さげすまれた愛の痛み


※万華鏡写輪眼について独自解釈、捏造がございます。ご注意ください。

 十も半ばを超えたカガミは、今年二つ大きな変化を得た。
 その一つはアヤメの勧めにより、あの千手扉間より師事を受けるようになったこと。
 もう一つが、うちは随一の幻術使いとの声も高いアヤメの目と、カガミの目を交換したことであった。交換というよりは、お互いの目を移植し合ったと言った方が正しいのかもしれないのだけれど。
 事の発端は、これまでアヤメとカガミの家族のみに知られていた彼女の身に巣食う病魔の件が、うちはの族長でありアヤメの夫であるうちはマダラに露見してしまった事である。その件ではマダラとアヤメは盛大な夫婦喧嘩をしたようで、その喧嘩は実に半日にも及ぶものとなった。里の外れで行われた族長夫婦の喧嘩であったが、その始まりは間違いなくうちはの居住区内でのことであった。
 突然膨らんだマダラの凶悪で強大なチャクラに皆が騒ぎ出したかと思えば、今度はあのアヤメのチャクラが苛烈に揺らめいたのだ。戦の世が集結してからは平素では揺らぐ事のなかった二人のチャクラが突如として膨れ上がったことに、何事かとそれはもう盛大に一族は揺らいだ。かと思えば二人のチャクラが瞬く間の内に治ったかと思うと、今度は驚くべき速さで二人が里から遠ざかって行くではないか。
 これはよもや里抜けではないかと。アヤメ様はマダラの不穏な考えを打ち止めるべく、マダラ様に立ち向かったのではないかとも。最近のマダラの動向を危惧していた者たちが騒ぎ出したのをカガミは聞いていた。
 何故マダラがそう思われたかというと。
 里が興って以来、その平穏に腰を下ろし切って牙を無くしてしまったうちは一族のあまりのありようと、千手扉間の冷徹なまでのうちはへの懐疑心にマダラは一族の未来を案じ、このままではうちは一族の尊厳と存続が危機であると。うちはが千手の狗とされる前に、うちはの尊厳と祖先たちの魂の安息を守るためにと、マダラがうちは一族ごと里を離れるべきではないかと提案した事によるものだ。これを、またマダラは戦乱の世を望むのかと、戦に疲弊した多くの者達がマダラは戦を好むが故、里を抜けたがっていると勘違いしてしまった。己は負け知らずで戦での傷も無いからそう言えるのだと、多くの者は戦で心にも体にも多くの傷をこさえたというのに、己が強いからと傲慢なと、そううちはの者達はマダラを断じ、族長であるマダラを軽んじるようになったのだ。
 しかしマダラの真意がそうでは無いことをカガミの家族や、かつてマダラ隊やアヤメ隊、イズナ隊など、マダラの側に控えていた者達は知っていた。
 ただ族長は今のうちはを案じ、そして未来のうちはを案じている。千手に柱間という神と謳われ、マダラですら敗北した忍がいる以上、うちははもう千手には歯向かうことができない。扉間という冷徹で冷静な現実主義者がいる以上、歯向かえぬうちははいずれ千手の力によって支配されることとなるかもしれない。そうなればうちはの誇り高き写輪眼はただの使い捨ての道具となってしまうやもしれぬ。
 うちはの写輪眼は便利だ。使い用は幅広く、日向の白眼など目にもない。索敵も可能であれば、戦闘では類稀なる観察眼によって敵の動き先読みすることも写すことも出来る。そして代名詞たる写輪眼の幻術は、忍術の幻術の中でも最高位のものだ。写輪眼こそうちはの誇りで、そしてうちはを表するものであるのだ。だがその強大な力の代償として、摩耗した写輪眼はいずれ能力を失い、視力をも失う。
 その写輪眼を、うちはの矜持と命を、価値も何も知らぬ他一族によって道具として消耗されるわけにはいかないと、そうマダラは伝えたかったのだ。
 それに皆はマダラの強さばかりに目を向けているが、彼もまた戦で心に深い傷を負っていることを忘れている。マダラはまだ子供と言える時分に、幼い三人の弟を戦で亡くし、そして最愛の最後の弟のイズナでさえ戦の中で失った。戦での悲しみはマダラも同じである。彼の強さは喪失から成り立っており、これ以上奪われたくないからマダラは強くならざるを得なかったのだ。それを、マダラが族長になる前から見てきた前族長付きだったうちはの者達は知っているし、今でも覚えている。
 マダラとアヤメが里の外れへ行ってから、里抜けではないかと騒ぎ出した者達に真っ先に立ち向かったのは、そんなマダラを知る族長付きの者達であった。
 その後のうちは一族も混沌を極めたものだった。
 マダラを危険視する者達と、マダラ隊やアヤメ隊やイズナ隊に所属していた者達がぶつかり合ったのだ。カガミも当然後者の中に混ざっており、両者の話し合いは紛糾を極めた。
 しかしそれも他には決して語られなかったマダラの心の内を知る者達の真実の言葉に、やがて一人二人と、マダラへの態度を変化させ、これまでの自分達の態度を恥じる者達が出てくるようになった。


