もしかしたら、気づいているのは俺だけなのかもしれない。名字のことがあってから、一樹はあまり笑わなくなった。あの人の命に別状はなかったのに、一樹はここ最近ため息ばかりついている。生徒会での一樹はいつも通りオヤジくさいけど、俺と二人になった途端に無言になる。…まぁ、だいたいは予想がつくけどね。まず、主な原因は名前にあると思う。もしかして、自覚したわけ?んー…それとはちょっと違うみたいだけれど。仕方ない。ここは親友として一肌脱いでやるか。
「最近の一樹、気持ち悪い」
「いきなりなんだ」
いやだって、本当に気持ち悪いよ?笑うのか落ち込むのかどっちかにしてほしい。屋上庭園にいる今だって、外で番長とマリモ頭くんと一緒にいる名前を見つめている。なんか一樹が恋する乙女みたいで気持ち悪い。いや、恋する乙女が気持ち悪いんじゃなくて、一樹が気持ち悪いの。一樹は俺のことを睨むけど、全然怖くない。なんでだか分かる?最近の一樹、ずっと泣きそうな目をしているからだよ。
「なに悩んでんの?」
「………。」
「俺には言えないこと?」
ありゃりゃ、黙っちゃったよ。こうなった一樹は頑固だから面倒くさい。てゆーか、俺から見たら二人とも両想いだと思うけど?名前と一緒にいた時間はそれなりに長かったから、あいつの気持ちの変化くらい分かるんだ。なんか、あいつ明るくなったよ。中学生だったあいつは、高校生の俺たちに混じっていっつも喧嘩ばっかりしてたもんな。あいつの友達なんて俺たちくらいだったと思うよ。
だけど、一樹があいつを変えた。あいつが今の格好で来るようになったきっかけを作ったのは一樹だし、俺たちが仲直りをするきっかけを作ったのも一樹だ。ねぇ、一樹。俺はお前に感謝しているんだ。感謝してもしきれないくらいに。だから、そろそろ俺にも恩返しさせてよ。他人の幸せばっか祈ってないでさ、自分の幸せも考えてよ。
「…最近、自分が分からない」
「分からない?」
「自分のことなのに、自分の気持ちが分からないんだ。俺はあいつの父ちゃんなのに」
…まだそう思っていたんだ。一樹のそれは、生徒会という関係を壊したくないからだよね?番長やマリモ頭に遠慮してるから?…正直、あの二人は名前をそういう目では見ていないと思うけど。これには俺の希望も混じってるけどね。一樹はそうやって自分に言い聞かせて、自分の気持ちから目を背けようとしている。
…過去のトラウマからか、一樹は自分の大切な人は不幸になると思っている。それは一樹の両親のこと、マドンナちゃんのことを経験したから生まれた一樹のトラウマ。本当、なんで一樹ばっかりそんな目に合うんだろうな。俺が代わってやりたいくらいだ。だからこそ一樹、お前は幸せにならなくちゃいけない人間なんだ。早く、それに気づけよ。
「一樹、いつまでそうやって逃げているつもり?」
「逃げる?」
「自分の本当の気持ちからだよ。うかうかしてたら、名前が他の誰かに取られちゃうかもよ?それでもいいの?」
「それは嫌だ」
なんだ、そうやって即答出来るんじゃん。だったら、一樹の中ではもう答えは出ているよな?一樹、人が一番分からないのは自分自身のことだよ。とくに『心』のことは。一樹の本当の心は一樹にしか分からない。だけど、答えはもう一樹の中にあるから。俺は、それに気づくためのきっかけをお前にやっただけだよ。
「桜士郎、俺…」
「うん」
「俺、名前が好きだ」
「バーカ。気づくの遅いよ」
「ははっ、そうだな」
なーにスッキリした顔で笑ってんだよ。…だけど、一樹がその気持ちを自覚したからって、スムーズにことが運ばないのは分かっている。一樹には、きっと一樹自身も気づいていないトラウマがあるんだと思う。だけど、一樹ならそれを乗り越えられるって俺は信じている。だから、頑張れよ。
「ありがとな、桜士郎」
「くひひ、どういたしまして」
桜士郎のおかげで、俺の気持ちがはっきりした。蓋をしていたこの感情…。だけど、その蓋はもう必要ない。俺は、名前が好きだ。誰にも渡したくない。そう思ったら、今までの自分のアホらしい行動に恥ずかしくなった。きっと桜士郎も誉も、俺の気持ちに気づいていたんだよな。なのに俺はー…。ああ、だけど、今はスッキリしている。ここ最近、ずっとあったモヤモヤが嘘みたいだ。
だけど、名前は俺のことをどう思っているんだ?思い返してみれば、今までの俺の行動はお世辞にもかっこいいとは言えない。むしろアホすぎて自分自身に泣けてくる。
「あれ?二人とも、こんなところにいたんだ。探したよ」
「誉ちゃん」
「一樹、どうしたの?」
「さっきからずっとこんな状態。名前のことを好きって自覚したのはいいけど、自分の過去を振り返ってアホだったっていうことも自覚したらしいよ」
「ふふっ、おもしろいね」
一樹、やっと自覚したんだ。僕としてはもうちょっと時間がかかると思ったんだけどね…。きっと桜士郎が一樹にいろいろアドバイスしたからかな?それにしても、自分がアホだってことを自覚して地面にうずくまる一樹はおもしろいね。さて、これからどうなるのかな?
僕としては、二人は両想いだけど一樹は自覚したばかりだし、名字さんはー…ふふっ、まだまだ二人が付き合うには時間がかかるのかもしれない。それまでは僕も桜士郎も苦労するだろうね。だけど、そうじゃないとおもしろくない。一樹には幸せになってほしいけど、あっさり協力してあげるほど僕は優しくないからね。一樹にはまだまだ自分で気づいてもらわなくちゃいけないことがいっぱいあるんだから。
「で、一樹のその手首の怪我はどうしたのかな?」
「こ、これは…」
「一樹、自分を大切に出来ない人が他の人を大切に出来ると思う?そんなんじゃ名字さんのことを大切に出来ないよ?」
「誉ちゃん、厳しー」
「僕は一樹のためを思って言っているんだよ?分かった?」
「…ああ」
一樹はいろんな人に優しくしすぎるから。それが一樹の良いところであり、悪いところなんだよ?いつか、その優しさを彼女だけに向けることが出来ればいいんだけど…それまでは僕が一樹にお説教しなくちゃいけないみたいだね。
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12/12/30
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