:: 透明な君に恋をした | ナノ



昨日約束した通り、夜久さんはお昼休みになると私を教室まで迎えに来てくれた。そういえば、隆文は夜久さんと同じ弓道部だし颯斗は夜久さんと同じ生徒会役員だった。二人とも部活や生徒会で夜久さんに私のことを話していたらしい。もちろん、私の秘密は置いといて。そのせいで、夜久さんは私にどんなに冷たくされても諦めなかった…らしい。


「私、名前ちゃんと一緒にお昼食べるの夢だったの!」

「…ありがとうございます」


…視線が痛い。夜久さんが神話科の教室がある校舎に来ることなんて滅多にないから、みんな夜久さんに大注目。そして、普段から夜久さんを避けまくっている私が隣にいるときた。これはさすがにクラスのみんなも驚いていたみたい。…そう、だよね。今は私がS4だったかもしれないって噂があるけど、今まで夜久さんは学園のマドンナで私はモブ子。そう呼ばれてきた。モブ子って呼ばれるのが嫌だったわけじゃ…ううん、隆文と颯斗は気づいてた。私がモブ子やスッポンって言われるたびに、内心傷ついていたことを。

でも、私はそれを夜久さんのせいにはしたくない。これは平和な学園生活を手に入れるために私がしたことだから。きっと私がモブ子じゃない姿で最初から学園に行っていたら、隆文も颯斗も、もちろん夜久さんも私に話しかけてこなかったと思う。


「あ、あのね…」

「はい?」

「楽しみにしていたのは本当なの。でも、正直不安だった。急にお昼に誘って、もしかして名前ちゃんは嫌だったのかもしれないって考えてたら、ちょっとね」

「…あ、」


そう言って悲しそうに笑う夜久さん。なんだ、私も同罪じゃん。平和な学園生活を過ごしたいから夜久さんを遠ざけた。そのことで夜久さんが傷ついても知らないって、平気で思っていた。夜久さんが私が何回冷たくあしらっても諦めずにいるから、まったく傷ついていないと思っていた。だけど、夜久さんだって本当はすごく辛かったんだと思う。それでも、こうやって諦めずに私に声をかけてくれたのは夜久さんの強さだと思う。


「…今まで、ごめんなさい」

「名前ちゃんが謝ることじゃないよ!私が好きでしていたことだし」

「私、夜久さんともっと仲良くなりたいです」

「……!」


今からじゃ、もう遅いかもしれない。でも、こんな私を夜久さんは受け入れてくれた。だったら、私も夜久さんを受け入れたい。…不知火先輩はもしかしたら分かっていたのかもしれない。分かっていたから私をあんなにしつこく生徒会に誘っていたのかもしれない。隆文と颯斗だけに理解されてればいいと思っていたのが、少しずつ変わる。私、少しずつだけど変われているのかな?


「おっせーよ」

「哉太、錫也、ごめんね!」

「大丈夫だよ、今準備出来たところだから」

「お、お邪魔します」

「ぶふっ」


…いつかは吹き出すと思っていたよ、哉太。哉太はこの三人の中で唯一私の秘密を知っているから、モブ子とのギャップが激しいことを知っている。いきなり吹き出した哉太に、夜久さんと東月は不思議そうな顔をする。私は哉太の隣に座って、二人には見えないように哉太の足を思いっきりつねった。はっ、ざまぁ。睨んできた哉太を全力でスルーして東月が渡してくれた紙皿と割り箸を受け取る。全員揃ったことで蓋を開けたお弁当箱の中身は、私が普段食べている購買のパンより豪華に見えた。いつも購買のパンを買ってきてくれる颯斗には申し訳ないけど。


「これ、全部東月が?」

「ああ、まぁね」

「錫也、卵焼きくれ」

「哉太ずるい!錫也、私も!」

「はいはい。順番な」


これは…!あれだ、お母さんと子供のやりとりだ!東月母さんと子供の夜久さんと哉太。いつもこんなやり取りしているんですか?少し引いた目で三人を見ながらも、私がリクエストした唐揚げを頬張る。…おいしい!唐揚げなんて誰が作っても同じだと思っていたけど、東月が作るとなんか全然違う!夢中で他のおかずも食べていく。…もしかしたら、東月は天才なのかもしれない。食べても食べても、おいしいからどんどん口の中に入っていく。…明日からダイエットしなくちゃ。


「おい、見ろよあれ」

「夜久さんたちとモブ子じゃん」

「あいつら仲良かったけ?」

「知らねー。けどモブ子と仲良くする変な奴なんて犬飼と青空しかいないと思ってた」

「あの二人マジで頭おかしいよな」

「女に飢えてもうモブ子でよくね?ってなったんじゃねーの?」


バキッと割り箸が折れる音がした。それは紛れもない私の割り箸。二人の男子生徒を睨んで今にも殴りかかろうとする哉太を止める。あんな奴らのために哉太が出ていくことはないよ。…ああいうクソみたいな連中は、私がやるから。

それからはあまりよく覚えていない。頭に血が登っていたせいか、自分の怒りを抑えきれなかった。隆文と颯斗、それに夜久さんたちまでもが私のせいでこんな風に言われるんだ。分かってた、分かってたけどあの二人は優しいから。そのままの私を受け入れてくれた。あの二人の優しさを頭がおかしいの一言で片付けるなんて許さない。殴っても、殴っても気が済まない。


「…ご、ごめんなさ…ぐっ」

「………。」

「ね、ねぇ、哉太!」

「ああ、止めに入んねーと、殴られてる奴らがやばくなる」

「俺、星月先生呼んでくる」


謝ったら済むと思っている甘い考えなんて、私が許すと思う?もう二度と、その口をきけなくしてあげる。もう一発、右ストレートをお見舞いしてやろうかと思ったときに、誰かに腕を掴まれた。振り払おうとしても、力が強くて振り払えない。振り返った先には不知火先輩がいて、先輩は首を横に振りながら「もうやめろ」と言った。後ろの方には、青ざめた顔の哉太と涙を流す夜久さん。不知火先輩が掴んだ右腕の拳は、相手の血で汚れていた。馬乗りになって相手を殴っていた私を、不知火先輩は立たせる。
あーあ、やっちゃった。なにが平和な学園生活を守りたい、よ。自分でぶち壊してるじゃん。不知火先輩は血で汚れた私の右手を引っ張って歩き出した。先輩、血で汚れちゃいますよ?そんなことを頭のどこか冷静なところで考えていた。私はそのまま、不知火先輩について行く。最後に振り返った屋上庭園では、哉太と夜久さんがただただ呆然とこっちを見ていた。






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12/11/10


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