「マダラ様は誰よりも一族を案じ、一族の皆を守るために戦っていたことを、あの戦乱を生きた皆さんであればご存知のはずでしょう。戦で多くのうちはの民と、そして愛する家族を失いながら血の涙を流し、それでもマダラ様は最後までうちはを守ろうとしていたことを」


 皆さんはご存知のはずでしょう。
 苛烈な戦の時代にまだ子供で、参戦することもできなかったカガミのその言葉は、何よりも皆の心を動かした。
 あの戦乱には出ていないカガミですら、うちはマダラという存在が他の一族にどういう者として影響していたかを知っている。忍としては決して恵まれぬ華奢な者の多いうちはの名を知らしめたのは写輪眼があってこそだ。そしてマダラは歴代の族長の中でも強力な写輪眼と、燃え滾る強大なチャクラを有した男だった。うちはマダラという存在を恐怖と死の象徴として、うちははこれまで以上にその名を高めていったのだ。だからこそこうして今多くの他一族が混じって興った里の中に於いても、うちははその地位を揺らがすことなく在ることができている。それもこれもうちはマダラがあってこそだと。
 その事実に思い至り、掌返しと嘲るものもいるだろうが、一族の皆はマダラを再び敬う心を取り戻したのだ。誰に嘲られたとしても構わぬと、これも平和は己達のみの功績であると思い違った事による因果であるのだと。
 それから数刻してから、ボロボロになったマダラとアヤメが里に戻った時には一族総出でその帰還を受け入れた。
 そうしてから、一族の皆はこの族長夫婦の喧嘩の原因が何であったかを知った。
 病に冒されて命を諦めたアヤメを、マダラはどうにかこの世にその命を繋ぎとめようと足掻いていたのだ。うちはの誰よりも強く、その力で何事も思い通りに生きてきただろうと思われていたあのマダラが、ただのみっともない男のように女に縋っていたのだ。どうか生きていてほしいと、恋しいのだと。それを知って一族の皆もまたアヤメが生きることを望んだ。
 そうしてアヤメは千手の力を借りて病を治療するようになり、それと同時にカガミの家族はマダラより呼び出された。
 何事かと驚く父母をよそに、一家を屋敷に招いたマダラは夜の深さを感じさせる黒い目を細めてポツリと口を開いた。


「アヤメの目は、かつてない程に弱っている」
「・・・まさか、それは以前のマダラ様のような・・・?」
「ああ」


 マダラの物言いに心当たりのあるらしい父が顔色を変えて問うた言葉を、マダラは小さく頷いて肯定してみせた。
 事情の分からぬ母とカガミを見やった父は、話しても良いかとマダラを窺い、その許可を得てから妻と息子へ向かって口を開いた。 


「あれはまだイズナ様がご存命であられた頃だ。マダラ様は戦で万華鏡写輪眼を多用して戦っておられ、その弊害として視力を弱めておられたのだ。万華鏡写輪眼は開眼した者に、これまでにはない強大な力を与えてくれる。しかしそればかりでは無かったのだ。増幅したチャクラに眼球が耐えられず、目が自己防衛の一つとして視力を弱めていた。写輪眼とは視てこそその真価を発揮する瞳力だ。その視力が損なわれては、しかもマダラ様ほどの方の力が損なわれてはどうなることかと、当時の幹部連中はそんな事ばかりを案じていた」
「けれど、父上。先ほどの父上の言葉では今はマダラ様の視力は回復しているように聞こえましたが?」
「ああ、その通りだ、カガミ。だが、回復したというのは正しくない。・・・今のマダラ様の目は、イズナ様の目であられるのだ」
「!?」


