あの闇の時代から、もう随分と時間が過ぎた。
時間はただ残酷に過ぎていくばかりで、過ぎ去った悲劇の傷は消してはくれなかったのだが。

イースター休暇の間に、スネイプは久々にホグズミートまで足を延ばしていた。ここ数年の間、スネイプはただひたすらに1人の男の子を護る事に徹していた。その子供はあまりにもスネイプにとっては憎々しいくらいに自身にとっての悪夢に似ていた。母校で教鞭を執る事はスネイプが思っていた以上に大変な事が多く、まさに息をつく暇も無いのだ。だからこそ、生徒達の大半が家へと帰省するこのイースター休暇に多少なりとも羽を伸ばそうと考えたのだ。
自分が学生の頃からそこにあったホッグズ・ヘッドは相変わらず寂びれた店で。そこのカウンターでスネイプはバタービールを飲んでいた。客数の少ない空間は、静寂を好むスネイプにとっては居心地の良い空間であった。
だが、かつてスネイプはここに1人で来ることは無かった。
学生時代の頃は1人では無く、自分の隣りに座って一緒にバタービールを飲む存在がいたのだ。その人物の事を思い出して、少し切なくなった。
彼女を好きだった、愛していた。だが彼女と自分のためにと突き離し、自分で離別の道を選んだ。今でもその決断を誤っていたとは思っていない。実際、この国にいたマグル生まれや半純潔の魔法使いや魔女はことごとくその命を奪われていったのだから。彼女を護るために、スネイプは彼女との離別を選択した。
彼女への想いは今でも色褪せてはいない。だからこそ、たまにホグワーツで過ごしていて思い出すのだ。彼女との幸せで、楽しかった毎日を。思い出しては切なくなる。ホグワーツにはあまりも彼女との思い出に溢れすぎていて、どうしようもなく彼女と会いたくなる。実際には彼女の自国での住所を知らない自分では会いに行くことも、手紙を出すことも出来ないのだが。
ああ、また彼女を思い出してしまった。と、スネイプがやるせない気持ちをのせて息を吐いた時だった。
カランカランと店のドアに付いている小汚いベルが来客を知らせる音を奏でた。



「ああ…また来たのか」
「こんにちは、アバーフォース。やっぱり懐かしくて」



ホッグズ・ヘッドの主人と交わす会話の内容から、その客は最近よく来ているらしい。
スネイプが座るカウンター席から3つ程離れたカウンター席に座った人物はバタービールを頼んでいて。丁度自分のも無くなったからと、スネイプは今度は蜂蜜酒を主人にオーダーした。主人はさっさ飲み物を注ぎ、まずスネイプに蜂蜜酒を、そして次に別の客へとバタービールを渡した。



「ありがとう」
「お前はいつもそればかり飲むな」
「ふふ、あなたも知ってるでしょ?ここは私の思い出の場所で、そしてこのバタービールも大切な思い出の1つなのよ」



ああ、そうだったな。と興味なさそうな主人の声にその客がふふっと笑う小さな声がスネイプの耳をくすぐった。
ああ、そういえば彼女もこういう風に控えめに笑う人だったと。そう考えてスネイプははたとその客の声が数十年前に最後に聞いた彼女の声に似ていることに気付いた。
まさか、と思いながらも、スネイプはほんの少し首をひねって3つ隣りの席に座っている客を見た。その姿を認識した瞬間、スネイプは驚きに目を見開いた。



「…オオサキ?」
「え?」



名を呼ぶ声が震えた。その呼び名に振り返った人に、スネイプはどうしようもなく泣きたくなった。
振り返ったその人もスネイプが誰であるかを認識したらしく、元々大きかった目を大きく見開く。そしてその黒曜石のような目に数十年振りにスネイプの姿が映った。



「…え、嘘。スネイプ…?」
「…ああ、久しぶりだな。…オオサキ」



信じられないと絶句しているその客、ユウ・オオサキにスネイプは久々に感情をのせて苦笑してみせた。
その時、ユウの左目から1つの雫が零れ落ちたのをスネイプは見た。



(20110813)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -