結び目を解くように


 結果で言えば。
 アヤメの病は時間はかかれど、千手の技術を以てすれば完治することは可能である。そして、秘匿すべき目についても、それも千手とうちはの技術を併せれば乗り越えられる事柄であるとのことだった。
 過去より、うちはの写輪眼と数少ない万華鏡の両方を最も深く研究していたのが千手である。非人道的な実験も行ったからこそ得た千手の知識をうちはの医忍は黙って聞き、そしてそれを受け止めた上で過去の事例になぞり、アヤメの目を某かの目と入れ換えることとなった。
 その某かに選ばれたのは、アヤメと最も近しきチャクラを持っているカガミであった。カガミはアヤメと近くはないが血縁もあり、チャクラの性質は同じく幻術に特化している。些か年が離れているのが問題かと思われたが、そこは千手とうちはの技術の見せ所である。
 かくして、アヤメの目の為にと移植の話を受けたカガミは二つ返事で頷いて見せ、そうしてカガミの目はアヤメの目となった。反対に、アヤメの目はカガミの目となった。
 視力が弱っていたと思われていたアヤメの目だが、実際には万華鏡によって強化されたアヤメのチャクラに目が耐えられずに自己防衛として視力を閉ざしていただけで、カガミの目となってからはかつてと変わらずにその本分を発揮している。
 そしてカガミの目は。カガミという元の主のチャクラの器に加え、移植してからはアヤメのチャクラを受け止める器も備えた為か、もうアヤメのチャクラに目が耐えられないということもなく、むしろ永遠の万華鏡として彼女の目を彩る事となった。
 しかしその両者で変わった事と言えば。
 アヤメの目をもらったカガミの目は、アヤメの物であった頃のような万華鏡を浮かべることは無かった。まるで来るべき時を待つかのように、アヤメの目はカガミの元で写輪眼までしか輝く事はない。そして万華鏡を持たなかったカガミの目はというと、本来の万華鏡によって増幅したアヤメのチャクラに触れたのがきっかけだったのか、その目に新たな万華鏡を開花させた。その色はアヤメ本来の目と同じく、血のように濃い赤い色と今までとは若干異なる紋様を浮かべて、カガミの目はアヤメのチャクラに馴染み、そうしてアヤメの目となったのだ。


「アヤメ」
「マダラ」


 しかし未だアヤメは床に臥している。というよりは、マダラによって床に縛られていると言った方が正しい。
 アヤメの目はその身を案じるマダラによって未だに包帯で覆い隠されているし、彼女の病は治療の最中なのだ。治療といっても、外科的な処置は既に完了しており、あとは千手の薬を用いた投薬治療を行っているところだった。
 目の見えぬアヤメに知らせるように、わざとらしく衣擦れの音をたててマダラがアヤメの床の側に腰を下ろすと、その音を頼りにアヤメが体を起こしてこちらを向く。
 アヤメの白いかんばせに不釣り合いなその包帯を見る度に、マダラは人知れず苦い顔をする。その姿が亡き弟の最期を思わせるのだから、マダラはその表情をいつもより一層険しくするのも仕方の無い事だった。
 手に持っていた膳を置き、マダラはアヤメの手を取って膳まで導く。白魚の指が膳に乗った椀に触れたのを見て、マダラはアヤメの手を離した。


「薬の時間だ」
「・・・」


 椀の形を指でなぞりながら、マダラのその言葉にアヤメは包帯の下にある目を細めた。
 千手の医療技術はうちはのそれよりも格段に進んだもので、うちはには無かった知識さえあった。その事実にはアヤメも素直に感嘆と賞賛をしたものだったが、薬となると話は別だ。
 如何せん千手の薬は苦い。ツンと鼻をつく苦味と青臭さに渋味を加えたそれは、通常の薬草の何倍もの風味だ。しかも少しばかり粘性のあるその薬湯はどろりと喉にへばりついたように味を残す。
 それがどうにもアヤメは苦手で、椀を手に持ったままアヤメはその手を全く動かそうともしなかった。


「おい、アヤメ?どうした」
「・・・ねえ、マダラ」
「なんだ」
「・・・どうしても、飲まなきゃダメ・・・よね」
「馬鹿なこと吐かすんじゃねえ。それがお前の病を治す唯一の手立てだろうが」


