:: 透明な君に恋をした | ナノ



春は出会いと別れの季節。まだ蕾すらつけていない桜の木に背を向けて去る人、満開の桜を見上げて期待に胸を弾ませる人。まぁ、私はそのどちらでもないんだけどね。


「あ、モブ子じゃん」

「うっわー。今日も女捨ててんな」

「つーか、あいつって夏場でも冬服なんだろ?」

「らしいぜ。暗い奴って何考えてんのか分かんねーよな」


長く伸ばしっぱなしの前髪、度が入っていない伊達眼鏡、膝あたりまであるスカート丈、顔を下に向けているせいで猫背になる姿勢。私の話をしている二人が言った通り、年中冬服の格好。誰がどう見ても、あたしはクラスに一人や二人いるダサくて暗い性格の女子。そして頭のおかしい奴。おかげで付いたあだ名はモブ子。だけど、誰に何を言われてもかまわない。だって、これは私の本当の姿じゃないから。


「本当、バッカみたい」


今日は始業式だったから学校は午前中で終わり。午後から時間が出来たから、街に来ていた。あんな学園にいるより、街にいた方がよっぽど楽。あの格好もしなくて済むし…。
長かった前髪を斜め横に流して、ぼさぼさだった髪は綺麗に巻いてポニーテールにする。長い髪の下から現れた耳には、右に3個左に5個のピアス。最近口にも1個開けた。猫背だった背筋を思いっきりのばす。春とはいえ、まだ夕方は肌寒いから今日はお気に入りの黒いジャケットを着ている。

ま、所謂私は不良と呼ばれる分類に入るわけでして。学園では目立ちたくないからあんな格好でいる。私が通う星月学園は、最近共立の学校になったばかりのせいか、通っている生徒のほとんどは男。学園には私ともう一人の女子生徒しかいない。名前は夜久さん。夜久さんは学園のマドンナと呼ばれてみんなから慕われている私とは正反対の人。そんな人と一緒にいたら、余計目立つことになるから極力関わらないようにしてきた。今では夜久さんは月で私はスッポン。だからって、あの格好を止めるわけにはいかない。


「つーか、本当に化けるよな」

「うるさい」


目の前に座っている緑頭は、残りのアイスティーをズズッと全部飲みきっていた。今日街に来たのはこいつに誘われたからだ。同じクラスの犬飼隆文。ちなみに、私たち二人は星月学園神話科の二年生になったばかりだ。隆文は私の秘密を知る数少ない人。同じクラスで知っている人がいるとすれば、あとはいつも私と隆文と三人で一緒にいる颯斗くらいかな。


「二年生になってもあの格好でいるわけ?」

「もちろん。目立ちたくないし」

「綺麗な顔してんのに、もったいねー」

「ははっ、お世辞ありがとう」

「どういたしまして」


そこで「お世辞じゃねーよ」って言わないのが隆文らしい。まぁ何はともあれ、あの格好でいるのが一番平和に学園生活を過ごせる。周りからいろいろ言われるけど、私には隆文と颯斗がいるし。たくさんの人に理解されなくても、この二人に理解してもらっていれば別に良いかなって思うようになってきたのも事実。
だけど、その平和な学園生活をぶち壊そうとする奴が最近私の周りをうろちょろしている。今日の午前中だって、あの人のせいで…ああ、思い出したらイライラしてきた。






「名字名前!今日こそ生徒会に入ってもらうぞ!」

「また貴方ですか、不知火先輩」

「俺のことは一樹会長と呼べ!」

「生徒会のことは以前から何回もお断りしているはずです」


星月学園の生徒会長、不知火一樹。少し強引なところがあるけど、人を寄せ付けるそのカリスマ性で周りの生徒からは慕われている。…らしいけど、私にとっては迷惑でならない存在。というか、これで生徒会に入るのを断るの何回目だと思ってんだろう。この人、日本語通じているのかな?不知火先輩に捕まったら逃げれないということは分かっている。前に逃げたら追いかけ回されて、学園中の注目の的になってしまった。今日も大人しく、不知火先輩の生徒会で起こったいろいろな話を聞く。


「それに、生徒会に入ればお前を守ってやれるしな」

「不知火先輩に守ってもらうほど弱くありません。失礼します」

「おい、待てって!…ったく、俺は諦めないからなー!」


…諦めてください。というか、不知火先輩は私を生徒会に入れてどうしたいの?夜久さんがいるんだから、十分花があっていいじゃん。むしろ、私が入ったら逆効果でしょ。私はハーレム要員には向いてないし、ハーレム要員なる気もない。それに、不知火先輩に守られるくらい弱かったら星月学園には入学していない。ほぼ男子校の学園に、知り合いがまったくいないのに入学するっていったら、それ相応の覚悟がいる。ま、中学生のときにいろいろやんちゃしていたおかげで、そこらの男には負けない自信あるし。というわけで、生徒会に入る意味が私にはない。不知火先輩みたいに目立つ人とはあまり関わりたくない。






「…むかつく」

「なにイラついてんだよ、もしかして生理つ「死ね」

「死ねとか女の子が使う言葉じゃねーし」

「隆文はいいの。隆文だから」

「え、なんか照れるんだけど」

「は?」


気持ち悪い隆文を放置して、伝票を持ってレジに向かう。あ、そろそろバスの時間じゃん。早くどっかの化粧室に入って、髪とか元に戻さないと…。ボーっとレジの会計が終わるのを待っていると、横からスッと千円札が出てきた。こんなキザなことをするのは隆文しかいないって分かっているんだけど、隆文がやるとなんだか気持ち悪いんだよね。ドヤッみたいな顔されても知らないし。とりあえず、隆文のことを全力でスルーした。

会計が終わって店から出る。短くしていたスカートの裾を膝上に戻す。はぁ、制服じゃなくてもこんなことしなくちゃいけないのが面倒くさい。今日買ったものを隆文に持ってもらっている間に髪を解こうとする。髪ゴムに手を伸ばした瞬間、誰かに声をかけられた。


「名前?」


…私のことを下の名前で呼び捨てにするのは、私の知っている範囲でも隆文くらいしかいない。だって、颯斗は名前さんだし…。だけど、もう一人いた。この姿で一番会いたくない人。恐る恐る振り向けば、目をきょとんと丸くしている不知火先輩がいた。

しまった、見つかった。






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12/11/01


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