 思いもがけない父の言葉に、母もカガミも言葉を失った。
 父の言葉曰く、万華鏡写輪眼の弊害によって損なわれた視力は、他の写輪眼と交換する事によって再び息を吹き返す。
 その頃イズナは、あの千手扉間によって深傷を負わされ、ただ死を待つだけの身であった。マダラはイズナの申し出を決して諾とは言わなかったのだが、イズナ本人の強い望みから、イズナはマダラにその両目を託して死んでいった。
 マダラの苛烈とも言える強さの裏側に、そんな話があるとは思いもよらなかったカガミと母は父の言葉にただただ閉口していた。
 一家の話をそれまで黙って聞いていたマダラであったが、話が終わったとみるや静かに再び口を開いた。


「その話には、補足がある」


 そう言ったマダラに再び一家の黒い目が集中した。


「確かにオレの視力はイズナの目を移植する事によって回復し、そして永遠の万華鏡となった。・・・どうやら、万華鏡写輪眼は他の写輪眼と入れ替える事によって、決して曇ることのない万華鏡となるらしい。そして、その入れ替える対象同士は肉親同士ではなくてはならないらしい。・・・皮肉なものだ。力を得るために、一族を守るために、オレは弟の目を貰わねばならなかったんだからな」


 イズナのことを語るマダラの顔には、未だ癒されぬ痛みが存在していた。
 しかしそれを瞬く間のうちに取り払い、再び族長然とした表情となったマダラは一度カガミの目をじっと見つめてから、カガミの父でありアヤメの叔父でもある男とその妻を見た。


「お前たちを呼び出したのは、他でもない・・・。アヤメの弱った目のため、そこのカガミの目とアヤメの目を入れ替えてほしい」
「・・・」
「それは、っ」


 族長の言葉を無言で受け止めたのは父で、悲痛な声を零したのは母であった。そんな両親の反応を、カガミはただ黙って見ていた。
 決して家では見せないような忍としての鋭い表情をした父が、不遜にもまるで睨みつけるようにマダラを見た。


「お言葉ですが、マダラ様。それは、どのような立場でのお言葉であられるか」
「・・・どのような、か」


 父の鋭い視線を受けて尚、マダラは平然とした様子で小さく息を吐き出した。その姿は普段の族長として威厳と不屈を掲げたマダラにしては、珍しく人間じみた様にカガミには見えた。
 目を細めて逡巡していたらしいマダラも、父の問いへの答えが出たらしく、どこか弱々しささえ感じさせる目で父を見返して口を開いた。


「今、お前たちの前にいるのは族長としてのうちはマダラではない。アヤメの夫である、うちはマダラだ」
「・・・」


 つまり、マダラは族長としての命令で言っているのではなく、ただのアヤメの夫という立場でカガミの父に乞うているのだ。他でもないアヤメのために、と。
 そのマダラの言葉に鋭さを掻き消した父は、ふうと息を吐き出した。そんな父の様子にマダラもまた息を小さく吐き出し、どこか遠い目をして口を動かす。


「・・・オレは幼い頃に弟たちを失い、イズナさえも守れなかった。だがこんなオレにもアヤメがまだ残っている。オレはもう失いたくねえんだ。それに・・・今のオレがいるのはアヤメのおかげだ。あいつがいるから、オレはまだうちはマダラとして生きていられる」


 それは、マダラの側近たちであっても聞いたことないであろう、マダラの心の奥であった。
 うちはマダラとして生きられる。その言葉の重みが分からぬほど、カガミの父は愚かではなかった。族長という立場を取り払ってここにいるマダラは、いつもの近寄りがたい苛烈さを感じさせない、ただの男としてここにいる。その男が浮かべる表情は、どうにも疲れ切ってしまっているものであった。あの表情には見覚えがあった。あれは戦に疲弊し、喪失に心が擦り切れてしまった者のする顔だ。
 うちはマダラという族長の顔を取り払ってみれば、マダラという男は誰よりも哀しい男であることに、カガミの父は改めて気付いた。愛する家族を戦で全て失い、そして妻さえも失いかけた。カガミの父も男であるからこそ分かる。うちはの愛情というのは男の方が重く深いものである。その愛の喪失を何度も経験し、更に己にとっての唯一を失いかけたのだから、その心がどうしようもなく弱ってしまうのも道理であろうと。もしも己が妻を失ってしまった時には、きっと己も今のマダラと同じようになってしまうだろうと。
 そう、同じ男であるからこそ分かってしまったのだ。
 再び息を吐き出し、マダラの最初の望みへの返答をしようと父が口を開いた気配を察したのか、それよりも早くカガミが口を開いた。