 思わず口をついて出たアヤメの我儘に、途端に険しい様子を見せたマダラの正論にアヤメはぐうの音も出ない。しかしそれでもアヤメは渋る。
 目が覆われていようともその表情がなんとも言えない渋い表情をしていることに気付いたマダラは、アヤメのその珍しい我儘におやと目を細めた。
 碌に好き嫌いも無く、平素は全くと言っていいほど我儘も言わないアヤメが珍しくごねている。これまでのこの薬湯を目にした途端に消沈するとは思っていたが、それでも今日までは文句も言わずに飲んていたはずだというのに。それとも、これまで耐えていたそれがとうとう耐え切れなくなったというわけか。
 何を調合しているかをマダラも一応聞きはしていたが、医療や薬学に疎いマダラでは何が何だかしっかりと覚えられていない。だが側に控えていたあの翁が何も言わなかったという事は、それらがアヤメの体に良いものばかりで、毒や害になるものではないという何よりの証だと、そう思ったのだけはしっかりと覚えている。


「餓鬼みたいな駄々捏ねるな」


 いつもは自立した大人然としたアヤメが、今までに見たことも無いようなくだらない駄々を捏ねて、まるでいつかのイズナのよう。
 その頃のイズナはまだ幼い子供で、少し重めの風を引いて寝込んでいた時の事。うちはの医療者から薬を処方されて、その薬というのが薬湯であった。その不味さと苦さに毎回イズナは悶絶し、終いには飲みたくないと駄々を捏ねるようになった。駄々を捏ねるイズナを見兼ねて、マダラは仕方がないといった風でイズナの目の前で平然と一口薬湯を飲んで見せ、これくらい飲めないでうちはの忍と名乗れるかよ、と発破をかけたのだ。それを見た負けず嫌いの弟は兄に負けじと大嫌いだった薬を飲み干した。
 それをふと思い出したマダラは小さく溜め息をしてみせると、アヤメの手に持たれたままだった椀を取り上げた。


「マダラ?」


 視界を覆われているため、何をしているのかと首を傾げるアヤメを見やって、マダラは思い出す。
 ああ。あの時の薬湯は、幼い自分の想像を絶するほどの不味さだったな。
 そんな事を思いながら、マダラは手の中の椀の半分ほどまで注がれた薬湯を見て目を細め、そうして躊躇わずに椀の縁に口をつけた。僅かに傾けると、途端にドロリと口の中を満たした青臭さと苦味に眉を顰める。
 全く、酷い味だ。これならイズナが嫌がったあの薬湯の方が何倍もましな味だな。
 薬湯を一口含んだマダラは顰めっ面をしたまま椀を膳に戻す。アヤメの耳にも椀を置いた小さな音が届いたのだろう。包帯の下で僅かに眉を顰めたような動作がマダラにも見て取れた。しかしそんなアヤメに今のマダラは答えようもない。
 黙ったままのマダラは怪訝そうなアヤメに静かに腕を伸ばして、アヤメの細い腕を掴む。あの日、マダラが砕いた手首は今はもう何事もなかったように完治している。
 そうして掴んだ手首そっと撫でてから、その手首を弱く引けば簡単にアヤメの体はこちらへと傾く。その体へ向かうようにマダラもまた僅かにアヤメへと体を寄せて。緩く首を傾けて、ごくごく柔い優しさでマダラはアヤメの唇とを合わせる。
 唐突なマダラの行動と口付けに驚いたらしいアヤメはポカンと体から力を抜き切っているのに気付いたマダラは、これ幸いと自然な仕草でそっとアヤメの唇を食む。するとマダラが教え込んだ通りにアヤメは薄く口を開いて、いつものようにマダラの舌を迎え入れようとした。そのアヤメの癖が、マダラの狙いだった。


