:: 透明な君に恋をした | ナノ



カツン、カツン。屋上庭園への階段を一段、一段慎重に上がる。俺の右手に握られている手紙は、今朝名前から受け取ったもの。内容は、放課後に屋上庭園に来てほしいというものだった。というわけで、犬飼隆文、参ります。


「で、お前は本気なわけ?」

「なんで名字さんを呼び出したのに、犬飼が来るんだよ…」

「うるせぇ」


最近、名前が呼び出される機会が増えた。それは喧嘩の申し込みだったり、夜久に恋する奴らからの恋愛相談だったり…こいつみたいに名前に告白しようと呼び出した奴だったり。名前がS4だとバレた日から、名前に喧嘩を売ってくる奴がちらほらいるのは知っていた。どうせ名前のことだから、適当に相手をしてんだろーなって思っていたら、ある日、名前が顔にでかいガーゼを貼ってきたときには驚いた。あのときは大変だったな…あのときの青空の顔は今思い出しても恐ろしい。なんでも、1対1だからと言って買った喧嘩に嵌められたらしい。それでも、複数の人数相手に勝った名前。女のくせに強すぎるだろ…。

だが、いくら名前が強いからって怪我をするのは俺も青空もあまり良く思わない。そういうわけで、名前が呼び出されたときはこうして俺か青空で相手が一人がどうか確認しに来てるってわけだ。名前は過保護だとかなんとか言ってたけどよー…さすがにガーゼのときは心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いた。


「おーい、今回は本気らしいぞ」

「だから、毎回過保護だって言ってんでしょ!」

「名字さん!」


安全がどうかが分かると、こうして俺の後ろに隠れてついてきている名前に声をかける。まぁ、あとは若い二人でやってくれってわけだ。邪魔者は退散しますよーってな。…もし、あいつに彼氏が出来たらどうなるんだろうなー…。その彼氏にとって間違いなく俺や青空は邪魔者になるわけだし。だが、どうせ今の相手も振られるんだろうなって思っている俺は、なかなか性格が悪いのかもしれない。


「名字さん、俺…名字さんのことが好きなんだ」

「ありがとう。…だけど、ごめんなさい」

「いや、いいんだ…伝えたかっただけだし…」


そう言って、どこの学科でなんて名前かも分からない彼は屋上庭園から去っていった。…最近、なぜかこういう呼び出しが多い。学園に女子が二人しかいないからって、今までさんざん私のことモブ子とかって言っていた人たちが、こうして告白してくると、ああ、外見しか見てもらえてないんだって思う。私はもっと、私を知っている人と付き合いたい。…で、さっきから後ろの草陰に隠れている人をどうしようか。


「…一樹会長」

「……!」

「もう終わりましたから、出てきても大丈夫ですよ」

「そ、そうか」


そう言ってガサッと草陰から出てきたのは一樹会長だった。頭に葉っぱつけてるし…。きっと、ここで昼寝でもしていたらこの告白現場に巻き込まれてしまったんだろう。…はぁ、と深くため息をついて一樹会長の頭についていた葉っぱを取る。ビクッてなる一樹会長。…別に、いくら私でもいきなり殴ったりしないので安心して下さい。


「聞くつもりはなかったんだ…」

「一樹会長のだいたいの行動パターンは分かります。いつから寝ていたんですか?」

「な、なんでそれを…!?」

「やっぱり」


どうでもいいですけど会長、もう12月ですよ?確かに今日の放課後はちょっと暖かかったかもしれないけど、この寒さの中で外で寝るのはあまりオススメしません。本当にこの人はどこででも寝れるんだなぁ…。そういえば、この前お役立ち講座だとか言って、昼寝について聞かされたっけ…?とにかく、寒くなってきたからそろそろ校舎に戻ろう。それから生徒会室に言って温かいコーヒーを淹れよう。一樹会長に戻りますよ、と声をかけて校舎に戻る。黙って私についてくる一樹会長が犬みたいに見えて、笑いたくなったのは内緒にしておこう。


「よく、されるのか…?」

「え?」

「その、さっきみたいな…」

「ああ、月子ほどじゃないですよ。でも、最近はちょっと多いので困っています」

「困る?」

「みんな、私の外見しか見てないんですよ。モブ子だったときは、誰一人として見向きもしなかったのに、まともな格好になった途端にこうですよ」


本当、バッカみたい。世の中の男はだいたいこうだ。それでも、私は友人関係には恵まれていると思う。今の私の友達はみんな私がモブ子のときから仲良くしてくれている人たちばかりだから、ちゃんと私の中身を見てくれていることが分かる。あーあ、もうすぐクリスマスだとか言って浮かれているんだろうけど、そんなに女が欲しいなら、私じゃない人にしてもらいたい。学園にいるお手頃な女子だとか思われていたら、ちょっとむかつくし。


「俺は、ちゃんとお前の中身も見ているからな…!」

「一樹、会長?」


いきなり叫びだしたかと思えば、どうしたんですか?一樹会長。そのまま一樹会長は走ってどこかに行ってしまった。え、本当になんなの?一樹会長の意味不明な行動に呆気に取られていたけど、開いていた廊下の窓から吹いてきた冷たい風にハッとさせられて、私はよく分からないまま生徒会室に向かった。あれ?そういえば、一樹会長はどこに行ったんだろ?


「くひひ〜一樹、青春してるね〜」

「うるせー」

「で、名前にそうやって叫んだ後、屋上庭園からわざわざ一番遠い新聞部の部室まで全力疾走してきたと」

「…本当、情けねぇ」


本当に、偶然だった。たまたま今日は12月にしては気温が高かったから、屋上庭園に来てみりゃ絶好の昼寝スポットを見つけた。そこでそのまま寝ていたが、しばらくして声が聞こえた。その声は、名前の声だった。俺があいつの声を聞き間違えるわけがない。問題は、相手の男だった。確か、あいつは星座科の奴だったと思う。で、偶然あいつの告白現場に立ち会ってしまったというわけだ。

…あいつの今の気持ちを考えると、心臓が痛くなる。名前は告白を断っていたが、それは自分の外見だけじゃなくて中身もみてもらいたいっていうあいつなりの考えだった。…じゃあ、もし、名前の中身もちゃんと見ている奴が名前に告白したらどうなるんだろうな?そいつと幸せになるのか…?やっと自覚したこの気持ち。この気持ちを大切にしたいと思うと同時に、俺の中で醜い感情がドロドロと溢れかえっている…。


「桜士郎…。どうしたらいいんだろうな、俺は」

「…一樹は一樹のままでいいんだよ、あいつだって一樹は今の一樹のままでいてほしいって思ってると思うよ」

「…そう、だといいな」






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13/01/02



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