愚直に愛し抜いたあとに死んでみたいものさ
「さて、あとは時を待つのみだ」
六道仙人に説明された通りに術のための準備を終えた五人に、六道仙人は声をかけた。人数が五人もいたおかげか、思ったよりも早くそれを整えることができた。
「時間ができた・・・。少し、昔話でもしてやろう」
そう言い、六道仙人が語ったのは、忍というものの始まりであった。
大筒木ハゴロモと名乗っていた六道仙人にいた、二人の息子について。母カグヤより受け継いだチャクラを、より濃く自身より受け継いだ長兄であるインドラと、チャクラは劣るが愛を知っていた弟のアシュラの話を。
ハゴロモが作った忍宗の後継として息子たちは競い、そして破れたのは優秀な兄であった。力があるからこそ一人で何でも成そうとした兄と、劣るからこそ周囲の者たちと手を取り合って絆を結んだ弟。ハゴロモは、忍宗を愛と絆によって治めて欲しいと、弟を後継に選んだのだ。
そしてそこから始まった、兄弟による血を血で洗い流す熾烈な戦い。
しかしその戦いの間にもそれぞれが伴侶を選び、その者との間に子を成す。
それが、後のうちはと千手の始まりであると。
それは柱間や扉間、アヤメが幼い頃より伝えられてきた誰もが知る昔話であった。
インドラとアシュラの魂は何度も繰り返し転生し、その争いを継続し続けていた。その時代の転生者はマダラと柱間であった。しかし、その争いが終わったのもまた、マダラと柱間の時代であった。
ようやく息子たちの長い争いも終わるかと思われていたが、しかしそれはカグヤの末息子として生まれていたゼツによって叶うことはなく、さらにカグヤ復活のために利用されることとなったのだ。
「マダラは最もインドラに似ており、同時に最も似てもいなかった。力を持つ者としての気質はインドラと同じだったが、だが、マダラはインドラと違って、誰かを思いやる気持ちや、愛することや慈しむその心を凍らせることはなかった。インドラ次第に己の愛の心を閉ざし、深く深く凍りつかせてしまったというのにだ。それにマダラの側には、今回はアヤメが早くからおった。だからようやく、この戦いも終わると思っておったのだがな」
「ちょ、ちょい待ち。六道仙人よ、話の中にオレとマダラが出るのは分かるが、なぜ急にアヤメが出てくるんぞ」
古よりの兄弟の長き戦いの終結に、アヤメの存在があったからこそであると言い放った六道仙人に疑問を覚えたのは柱間だけではなかっただろう。
争いを始めたのはインドラとアシュラである。その父である六道仙人ですら止められなかったそれを、終わらせるきっかけとしてどうしてアヤメの存在が絡んでくるのかと。
「・・・インドラとアシュラの子孫が今のうちはと千手というならば、それぞれには伴侶がなくてはならない」
アシュラはある美しいおなごとの間に子をもうけた。インドラは争いが始まって以来離れていたのでどこで出会ったのか、ある時よりキキョウという名の美しいおなごを伴侶としていた。
もはや父と息子としての会話も無かったが、それでもあのインドラがキキョウにのみ、失ってしまった愛と慈しみを一心に向けていたことは分かった。あのおなごが、力があるがゆえに凍りついてしまったインドラの心を溶かしたのだと。六道仙人はひと目見ただけで、それに気付いたのだ。
しかしそのキキョウも、いつからか姿を見ることも無くなり、インドラは再びその心をこれまで以上に凍りつかせてしまった。・・・後にキキョウは病によってこの世を去っていたことを知ったのだった。
それからというもの、キキョウの魂もまた、何度転生しても孤独へ突き進むインドラの魂を救うように転生し続けた。
「この時、初めて早くから二人の魂の転生者が出会った。それは、アシュラの転生者との出会いよりも、ずっと早く」
それが、マダラとアヤメであった。
