私の家に来ない?
かつてと変わりのない笑顔を浮かべたユウにスネイプはこくりと頷いたのだった。



「どうぞ、入って」



紅茶くらい出すから。と言って、ユウはスネイプを放ってキッチンへと引っ込んだ。引っ込んだとは言ってもダイニングキッチンなので、紅茶とお茶請けの準備をしているユウの姿はスネイプには見えているのだが。
ぐるりとその部屋を見回して、家具の様子や物の量からユウがここ1年2年の間にイギリスへ戻ってきたわけではない事を予測した。



「…ここには、ひとりで?」
「ええ、そうよ。5年くらい前に戻って来たの」



出された紅茶をスネイプは一口飲んだ。
無意識にどうにも緊張していたらしく、喉が潤されるような感じがした。ユウが淹れた紅茶はとても美味しく、思わず口許が緩みそうになった。だが緩みかけた口許をどうにか我慢したのも、きっとユウにはお見通しであるだろうが。
ふとユウを見ると、ユウはなにやら楽しそうな表情でスネイプを見ていた。



「ねえ、スネイプ。あなた結婚した?」
「…なぜそんな事を聞く?」
「ただの好奇心よ」



笑顔のユウのその言葉に、スネイプは頭を抱えたくなった。



「でも指輪してないし、結婚してないのね。1度も?」
「ああ、していない」
「じゃあ、誰かいい女性はいるの?」
「今は、いない」



今はって事は前はいた事があるのね。
何が楽しいのか分からないが、ユウは至極楽しそうににこにこしていて。スネイプは不服で仕方がなかった。
スネイプは皮肉や嫌味が出てしまいそうになったのを紅茶を飲むことでどうにか抑え、カップを置いて反撃に出る事にした。



「お前はどうなのだ、オオサキ。結婚したのか?」
「私?私はね、結婚はしていないわ」



ほらみろ、お前も同じじゃないか。
と、言ってやろうと開いたスネイプの口は、次に続いたユウの言葉に何も言わずに閉口した。



「結婚はしてないけれど、婚約はしていたの」
「…していた?どういう意味だ?」
「簡単な事よ、スネイプ。婚約者はもうずっと前に、殺されたのよ。…死喰い人に」



ユウの悲しげな表情でのその告白に、スネイプは絶句した。
スネイプのその様子に気付いていないであろうユウ、そのままなぜ婚約者が死んだかを説明し始めた。

彼は魔法省で働いていて、日本の魔法省支部に用があって出張に来ていたところで出会ったのだ。出会ったその日から分かりやすいくらいにアピールしてくる彼には驚いたけれど、ユウ自身人に好かれて嬉しくないわけがなかった。
彼の短い滞在期間の間、ユウと彼は毎日のように会っていた。彼に告白されたのは、彼がイギリスへ帰るほんの1週間前。ユウは彼に心惹かれていたのでもちろん、彼の告白へは良い返事をした。
彼がイギリスへ帰ってからは、手紙が連絡の手段だった。彼はマグル出身の魔法使いであったので、日本とイギリスという長距離の手紙連絡はマグル式で行った。
会うことは少なかったが交際は順調に進み、そして交際2年目の記念日にプロポーズされた。答えはもちろんイエス。
ユウと彼とは婚約した。
しかしその時のイギリス魔法界は闇の時代の真っ最中。彼とは闇が消えたら式を挙げる約束だった。できれば早く結婚式を挙げたいというのがユウの願いではあったのだが、式を挙げるなら幸せな時代が良いと彼が言ったから、ユウは日本でイギリスの彼を待つことを選んだのだ。
しかし、彼は永久に迎えに来なかった。
数日後、日刊予言者新聞に彼と彼の家族が死喰い人によって皆殺しにされたという記事を見つけた…。


だから自分は結婚していないのだと。ユウはそう語った。
ユウの独白にも似たそれを聞いているうちに、スネイプはどうしようもなく泣きたくなった。自分がユウの婚約者を殺したというわけでは無いのだが、それでも消えない罪はスネイプ自身にも当てはまる。
力を欲して、得た物以上を失う事になった。
無知というのは何よりも愚かで残酷だ。もしも学生の頃に戻れるのなら、あの頃の自分自身に闇には堕ちない人生を送れと言いたい。
卒業式のあの日、ユウの平穏のためにと自分から突き放したのだというのに。せめてユウだけは安全で、幸せであってほしいと願っていたのに。神はそれすら叶えてくれなかった。



「オオサキ、すまない」



膝をつき俯いて、スネイプは何年振りかの涙をこぼした。謝って過去を清算できるとも、ユウの婚約者が帰ってくるとは思ってない。
けれど罪は罪。
ユウが例えスネイプの罪を知らなかったとしても、いずれそれは暴かれる。ならば今いっそ白状してしまえと思った。



「オオサキ、私は…私は、」
「ねえ、スネイプ」



涙に震えるスネイプの声を遮って、ユウの優しい声が響く。スネイプの前に膝をついたユウは、俯いていたスネイプの両頬を手で包んで目線を両合わせるようにそっと上へと向かせた。
闇に澱んでいたスネイプの目に、変わらない優しい笑顔のユウが映る。



「私、全部知っているわ。ダンブルドアが教えてくれたの」
「…っ」
「でもね?私はあなたの全部を聞いても、それでもあなたを憎めない。だって、あなたは愛を貫いたのでしょう?」
「あ、あ…だが、それは」
「過ぎた事を悔やんだって何も始まらないんだって、この5年という時間が私に教えてくれたわ」



ひきつりそうになる喉をどうにか震わせて、スネイプは許しを求めた。ユウが謝罪を求めているわけではないのは分かっていたけれど、だからこそスネイプはユウからの許しが欲しかった。
いっそ責めてくれたら楽なのに、ユウは残酷なくらいに優しいから。



「オオサキ、私は君の幸せを奪った奴らと同じなのだ…」
「ええ。けれどあなたはそれをとても悔やんでいる。なら、それで良いじゃない。それだけでもう、あなたは許されていいの。他の誰が何と言おうと、私だけはあなたを許すわ。…だから、スネイプ」



ユウは全てを知ってもなおスネイプへと、学生の頃と変わらない視線を向ける。
ユウは学生の頃と何も変わらない。雰囲気も笑顔も笑い方も性格も、そしていつだってその黒曜石のような優しい瞳にスネイプを映し出す事も。



「私にまた、あなたをセブルスと呼ばせてほしいの」



それがユウの許し方だった。
それだけでスネイプは、新たに歩き出せるような気さえした。



(20110818)

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