「・・・、んん!」


 唇を合わせ、薄く開いた口からアヤメの口内に忍んできたのはマダラの舌ではなく、アヤメが嫌う苦い苦い薬湯だ。
 驚いたアヤメが距離を取ろうとマダラの胸を押すも、それをものともせずにマダラはアヤメと唇を合わせたまま、大人しくしていろとばかりに抱きすくめる。マダラのしっかりとした両腕に囲われて逃げ場のないアヤメはせめてもの抗議だと言わんばかりに声をあげるも、それは二人の口内で意味を成さない音になるばかりで。
 いつまでたっても口の中に流し込まれた薬湯を飲まずにいるアヤメに業を煮やしたマダラは、アヤメの後ろ首に手を伸ばし後頭部に手を沿えるようにしてから、ぐぐぐと体を伸ばす。普段、アヤメと唇を合わせる時にはマダラがアヤメの高さに合わせてやっているのだが、それを今は無理やり口を合わせたまま屈めていた背を伸ばしているのだ。そうすれば、後頭部をマダラに抑えられているせいで唇を離すことも叶わないアヤメは、背を伸ばすマダラにつられるように仰ぎ見るように顔を上に向ける体勢となっていく。


「んんんっ!」


 顔を上に向けたせいで口内の薬湯は奥の喉元まで流れ、そして重力に従って薬湯は喉の下へと落ちようとする。
 あまり無理をさせると危険な事はマダラも承知であるが、駄々を捏ねる子供のようなアヤメにはこれくらいが丁度いいだろうと、苦しげに声を漏らすアヤメをただ静観していた。
 それから幾許も立たないうちに、ゴクリと大袈裟なくらいに大きな嚥下音がマダラの耳に届いた。それを聞いてからマダラはようやくアヤメから離れ、それと同時に塞いでいたアヤメの唇が自由となる。途端にアヤメは噎せるように小さく咳払いをしてから、包帯の下の目でマダラを睨め付けた。


「ちょっと、マダラ!あなた、一体何を考えてるの」
「こうでもせんと駄々を捏ねるお前は飲まんだろう」
「そんなわけないじゃない!」


 これまた珍しく語気を強めてマダラに抗議するアヤメに小さく笑いながら、マダラはならばと再びアヤメの手に薬湯の残りが入っている椀を持たせる。


「ほう?なら、残りはちゃんと飲めるな」
「う、」
「飲めるな、アヤメ」
「・・・の、飲める、わよ」


 もう二度とあんな目はごめんだとでも言わんばかりの様子でアヤメはぐっと息を呑むと、まるで死地へ向かう時を思わせるような雰囲気を醸し出しながら椀を見下ろす。
 目を覆う包帯のせいで見えてはいないが、しかしあの憎っくき薬湯はこの椀の中に残っている。想像するだけで嫌気のさすその味を意識せぬようにとアヤメは小さく頭を振って、いざ、と覚悟を決める。
 そうして。


「そうやって、初めから素直に飲み干せばいいんだよ」
「・・・うえ」


 ようやく空になった椀を前に満足げに鼻を鳴らすマダラと、小さく舌を出して顔を顰めるアヤメがいた。
 口の中に残る後味に口元を歪めながら、アヤメは覆われた目でそこにいるであろうマダラを見る。


「こんなに酷い味だっていうのに、どうしてあなたは平気なの、マダラ」
「ああ?平気なわけあるかよ」
「でも、平気そうに口に含んだじゃない」
「良薬口に苦しって言うだろうが」


 苦いからこそ薬ってのは効くんじゃねえのかと。
 あっけからんと言い放った、どこかずれたマダラの物言いにアヤメが口を閉ざしたのは無理もない話であった。
 よもやマダラはその考えのみで、あの酷く苦くて渋くて青臭くて不味い薬湯の味を耐えられたというのか。アヤメだって先人からの知恵によって、良い薬ほど酷い味のするものだという事は知っていたが、それにしたってこれは酷すぎる味だった。しかしそれでもと耐えて飲んできたが、とうとう我慢の限界で飲みたくないとらしくもない駄々を捏ねてしまった事は理解している。しかしマダラはそんな酷い味のものであっても、その味に理由があるのであればいくらでも耐えられると言うのだ。
 夫のとんでもなく、ある種愚直であると言える言葉にアヤメはただただ閉口するのみ。そういえば、マダラとはこういう人物であったと、そうアヤメは小さく溜め息を吐いた。
 後日、アヤメの調子の報告書に扉間が目を通した際に、あの薬湯の酷い味をどうにかしてほしいとアヤメが報告書伝いに猛抗議したのはまた別の話である。

2018/02/24
(2020/04/19)
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