始まりのインドラと違って、インドラの転生者であるマダラは早くからその心に愛と慈しみを持っていた。日に日に大きく育つそれらの影響もあってか、マダラは愛を知る男として育った。
しかしやはりというか、アシュラの転生者である柱間を敵であると認識した瞬間から、再び古よりの争いは続けられた。しかしこれまでとは違って、その争いは終わることができた。愛と慈しみを早くから知っていたマダラは、どんなに誤魔化したとしても、それらを無かったことには出来なかったのだ。
しかし、それも長くは続かない。
キキョウの魂の軌跡通りに、アヤメは同じように病によってマダラを残して早くにこの世を去ってしまった。
愛と慈しみをその心深くから知っていたからこそ、マダラのその喪失は激しいものであった。
その当時を知る柱間は、それまで見たこともないような友の様子に心底心配したものだった。まるで、今にも彼女の後を追わんばかりの様子であったのだから。しかしそんな柱間の心配をよそに、マダラは日々を生きていた。たとえ、それが惰性によるものであっても。しかし、そんな風に見えていたマダラも、見えない部分で変わっていってしまっていた。
アヤメを喪ったマダラは、まずアヤメという存在を誰もから隠そうとした。うちはの文献や軍記に記されていたアヤメの痕跡のすべてを消し去り、アヤメの墓を隠した。自身の一族の皆にはもちろんのこと、友であった柱間や、アヤメと共に働いていた扉間にさえ、隠したのだ。
それだけマダラにとってのアヤメの喪失というのは耐え難いものであり、そして、その心の隙間をゼツにつけ入られたというわけなのである。
いにしえより続く魂の連鎖の一つに、自身も加わっていたことを知ったアヤメは、ただただ驚くことしかできなかった。
「だが、マダラと柱間と同様に、アヤメの体からもうキキョウは離れて新たな転生者となっている」
「、そ、その者は・・・」
「今世のインドラの転生者であるサスケを愛する女だ」
息を呑んでキキョウの転生者を知ろうとする柱間に対し、六道仙人はその名をはっきりとは伝えることはしなかった。だが今もインドラの転生者の側にいるいるのだと、そう伝えた。
そんな六道仙人の言葉に、ようやくアヤメが動きを見せた。
「待ってください。六道仙人。それが本当ならば、またキキョウの転生者はサスケを残して逝くのではないのですか?そうすれば、またこの争いは続くことになるのではないのですか?」
アヤメの言葉に顔色を変えたのは、なにも柱間だけでは無かった。
うちはを正当に評価し、誰よりも理解しようとしていた扉間も。その扉間より意志を受け継いで、うちは一族を守ろうとしていたヒルゼンも。ヒルゼンの意志を繋ごうと決意していたミナトも。
その場にいる全員が、アヤメの言葉を危惧した。
サスケが、第二のマダラになってしまうのではないかと。
「・・・いや、案ずるでない。今世のインドラとアシュラの魂が変わろうとしているように、キキョウの魂もまた変わろうとしている。いにしえより続く負の楔を終わらせようとしている。ゆえに、もうキキョウはインドラを孤独へ追いやることもあるまい」
六道仙人にしか見えない魂を、今どこに見ているのかは誰にも分からなかった。
しかし、希望の輝きの見える今世をその目に写しているのであろうことは、その場にいる誰もに理解ができた。
***
カグヤを封印したナルトとサスケ、そしてサクラとカカシを、六道仙人と彼が呼んだ各国の歴代影たちによって、口寄せとして尾獣もろともこの世界に呼び戻した。
六道仙人は功績者たる彼らを讃え、そしてその目で己が生み出した尾獣たちをぐるりと見たとき、視界の端で動きを見せた人物に気付いた。
それは、この戦争の首謀者であり亡霊でもある、うちはマダラの倒れ伏した姿を見つけた、サスケであった。それを腕を伸ばすことで、サスケの動きを六道仙人が遮る。
