まるで、あの日のことが嘘のように、二人はいつも通りだった。
「一樹会長、頼まれていた書類整理終わりました」
「おう、ありがとな」
生徒会室の扉を開けると、中には名前と一樹と番長とエジソンくんがいた。どうやら、マドンナちゃんは今はいないみたいだ。本当は、扉を開ける前まで少し緊張していた。だって、名前が一樹に振られたクリスマスの夜から、二人が話しているのを見たことがなかったから。だけど、開けてみれば、二人は気まずい空気を出しているわけでもなく、いつも通りを保っていた。…でも、それはまるで張り詰めた糸みたいで、少しの衝撃を加えればすぐに切れてしまいそうに見えた。
「? 桜士郎、なんで入り口に突っ立ってんの?」
「いや〜生徒会室はいつ来ても変わんないなーって思って。くひひ」
「邪魔しに来たのなら帰れよ、桜士郎」
「一樹は冷たいな〜」
そう言いながらも、俺は生徒会室のソファに座る。そしたら、ソファの前に置かれている机にドサッと大量の書類が置かれた。何事かと思って隣を見れば、名前が「暇ならこれ手伝ってよ」と大量の書類を指差した。
「ん〜手伝ってあげたいのは山々なんだけど、俺も忙しいんだよねー」
「え、どこが?」
「卒業アルバム作んなきゃいけないんだよ」
「卒業アルバム?」
そうそう、今日生徒会室に来た目的を忘れるとこだった。一樹のために生徒会の写真を撮ろうと思って来たんだけど…マドンナちゃんがいないのなら、今日はやめておこうかな。そう思いながらカメラをいじっていると、「卒業アルバム見てみたいのだ!」とエジソンくんが叫びだした。
「ダーメッ。これは企業秘密なの」
「ぬー…桜士郎だけずるいっ!」
「俺はいいの!」
「翼くん?我が儘を言ってはいけませんよ?ところで、頼んでいた書類はもう終わったのですか?」
「そ、そらそら…」
「その様子じゃあ、終わってないみたいですね…」
「あ、あう…逃げるのだー!」
そう言って、エジソンくんは生徒会室から出て行った。番長はというと、ハァッと大げさなため息をついて「翼くんを探しに行ってきます」と言って、エジソンくんのあとを追った。生徒会室には、俺と名前と一樹だけが残される。なぜか一樹が何も喋っていないなと思い、一樹の方を見れば、何やら書類とにらめっこしていた。
「桜士郎、一人でアルバム作ってんの?」
「ん?うん。そうだよ」
「じゃあ、手伝ってあげようか?」
「本当に?」
「うん。桜士郎と一緒にいられる時間も少ないし、たまにはいっかなーって」
「たまにはってなんだよ。…まぁ、でも、頼んじゃおっかな」
そう言って、俺が名前の頭を撫でた瞬間、バンッという机を思いっきり叩く音が聞こえた。音がした方を見れば、一樹が机の上に両手のひらをついて、立ち上がっていた。
「あ、悪い。…ちょっと、職員室に行ってくるわ」
そう言って、一樹は足早に生徒会室から立ち去った。残された俺たちは、呆然と一樹が去った方向を見つめる。
…なーんだ、一丁前に嫉妬してんじゃん。あのクリスマスの夜、一樹が名前を振った理由はあとから聞いた。一樹は「俺じゃ駄目なんだ…。俺は、名前を幸せにすることはできない」と、泣きそうな顔で言った。
なんとなく、俺が想像していた悪い予感が当たった。一樹の心の奥深くにある、一樹ですら気づいていない一樹のトラウマ。一樹は、自分の大切な人は不幸になると思うと同時に、自分は幸せになってはいけないと思っている。それは一樹の罪滅ぼしなのかもしれない。だから、名前からの告白を断った。一樹は自分をより不幸にすれば、周りの人は不幸にならないと思っているんだ。だから、星詠みの代償をいつも受けるのだろう。
「ちょっと俺、追いかけてくるね」
「…うん」
名前にそう言って、俺は一樹のことを追いかける。あいつが職員室に行っているわけがない。俺は迷わず階段を駆け上がる。ガチャッと屋上庭園の扉を開ければ、そこには一樹がいた。一樹は俺と目が合うと、すぐに目をそらした。そんなことはおかまいなしに、俺は一樹に近づく。
「…なんだよ、」
一樹が俺の方を向いた瞬間、俺は一樹の胸ぐらを掴んだ。
「…なんだよ、はこっちのセリフだよ。いい加減にしろよ一樹。いつまで過去に縛られているつもりだ?そのままでいいと思ってんのか?」
「………。」
「お前がこのまま名前から離れるって言うなら、俺があいつのこと貰うから」
「なっ…!?」
「なに驚いてんだよ、お前が振ったくせに。言っとくけど、俺、本気だから」
しばらくの間、沈黙が流れる。俺がパッと一樹の胸ぐらを離すと、一樹は力なくその場に座り込んだ。俺も一樹の目線に合わせて、その場にしゃがみ込む。本当は、一発殴ってやりたい。だけど、今はまだ我慢だ。一樹が自分の気持ちをちゃんとあいつに伝えたときに、思いっきり殴ってやる。だから、早く伝えろよ。お前はまだ、名前のことが好きなんだろ?
「…桜士郎」
「………。」
「俺は…弱い、」
そう言う一樹は、俺が思う以上に何かを抱え込んでいるみたいだった。いつの間にか降り始めた雪は、俺たちの頭や肩に降り積もる。それでも、しばらくその場から動くことはできなかった。
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13/01/16
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