてしまうかもしれない。


「…名前、」

「ねぇ、一樹。お昼寝しよっか?」

「昼寝?」

「私もなんだか眠たくなっちゃったし。ね?」


そう言って、名前は身体を傾ける。名前を抱きしめていた俺も、つられて身体を傾ける。ボフンッと二人でベッドに沈んだ。何が可笑しかったのか、名前はクスクスと笑っていた。そんな名前を不思議に思いながら見つめていると、俺と目が合った名前は優しく笑い、自分のおでこと俺のおでこをくっつけた。…暖かい。心地良い温度に身をゆだねていると、だんだんまぶたが重たくなってきた。目の前にいる名前は、すでに規則正しい寝息をたてている。その呼吸音を聞きながら、俺は目を閉じた。





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13/04/27

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