そして、人柱力となったマダラより十尾が抜けてしまったため、その命の残りが僅かであることをサスケに告げた。それすらも自業自得だと言わんばかりのサスケの様子に、それでも、と六道仙人はその動きを強く諌めた。
「お前達の前任者の最期だ・・・。よく見ておくといい・・・」
その目をサスケとナルトの両者へと向けて、六道仙人は口を閉ざした。
そんな、誰もの視線がそこへと集中する中、地に倒れたマダラへと柱間が静かに歩み寄った。
鎧の鈍い音をたてて、自身の足元へと腰を下ろした存在が柱間であると、マダラは目を薄く開いて見やった。
「柱間か・・・」
「うむ」
小さく頷いたかつての友の姿に、どこか安堵したかの様子でマダラはその視線を、どこか虚空へと投げた。
「お前もオレも・・・望んでも届かないものだな」
「そう簡単にいくか!オレ達の生きている間に出来ることはしれてる。だから託していかねば・・・先の者が、やってくれる」
「相変わらず、甘いな・・・。フフ、お前はいつも、楽観的だった・・・」
柱間と話すマダラにはもう、戦いの最中にあったような覇気も、生気もなにひとつが感じられなかった。
小さく笑うマダラは、これまで見たことないような、まるで柱間と親しかった頃のような穏やかさだけをみせていた。
「だが、それが正しい・・・のかもしれんな・・・」
人は過ちをやり直すことができる。ただ、マダラにはもうそのやり直す時間がありはしない。そんなことはマダラ自身が最も、よく分かっていた。だからこそ、話し続けなければならない。
ようようと、力弱く口を動かす姿に、誰もが息すら潜めて耳を傾けていた。
「オレの夢は、ついえた・・・。だが、お前の夢は続いている」
「急ぎすぎたな・・・。オレ達は届かなくても良かったのだ。後ろをついて来て託せる者を育てておくことが大切だった」
「ならオレには無理だったってことだ・・・。後ろに立たれるのが、嫌いだったからな・・・」
懐かしい話を引っ張り出してくるマダラに、柱間は友に対する懐かしさに緩く笑みを浮かべた。
まるで、今まで仲違いしていた友と仲直りするときのような、仕方がないなぁとでも言いたげな、慈しみのこぼれる笑みを。
そうして次に口を開いたのは柱間であった。
「ガキの頃・・・お前は “ オレ達は忍で、いつ死ぬかも分からない ” と言った・・・。互いに死なぬ方法があるとすれば、敵同士腹の中を見せ合って、兄弟の杯を酌み交わすしかねェと」
それもまた、懐かしい友の幼い頃の言葉であった。
静かにそれを聞いている友の姿に、柱間は穏やかな表情で覗き込むようにマダラの顔を見た。
「だが、もう互いに死ぬ。今なら・・・ただ戦友として酒を酌み交わせる」
「・・・戦友、か。まあ、それ、なら・・・オレたちも・・・」
吐息と共に溢れるマダラの腑。
弱々しいその声色と表情に、その時が近いことに誰もが気付いていた。そんな中、柱間とは反対側のマダラのすぐ側に、もう一人が歩み寄ってそこに座した。
もう目を開けて見なくとも、それが誰であるかなど、マダラには息をするように簡単に気づくことができた。しかしそれでも、力を振り絞って、マダラはようようと閉じていた瞼を開いた。
そうしてそこにいる、いとしい女を光を失いかけた目で見つめた。
「アヤメ・・・」
「ここにいるわ、マダラ」
「お前には、苦労ばかりを、かけた・・・。オレはただ、また、再びお前と共に・・・」
「ええ、分かってる。・・・ねえ、マダラ。私は、ずっと側にいたのよ」
「ああ・・・、そうか。・・・お前は、ずっと側にいてくれたのだな。アヤメ、お前は・・・」
フッと小さく息を吐き出したマダラは、残る力を振り絞って、腕を伸ばしてアヤメの手と自身の手を重ね、強く握る。
そうしてその両の目でアヤメをじっと見つめ、
「お前は、決してオレを、・・・孤独にはしなかったのだな・・・」
そう言って、ゆるく笑った。
そんなマダラにアヤメもまたゆるく微笑んで、重なるいとしい男の手を離さないように握り、一層マダラの側へとその身を寄せる。
そうして、アヤメは空いている方の手を伸ばして、薄く開いたままだったマダラの両の目の瞼をそっと落とす。その指でマダラの目元を優しく撫で、そのまま輪郭をなぞる。顎の先までなぞった指は、そのままマダラから離れて、アヤメはその手をもマダラの手と重ねて顔を伏せた。
まるで神聖さすら感じさせるその空気に、しばらく誰もが動くことが出来ず、また誰もが、アヤメが泣いているものだとばかり思っていた。
しかしややあって顔をあげたアヤメは、予想に反して涙をひとつとして零しておらず、ただただ愛と慈しみだけを浮かべてマダラを見つめていた。
そうして微笑むアヤメの様子を皮切りにするように、六道仙人はその視線をこの空間にいる全てへと向けた。
「五影達も、穢土転生たちもワシが解術する!」
それは、別れを示す言葉であった。
その言葉に弾かれるように最も早く動いたのは、ナルトだった。共に共闘することの叶ったナルトは、もう本当に二度と会えなくなる父へと、出来るだけ多くの言葉を残すように懸命に話しかけていた。
しかし迫り来る時が、父と息子の別れを迎えさせる。
「後のことは任せたぞ。カカシ、サクラ、ナルト、サスケ!」
「兄者・・・これでマダラとの決着も着いた。後はサルの言う様に・・・、ただ後の者共に託すとしよう」
穢土転生より解放される光に包まれ、ヒルゼンは次代の忍たちへ未来を託す。
扉間はこれで安心できるであろうと、この木の葉の父とも言えるであろう兄へと言葉を向ける。
ナルトとサスケであれば、自分たちとはまた違った決着を迎えることもできるだろうと、柱間もまた期待を込めてナルトとサスケを見やってから、弟の言葉にしっかりと頷いた。
そして、
「アヤメ。逆になってしまったが、オレたちもマダラの元へゆこうぞ」
「・・・ええ」
ちらり、と視線を向けた先には、輪廻天生によって生者として蘇ってしまったがゆえに、共に逝くことのできないマダラを見つめ続けるアヤメの姿で。
アヤメもまた、解術の光に包まれて、緩やかにその輪郭を失おうとしている。しかしその中でも、アヤメは緩く目を細めて、今まで握りっぱなしであったマダラの手を離し、自由になった両の手で素早く印を組み始めた。
「アヤメ?いったい、なにをするつもりぞ」
「・・・もう、もうマダラをひとりにしない。他の誰にも、二度とマダラを暴かせない」
解術のために薄れゆくチャクラを器用に練ったアヤメは、そのままそのチャクラを胸元で大きく膨らませ、それを小さな唇から噴き出した。
うちはの炎となって噴き出るそれは、まるでアヤメの意志だと言わんばかりの速さで、マダラの肉体を撫で上げる。
「アヤメ・・・」
その行動の真意が、アヤメのマダラに対するどうしようもない愛と恋しさであると気付いた柱間は、炎に包まれる友とその伴侶をただただ見つめた。
マダラがアヤメをああも激しく愛していたように、アヤメもまた、マダラのことを強く愛していたのだ。
かつてマダラが死んだアヤメを全てから隠したように、アヤメもまた死したマダラを隠そうとしているのだ。
愛の深いその二人を、いったい誰が咎められると言うのか。
燃え盛る炎の中、光に包まれて輪郭を崩すアヤメは、炎に屠られてゆくマダラの頭をその膝に乗せて、身を丸めるようにして抱きしめた。
「わたしもあなたも、もう、ひとりぼっちじゃないわ」
勢いを増す炎の中に、愛に満ちた二人の姿はやがて消えた。
2017/12/10 終
(2017/12/31)