:: 透明な君に恋をした | ナノ



どうしてこうなったんだろう。私は今、一樹会長の実家である神社に来ている。いつの間にか済まされていた帰省手続きの変更は今さら出来ないとかなんとか言われて、ここまで来てしまった。泊まり込みのバイトと言っても、神社の草引きとか掃除、参拝にくる人たちの受付くらい。どちらかと言うと、夏休みに忙しいのはお寺らしい。これは一樹会長の叔父さんが言っていた。だったら、どうして夏季限定のバイトなんて募集したりするんだろうか。

…そういえば、一樹会長のご両親はどうしたんだろう?ここが一樹会長の実家って言っていたから、てっきりご両親もいると思ったんだけど…。お仕事が忙しいのかな?あとで、一樹会長に聞いてみよう。


「名前、スイカ割りするぞ」

「一樹会長、今すぐ包丁とまな板を用意しないと私はここから出て行きます」


どこからかスイカと棒を持って現れた一樹会長。二人でスイカ割りなんてしてどうする。もし参拝客に見られたら、哀れみの目を向けられるだけなのに。というわけで、一樹会長が持ってきた包丁でスイカを切り分ける。というか、スイカ丸々一つなんて久しぶりに切り分けた。いつもは半分だったり、四分の一とかだったりするから。…この大量のスイカ、二人で食べるとか言わないよね。

神社の裏に一樹会長の叔父さんが暮らしている家があって、私はそこに泊まっている。もちろん、一樹会長たちとは別の部屋で。叔父さんには奥さんがいたらしいけど、会長の話によれば奥さんには逃げられたらしい。確かに叔父さんが酔ったら絡みが鬱陶しくなる。そりゃあもう、普段の一樹会長とは比べものにならないくらい鬱陶しい。家の縁側で、会長と二人で並んでスイカを食べる。時々吹く風と、風鈴の音が心地良い。


「そういえば、一樹会長のご両親にまだ挨拶していないんですけど…」

「お前には言っていなかったか?」

「?」

「俺の両親は、俺が小さいころに事故で死んだよ」


チリーンと風鈴の音だけが響く。だって、誰が想像することができるって言うの?いつも笑ってばっかりいる会長に、そんな辛い過去があったなんて。一樹会長はその過去があった上で今、こうして笑っているなんて。私にも母親はいない。だけど父親はいる。私にとって、それは当たり前のことだった。だけど両親が当たり前にいた一樹会長は、突然その当たり前を失ってしまったんだ。「すみません」と言って、私は下を向く。私は、無神経な人間だ。よく考えてみれば、この家はいつもお線香の香りがした。お盆だからなのかと思っていたけど、きっと違う。一樹会長が毎日仏壇に手を合わせていたんだ。なのに、私は…。


「お前が謝ることじゃない。それに、今の俺にはお前たちがいる。だから、俺は笑っていられるんだ」

「一樹会長…」

「そうだ!今日はこの近くで夏祭りがあるんだ!一緒に行かないか?」

「…はい!」


一樹会長は強くて優しい人。なんで一樹会長が生徒会の家族設定にこだわるのか少し分かった気がする。明日の朝、一樹会長よりも早く起きて、私も仏壇に手を合わせよう。一樹会長にすごくお世話になってるって、一樹会長のことをいっぱい伝えよう。きっと一樹会長の学園での生活を誰よりも知りたいと思うから。






「で、こうなるんですね」

「お、名前ちゃん。なかなか可愛いじゃないか〜。一樹はやめて、俺と一緒に行かないか?」

「お断りします」


夕方になって、叔父さんの知り合いだとかいうおばさんたちが何人か神社に集まった。おばさんたちはいきなり、私と一樹会長を別々の部屋に分けたかと思うと、どこからか浴衣を取り出してサイズ合わせを始めた。どうやら、私と一樹会長がお祭りに行くと知った叔父さんが呼んでくれたらしい。浴衣なんて、何年ぶりに着るんだろう。おばさんたちが私に似合うと言って選んだのは、夜空みたいに深い群青色をベースにして、淡い白色の蓮の花がいくつか咲いている浴衣だった。そしてあっという間に、私は着せ替え人形の状態に。髪型も化粧も、おばさんたちのやりたい放題。そして今に至る、と。

一樹会長が着替えている隣の部屋からは、おばさんたちがキャッキャと騒いでいる声がする。なんて言うか、ノリが女子高生だよね。ここのおばさんたち。どうやら一樹会長も着替え終わったらしく、襖が開く。


「お!一樹もなかなか良いじゃねーか。さすが俺の甥っ子」


一樹会長はきっと顔はそこらにいる男たちとは比べものにならないくらい整っているんだと思う。普段は星月学園という顔の整った人ばかりがいるところにいるから気づかなかったけど、こうして見ると一樹会長はかっこいい。浴衣を着ると3割り増しにかっこよく見えるという話は、どうやら本当みたいです。その一樹会長は、私を見るなり固まってしまった。そりゃあ、まぁ、いつものこんな清楚な格好なんてしないから、似合わないのは分かっているけど、何か一言お世辞でもいいから言ってほしい。


「…綺麗だ」

「え?」

「いや、なんでもない!そろそろ時間だから行くぞ!」


そう言って私の手を引っ張る会長。会長がボソッと何かを言うなんて珍しい。おかげで聞き取れなかった。きっと「うわっ」とかって言ったに違いない。その証拠に、さっきから目を合わせてくれない。…もういい。こうなったら、一樹会長に全部おごらせてやるんだからね!


「会長、りんご飴」

「まだ食うのか!?」


本当、不思議な光景だよな。まさか名前と夏祭りに来る日がくるなんて夢にも思わなかった。浴衣姿のあいつは、さっきから俺を動揺させてばかりだ。これはきっと、娘の花嫁姿をみた父親の心境と同じだ。さっきから他の男がこいつを見るたびにイライラする。名前を嫁に出すのはまだ早い。もうしばらくは父ちゃんの元にいてほしい。

いつもポニーテールをしているから、名前のうなじなんて見慣れたものだ。だけど、そう思ってもうなじに目がいく。高く結い上げられてまとめられた髪からのぞくうなじは、色っぽい。いつもの制服姿の名前もいいが、こういう清楚な名前も悪くない。って、俺は何を考えているんだ…!?俺は名前を真剣に実の娘のように思っていて、それでこんなにも愛おしいわけで、なーんて、隣で嬉しそうにりんご飴を食べている名前を見たら、そんなことはどうでもよくなった。名前の左手を取り、俺は歩き出す。父ちゃんなんだから、これくらい…してもいいだろ?






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12/11/18




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