ある晴れた日の午後。リハビリを終え、ゆるりとした時間をユウと過ごして部屋で休んでいると来訪者はやって来た。



「やっと来たみたいね」
「ああ」



微笑みを向けて、まだ上手く動けない私の代わりにドアを開けてその来訪者をユウが出迎えた。ドアから直接私が見えないように上半身を隠すように仕切られたカーテンのせいで、その来訪者を私はまだ視界に入れることはできない。
しかし、彼女と交わされる声にはいやというほどに聞き覚えがあったのだ。
仕切りのカーテンを開いて顔をのぞかせた彼女はにこりと笑う。



「それじゃあ、セブルス。私は席を外しているから」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます、ミス・オオサキ」



そういって彼女は部屋を出て行った。
残されたのは私と、私がすべてを偽ってでも守りたかった子供だけ。
どこに視線を向けるべきか迷った挙句、私は少々ばつが悪く、あの子に向くことは無く窓の外へと視線を投じた。
どう、話せばいいのか分からなかった。今まではやつに似たあの子が憎く、そしてリリーの瞳だけを守りたかった。自分を偽るのには慣れていた。憎まれ、疎ましがられるのにも慣れていた。だからあえてその役割に徹し、真実は隠し続けてきたのだ。
誰かを守るなんて、この私には本来ならば許されないのだ。



「先生」
「…何かな、ポッター」
「僕は今まであなたを憎んでいた。父を蔑み、僕を憎むあなたを心底憎み、そして嫌っていました」
「当然であろうとも。それだけのことをしたのだ」
「けれど真実は違った。あなたは僕を守るためにいろいろなものを犠牲にしてきた。あなたの言った通り僕の父は傲慢で意地汚かった。あなたから母を奪ったんです。けれど、それでも僕にとっては大切な父です。…でも、先生」
「なんだ」
「今、僕はあなたがとても大切です。あなたがいたから、きっと僕は生きていられるんです。僕たちはきちんとお互いを知るべきだと思うんです。少なくとも、僕は陰険な教師としてのあなたではなく、真実のあなたの一部を知り、あなたを理解したいと思っている。そして、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの息子としてではなく、ハリー・ポッターという僕を知ってほしい。先生、やりなおしましょう。今の僕はあなたを憎めない」



柔らかな風が吹き込んだ。白いレースカーテンが踊るようにはためく。
実に実直な言葉は私が今までこの子と再会した時に浴びせられるだろうと想像していた言葉とはまったく違っていた。
ふうと吐き出した息に混ざるのは背負っていた果たし終えた誓いと罪の意識だ。
首を動かし、ベッドサイドの椅子に座っている青年を視界に入れた。いつ見てもリリーを思い出させるグリーンを真っ直ぐに見据えた。



「私はなにもしていない。闇の帝王を滅ぼしたのも、今お前がここに生きているのも、貴様自身で打ち勝った結果だ」
「いいえ。なんと言われようとも、僕はあなたに救われてきた」
「ただの罪滅ぼしだ」
「それでもいい。僕はあなたに救われたんだ。もう償いはいらない。もう先生は幸せになっていいんです」
「貴様になにが分かるというのだ」
「分かりません。だから、教えてください。偽りではない、真実のあなたを」



ああ、どうすればいいのだろうか。
沈黙が落ちる。なんと言えばいいのか、何と答えればいいのかが私には分からなかった。ただ、真摯にあるこの子に私も真摯に応えなければならないことだけは理解していた。



「…私は自分を語るのは得意ではない。ゆえに、たまにならお前のつまらない世間話にくらい付き合ってやろう」
「先生…」
「ハリー・ポッター」
「はい」
「………生きていて、良かった」
「はい!ありがとうございます!」



最後にこぼした本心の言葉に、ポッターはリリーのように笑った。

***

「きちんと話ができていたようで安心したわ」



あの後、しばらくポッターと他愛のない話をしているところにユウは帰ってきた。それを合図にしたようにポッターは帰り、今は私とユウだけとなった。
ポッターと帰り際に少しだけ話をしたらしく、見送りから戻ってきたユウは嬉しそうにしながらポッターが帰途についたことを教えてくれた。
あの憎かったポッターを、憎いと感じることが少なくなった。これは大きな変化だろう。そして、ポッター自身も知らぬところで随分成長していたのだ。
日も暮れ、少し肌寒い風が入り込んでくるようになった窓を閉めに立ったユウは、こちらを振り向いてそうそうと何かを思い出したように声をこぼした。



「どうした」
「リハビリも順調だし、もう少しで退院できるって聞いたのよ」
「そうか」
「もう少し喜んだらどうなのよ、セブルス」
「ああ。…ユウ」
「なあに?」



再びベッドサイドの椅子に座った彼女を見やり、私の言葉の続きを待っているユウの手を掴む。突然の私の行動に不思議そうな瞳をこちらに向けてくるユウの姿に苦笑がこぼれそうになる。
昔からなにも変わらないユウに、私はどれだけ救われてきたことだろうか。



「どうしたの?セブルス」
「私と一緒に生きてくれ」
「え?」
「結婚しよう、ユウ。待たせてすまなかった」



ムードもなにも無い病室でのプロポーズを、彼女はどう思っただろうか。
黒曜石のような目を真ん丸に開いてぽかんとした表情をした彼女は、やがて。
可憐で美しい花のように、柔らかく、優しく、美しく笑ったのだ。


(20130906)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -