結露した吐息


 わたしもあなたも、きっと浄土へはいけないわね。
 そう言って笑う顔が、どうしようもなく忘れ難いものであったのだ。

***

「火遁・豪火球の術」
「火遁・豪火球の術」


 ごう、と。
 声色の異なる二人が同じ術をその口元から放つ。
 うちははもともと火遁に長けた血脈の一族で、子供たちが忍になるためにまず教えられるのが、火遁・豪火球の術である。言い方を変えれば、うちはにとって火遁の中でも初歩中の初歩といえる術であるのだ。
 しかしそれも、扱う術者によって変わる。
 うちはの伝説であるうちはマダラが放つ豪火球が、子供や常人の放つそれと同等であるはずがなかった。そして、その唯一であり、当時うちは随一と名高かった幻術使いのアヤメもまた、それに当てはまる忍であった。
 轟々と燃え盛る巨大な火球の熱量に充てられ、蜃気楼すら立ち昇るほどの凄まじさである。それを、十尾を抑える結界を結ぶ地点にいながら、歴代火影たちや忍連合たちは肌で感じ取っていた。
 柱間の木遁分身とマダラの間に突如として現れたその人影に、何も知らない忍連合たちは驚きに揺れたものであった。しかも、その人物は女であり、その女へとあのマダラが物知りな様子で何度も声をかけているのだから余計に、その驚きはひとしおであった。しかしそんな忍たちを鎮めたのは、木遁分身を本体へと戻した柱間であった。


「大丈夫ぞ、あれはオレたちの味方ぞ!あの者にはマダラといえど、そう手出しはできんはずだ!」


 そんな柱間の説明が、余計に忍びたちに女への疑問を増長させているであろうことを扉間は感じ、大きく息を吐き出した。しかしかと言って、ここで彼女のことを説明したところで何が変わるでもない。むしろ今以上の疑問と動揺を忍たちに与えてしまう可能性だってある。
 そうして今や、お互いに火遁をぶつけ合うマダラとアヤメの戦いを感知しながら、扉間は鋭いその目を細めた。
 よもや、あの女が、うちはマダラがその存在を自身のものだけにしたいと、あらゆる手を尽くして隠した女だとは、この場にいる現代の忍は誰も知る由もないだろうと。
 そんな扉間の心中など知る由もなく、一旦業火をその口元から切ったアヤメに、マダラもまた同じく業火を消す。それを合図にするかのように、未だ業火の余韻の舞い上がる中へと、アヤメは飛び出した。
 穢土転生の身であるからこそできる特攻である。常人が真似をしようものなら、ぶつかり合った業火の熱量の余韻にその身を撫でられ、瞬く間もなく全身重度の火傷を負い、息を吸った気管や肺は焼かれてしまうことだろう。現に、特攻するアヤメの体は穢土転生の特性である再生を繰り返し続けている。
 しかし鎌の刃の届く懐まで、その特攻をマダラが許すはずもなく。再び放たれた業火に、アヤメは宙へと跳んでそれを回避する。だが、空中というのは身動きが自由に効かなくなる場所である。


「狙い撃ちだぞ」


 ニヤリと笑ったマダラが、アヤメへと再び業火を放とうとした瞬間であった。アヤメは手に持っていた愛用の得物である鎖鎌の鎖部分をマダラへと放つ。先に分銅の付いているそれは、マダラの体に巻きつき、その自由を奪う。鎖によって動きを封じられたマダラに向かって、アヤメは続いて本体の鎌すらも投げつける。伸びていた鎖を辿るように一直線にマダラへと向かう鎌は、勢いのまま深くマダラの首と肩の境部分に深く突き刺さる。


「扉間が言っていただろう。この再生するこの身には、いかなる攻撃も無意味だと」


 嘲るような笑みを含んだ声色でそう言い放ったマダラへと、アヤメはなにも応えずに後ろ腰に下げていた巻物のうちの一つを手に取り、その封を開く。開かれた巻物を前にし、アヤメはようやくマダラへと口を開いた。


「殺すことが無理でも、その動きを封じることはできる」
「なに?」


 怪訝そうな顔をするマダラに、それ以上を答えずにアヤメは巻物の端から端へと指を走らせる。すると小さな破裂音と煙をあげながら巻物は消え、その代わりにありとあらゆる無数の暗器がアヤメの周りに出現した。
 それらを宙に跳び上がったまま、ひとつひとつ手にし、的確に人体のあらゆる急所へと投げつけてゆく。生きた人間相手にならば有効な攻撃となったであろうそれらも、穢土より蘇って死の無い肉体を手に入れたマダラには無意味なもので。
 マダラはどこか煩わしそうな顔を浮かべながら、アヤメの懐かしい戦術のひとつであるそれを黙って受け止めていた。が、その顔が突如として色を変える。
 アヤメが今まさに投げようとしている暗器に込められている忍術。あれは。
 目を細めるマダラにも、何の躊躇も見せないアヤメは手にしていたその暗器を無表情のままマダラへと投げつけた。
 その暗器に込められているのは、封印術の一種である。それは穢土転生のマダラ自身を封じるまでの力は無いが、当たった部位の自由を文字通り封印して奪うことが可能なものである。かつての戦時中にも使用されていた、古い封印術であった。もちろん、その術をマダラも知っていて。


「マダラ。あなたの四肢の自由を封じれば、いくらあなたといえど、もう何ひとつできなくなるわ」


 だからこそ、それを自身へと放ったアヤメに対して目を細め、その本気を知ったのだ。


「・・・それは、困るな」


 自身の両腕と両足へとめがけて放たれたその暗器と、それを放ったアヤメの表情の無い顔を見て、マダラは低く唸った。
 体の関節部分を幾重にも貫く暗器の数々を強引に振り払い、体の自由を奪う鎖鎌を振り解く。甲高い金属音をたててバラバラとマダラの足元に落ちる暗器の数々。鎖鎌も同様に地面へと落ちようとしていたところを、マダラの手が掴み掬い上げる。本来、アヤメの得物であるそれの鎖部分のみを分離させて手にし、その逆の手に自身の得物である家紋の入った団扇を手に持つ。その団扇で放たれた封印術の込められた四つの暗器を防いだ。
 他の暗器と同じく微かな金属音をたてて地面に落ちた暗器に、アヤメが顔を僅かに歪めた瞬間であった。


「気がそぞろだぞ、アヤメ」
「っ」


 マダラの声が聞こえたかと思うと、突然ぐんっとアヤメの体が引かれて地面へと落ちる。体の自由すら効かなくなり、這いつくばったままちらりと見たアヤメの目に写ったのは、鎌から分離した鎖が自身の胴に巻きついているさま。
 アヤメの気が地面に落ちた封印術入りの暗器へと向いた一瞬の隙をついて、今度はマダラがアヤメへと鎖を投げ、先ほどマダラがアヤメにされたように、彼女のその体の自由を奪ったのだ。
 しかし先ほどとは違うのは、その鎖とそれを投げた者が繋がっているという部分。鎖を掴んだままであるマダラは、力任せにその鎖を引いた。するとその力にろくな抵抗すらできずに、鎖に拘束されたアヤメの体はマダラの方へと引き摺られていく。土に汚れ、防御の反応で蹲るアヤメを足元まで引き摺ると、その鎖の端を握ったままマダラは地に伏せるアヤメの顔を覗き込むようにしゃがんだ。
 蹲って横になっているその肩を掴み、僅かな力を込めるだけでその身体の向きを変えて仰向けとなったアヤメの写輪眼と、マダラは目を合わせる。


「アヤメ」
「、」


 顔を歪め、首を動かして顔を反らそうとするアヤメの動きに、マダラは自身の手でアヤメの頬を掴んでその動きを制止する。そんなマダラの動きにも、相変わらず歪んだ顔を見せるアヤメにマダラは目を細めた。


「オレから目を逸らすな、アヤメ」
「、マダラ・・・!」


 かつてよりの反射でその目を反らせずに、逆に目を合わせてしまったアヤメへと、マダラは自身の瞳術を使う。


「ぁ、」


 うちはの十八番のひとつでもある、写輪眼による幻術。
 随一と言われていたアヤメに対し、マダラはあまり幻術には特化していない。そのアヤメを長く自身の幻術によって封じることもできないことは、マダラは自覚していた。アヤメのことを最も近くで見続けていたからこそ、その能力を侮るつもりはないのだ。
 力の抜けたアヤメの体を縛っていた鎖を解き、立ち上がってマダラは目を伏せた穢土転生でも、土に汚れてもなお美しいそのかんばせを見おろした。


「お前は甘い。あの時こそ、お前の最強の幻術でこの俺を縛るべきであった」


 一番最初の、邂逅の時。あの時にただの幻術ではなく、アヤメの切り札たる最強の瞳術を使用していれば。今こうして地に伏しているのはマダラで、両足で立っているのがアヤメであっただろう。全力であれば、マダラですら破ることのできない幻術を駆使できるはずのアヤメは、しかしやはり甘い女であったのだ。
 マダラに対して、何の顔色も変えずに攻撃を仕掛けてきていたが、それでもアヤメはその中でマダラを滅ぼそうとはしていなかった。あくまで、アヤメは当初述べた通り、彼女は彼女の方法でマダラを救い、止めようとしていた。
 いとしい男を、女は殺す覚悟をすることができなかったのだ。
 それが、アヤメの甘さであり、弱さだった。
 地に伏し目を閉じたままのアヤメに、それ以上何も言わずにそのかんばせを見つめ続けていたマダラであったが、何かに気づいたかのようにその顔を十尾の封じられている結界の方へと向ける。そこには、柱間が十尾の動きを封じるために作り出した木遁による鳥居の上。十尾の頭部を封じるその鳥居の上に異空間から姿を顕したオビトの姿があった。しかし、それは別行動をとる前のものとは違っており、苦痛に顔を歪め、息も絶え絶えである。
 つまり、オビトは敗北したのだ。
 ここから先の計画を進めなければならないか、と。
 マダラは右手で印を組み、チャクラを練った。

2017/12/07
(2017/12/19)
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