:: 透明な君に恋をした | ナノ



春休み。俺は入院していた間に溜まっていた仕事を片づけるのに追われていた。どうやら、琥太郎はきっちり俺の仕事を残しておいてくれたらしい。ったく、他の人に回してくれればいいのによ。仕事を片付けていると、コンコンッと誰かが部屋の扉をノックした。誰かなんて確認しなくても分かる。俺は「はーい」と返事をして、すぐに部屋の扉を開けた。


「すみません、名字先生。お仕事中でしたか?」

「いや、大丈夫だ。どうした?夜久」


俺の部屋を訪れたのは夜久だった。夜久は俺と同じ職員寮に住んでいるから、すぐに俺の部屋に来ることができる。そして、職員寮に住んでいる夜久だからこそ、この職員寮での変化に気づけたんだろう。


「名前ちゃんがどこにもいないんです。部屋をノックしても、電話をかけてみても出なくて…だから、名字先生なら何か知ってるんじゃないかと思って」


俺が入院する原因になったあの事件が起きてから、学園の奴らはほとんどが俺と名前が兄妹だということを知った。おそらく、夜久もその一人だろう。夜久のことだから、名前を街にでも誘おうとしたのだろう。だけど、その誘おうとした相手は、部屋にはいなかった。たぶんあいつはもうこの学園にはいないだろうな…。いや、もしかしたら日本にもいないかもしれない。


「知りたいか?」

「? はい」

「あいつならイギリスに留学したよ。不知火と一緒にな」

「え!?」



――――……



in イギリス


「結局、みんなに挨拶できなかった…」

「別に最後の別れってわけじゃないんだから、大丈夫だろ」

「そうだけど…」


星月学園が春休みを迎えた頃、私と一樹はイギリスにいた。もともと、私のイギリス留学は一樹が卒業する前から決まっていた。一樹とは卒業したらそのままもう会えないと思っていたから、留学のことは内緒にしておいたけど、卒業式に一樹と付き合うことになってから、一樹に留学のことを打ち明けた。「どうして教えてくれなかったんだ!」って一樹に怒られたけど、一樹に「一樹だって、一回私のこと振ったくせに!」と言ったら、黙って拗ねてしまった。

それまでは、まぁ、予想範囲内だったけど…。空港に見送りに来た一樹が大きなスーツケースを持ってきたときにはすごくびっくりした。一樹は私の話を聞いたあと、急いで決まっていた大学に休学届けを出して、イギリス留学の手続きをしたらしい。しかも、住むところは私と一緒のマンション。そして隣部屋。どうしてこんなに手続きが早いのかと思えば、翔が全て仕組んでいたらしい。一樹が私を追いかけて留学することを星詠みで視た翔は、一樹が申請するよりも前から一樹の留学手続きを取っていた。


「だからって、大事な可愛い妹を男と一緒に放り出すなんて…」

「なんか言ったか?」

「いい天気ですねって言いました」

「おう!すっげー曇ってるけどな!」


バ会長…じゃなくて、バ一樹だ。翔が一樹を私の隣部屋にしたせいで、一樹は私の部屋に入り浸るようになってしまった。つまり、一日のほとんどの時間をこのバ一樹と過ごさなくちゃいけない。ここには、一樹の暴走を止めてくれる颯斗もいないし、一樹と一緒に暴走してくれる翼もいない。それに、暴走した一樹に捕まった私を助けてくれる月子もいない。ということは、私はこのバ一樹を一人で相手しなくちゃいけないということになってしまった。

ここ最近、シリアスなことが多かったせいか、忘れてた。一樹がどうしようもないバカだということを。


「名前!今日は一緒に風呂に入るか!」

「入りません」

「だったら、せめて添い寝だけでも!」

「しません」

「じゃあ、本ばっかり読んでないで俺にかまえよ!」


なんなんだこの人は。かまってもらえないと死んじゃうタイプの人間なのか。仕方なく、私は右手に読みかけの本を持って、左手に猫じゃらしを持つ。ひょいひょいっと一樹に猫じゃらしを動かしてみれば、「俺は猫じゃない!」と怒られてしまった。チッ、だめか。


「あーもう、分かりましたよ!何したらいいんですか?」

「よっし、じゃあ、ちょっとそこに座ってくれ」


言われた通り、一樹が指差したソファの端っこに座る。何をするのかと思えば、一樹は私の太ももを枕にして、ソファの上で寝転がった。…は?


「なに、してるんですか?」

「何って、膝枕に決まってんだろ」


そう言って、一樹は目を閉じる。…かまえっていうからかまったのに、結局お昼寝タイムですか。ハァ、と小さくため息をついて一樹の寝顔を観察する。

…なんてないことだけど、もしかしたら、私はこうしている時間が一番好きかもしれない。特別なことなんて何もない一日だけど、好きな人がいるだけでその日一日が、特別なものになる。そう思えるのは、一樹がいるからなのかな。一樹と出逢えたおかげで、私の人生は180度変わった。きっと、一樹に出逢わなかったら、私は前髪が長いままのモブ子のままでいたと思う。一樹が私にきっかけをくれたから、私は変わることができた。…大切なことを、たくさん知ることができた。

そう考えると急に一樹が愛おしくなって、私は寝ている一樹のおでこに、軽くキスを落とした。それでも眠り続ける一樹を見て、狸寝入りが下手だなぁ、と思いながら真っ赤になった一樹の耳を、思いっきり引っ張ってやった。




Fin

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13/01/29




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