「どうか、カガミの目をお使いください」
「カガミ、お前、」
「・・・カガミ。お前はそれで良いのか」


 息子の発言に驚いたように声を零した父を一瞥してから、マダラはカガミへとその目を合わす。こちらを真っ直ぐに見つめるカガミの目を見つめ、その中にアヤメと似通った色が浮かんでいるのをマダラは見つけた。
 マダラの言葉に瞬きを一つして、カガミはアヤメに似た色の目を輝かせて口を動かす。


「カガミは、アヤメ姉様を心の底より敬愛しています。私は以前よりアヤメ姉様の病のことは知っておりましたが、何度生きてほしいと訴えても、姉様は決して首を縦には振ってくれませんでした。けれど、そんな姉様の心をマダラ様が変えてくれたのです。その御礼に、というわけではございませんが、カガミの目がアヤメ姉様の、ひいてはマダラ様のためとなるのであれば、カガミにとってはこれ以上のない僥倖でございます」
「本当に、よいのか」
「はい。カガミは、カガミ姉様の目になりたいのです」


 例え、カガミ自身が光を失う事となっても構いません。カガミはそれで良いと心の底から思った。
 息子の覚悟を前に父も母も言葉を挟むことも出来ないと、ただカガミの申す通りにと両親も首を縦に振ってくれた。そんな一家の様子を静かな目で見つめていたマダラであったが、ややあってからマダラは大きく息を吐き出した。


「・・・安心しろ。千手とうちはの翁が言うには、移植した後のアヤメの目は、新たな持ち主の目として輝くとのことだ」
「それは、つまり・・・」
「お前の視力は失われないというわけだ」


 どこか柔らかな雰囲気でこちらを見るマダラに、カガミもまた小さく破顔した。それならば是非にと更に言い募ったとカガミに、マダラは緩く笑みをその口元に湛えたのだった。
 それからあっという間に月日は流れ、カガミの本来の目はアヤメの目に、アヤメの本来の目はカガミの目となった。
 しばらくは安静にと包帯を巻かれた生活であったが、それももう今日でおさらばだ。
 包帯を取り、母の鏡の前で目を開けば、かつてと何ら変わりない様子でその目は輝いている。しかし不思議なことに、元々はアヤメの目であったというのに、その色は彼女の宵色では無く、元々のカガミの黒と変わらぬ色をたたえていた。
 立ち会っていた翁が言うには、目の色はその者のチャクラの影響もあるのだろうと、アヤメもまた移植後だというのに変わらぬ宵色をしていたとも言っていた。何とも不思議な心地を覚えながらも、カガミは安静にしていたせいで鈍ってしまった体を動かそうと修行場へとその足を向けた。
 包帯を外して久々に見る人々の活気というのはどこか新鮮味のあるもので、まるで里の新参者のように思わずキョロキョロと見回してしまった。


「カガミ」


 そんなカガミの背へと呼び掛けられた低い声に、カガミは慌てて振り向いた。


「マダラ様」


 振り向いた先にいたのは、早々に仕事を切り上げて帰宅途中らしいマダラの姿。
 マダラの細君は未だ病と闘っているために床に臥せったままでいるという。愛妻家であるマダラは細君を案じて仕事を早引きしているというのは本当の話だったらしい。しかし早引きをすると言っても、しっかりその日の仕事は終えているというのだから凄い人である。
 こちらを見上げるカガミの目を暫くじっと見つめていたマダラであったが、ようやくその口を小さく開いた。


「お前はもう良いのか」
「はい、翁からもお墨付きをいただきました」
「そうか。今からどこかへ行くつもりだったのか」
「鈍ってしまった体を動かそうと思いまして」
「ああ、そうか」


 小さく笑みを浮かべたマダラが、オレが見てやりたいところだが、と口にしたのを聞いてカガミは首を横に振って笑った。


「マダラ様はどうか今はアヤメ姉様のお側にいてあげてください」
「・・・悪いな」
「いいえ。カガミはアヤメ姉様とマダラ様がご一緒におられる、それが嬉しくて仕方がないのです」


 にこりと無邪気に笑うカガミの中に、もう随分と昔に失われてしまったアヤメの弟のナツメの面影を見つけ、懐古と寂寞にマダラはそっと目を細めた。ナツメもまた、マダラにとっては愛する弟の一人に変わりはなかったのだ。
 そんなナツメの面影を思わすカガミにそっと手を伸ばし、黒い手袋で覆われた手でくるくると跳ねたカガミの柔らかな髪を撫でた。


「きっと、良いうちはの忍になれよ、カガミ」
「っ、はい!」 


 穏やかに小さく笑う敬仰する族長に、まだまだ未熟な忍はその期待に応えるべくその両眼を輝かせた。

2018/02/25
(2020/05/30)
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