ひとひよがりの悪夢


「む」


 豪、と。瞬く間に立ち昇ったそのチャクラには、さしもの柱間も気付いたようで俯いていた顔を上げて窓の外へと向ける。その視線の先にあるのは柱間の好敵手であるうちはマダラの屋敷のある、うちは一族の居住区である。徐々にゆらゆらと膨れ上がっていく二つのチャクラに、柱間よりもうんと感知に優れている扉間が気付かぬはずもなく。そのチャクラの理由を知っている扉間だからこそ、これまでそのチャクラの存在を無視していたというのに。
 ふと掻き消えたように成りを潜めたかと思えば、今度は目にも留まらぬ速さで移動を始めた二人の気配に意識を向けていただろう兄が困惑した表情でこちらを向いたのが見えた。


「なあ、扉間」
「なんだ、兄者」
「オレの勘違いでなければ、さっきのはマダラとアヤメの二人のチャクラの筈ぞ。その二人が、今度はどこぞへ行ってしまった」


 何が起こっておる。
 困惑げな表情を浮かべる兄の脳裏に浮かんでいるのは、友とその妻の姿であろうことは想像するに容易い。その二人のあまり見ることのない仲睦まじい姿を最も目にしているのは兄のみであろう。己はあの男と女の、互いに向け合う情の深さのみを知っている。
 はあ、と大きく息を吐き出した扉間は、どこか気怠げな様子で鋭い目を伏せた。そんな珍しい弟の様子に首を傾げながらも柱間はその先の言葉を待った。


「・・・ただの、夫婦喧嘩だ」
「は?」


 ただの夫婦喧嘩の、はずだ。互いの信念や生き方を、互いに否定し合うだけの、ただの夫婦喧嘩だ。
 扉間の口から出た言葉があまりに予想外であったためか、ポカンとした表情でこちらを見る兄の間抜けな顔を一瞥して、扉間は再び重く深い溜め息を吐き出した。
 はたして、ただの夫婦喧嘩で終わるのだろうかと。遠くで再び揺らめいて膨れ上がる二つのチャクラに、扉間は遠い目をしながらその感知能力を研ぎ澄ませた。

***

 木々は倒れ、大地には燻る炎がその残滓を未だ残していた。火遁使いの炎に撫でられたその場所一帯からは植物の焼け焦げる匂いと立ち昇る熱気は、火のチャクラを持たぬ者であれば呼吸をするだけでその内腑を焦がすだけの熱量を秘めている。
 そんな不毛と化した大地にて立っているのは、うちは一族の族長であり死の象徴でもあるうちはマダラと、その両目に死ぬよりも恐ろしい幻術を秘めたうちはアヤメであった。
 マダラは一族の誰よりも豊富なチャクラを擁しており、火遁もそのチャクラ量に見合っただけの派手な技になることが多い。対するアヤメは火のチャクラ以外にも風のチャクラの性質変化も持ち合わせた忍で、己のチャクラを器用に練り合わせて風で炎を煽る。 
 つまり、火遁を十八番に持つうちは同士がぶつかり合うと、瞬く間に大地は炎に撫で上げられて何も残らないのだ。
 術の強力さもチャクラの量もマダラに劣り、そして体術や剣術でも劣るアヤメは息を切らせており、対するマダラは余裕綽々といった風にその場に立っている。その黒曜石の両目でアヤメを見るマダラは、おおよそ最愛の妻に向けるべきではない絶対的な強者の目をしてアヤメを睨む。


「もういいか、アヤメ」


 その言葉は、弱者を屈服させる者の響きだ。
 それに気付かぬわけもないアヤメは、忌々しげに顔を歪めてみせる。
 アヤメにとってマダラとは、幼い頃より共に育った幼馴染であり、初恋であり、従うべき族長であり、愛する夫でもあり、そしてそれ以上にアヤメがこの世界で最も慈しむ相手である。それ故にアヤメはマダラの意思を敬い、そして尊重してきた。彼女にとってマダラの言葉というのはこの世で一番優先すべき言葉であるし、その内容は何としても実行に移してきた。
 マダラがアヤメの生を望むことは分かっていた。自惚れではなく、マダラがアヤメを愛してくれていることをアヤメも理解していた。しかし、アヤメはそれと同じく母より受け継いだ己の病を定めとして覚悟していたのだ。その覚悟は昨日今日で結んだものではない。病に伏せる母を見、嘆きながらも母の命の定めを受け入れた父を見て、幼いアヤメはそれを定めとしたのだ。
 その覚悟は、いわばアヤメの生き様である。病に冒される身であるからこそ、アヤメはこの世界を愛することができた。不条理で残酷なこの世界であっても、いずれ散りゆく我が身であったからこそ、そこに芽吹く小さな愛と幸せを慈しんで育むことができたのだ。アヤメの身に宿る愛も慈しみも、その全てはこの病を定めとした覚悟より産み落とされたのだ。そうでなければ、アヤメはこの世界の残酷さにとうの昔に心を死なせていたことだろう。恐らく、愛していた弟の死んだその日に、アヤメのちっぽけな心は粉々に壊れてしまっていたはずだ。けれどこうして心をすり減らしながらもうちはアヤメとして生きてこられたのは、ひとえに病に冒される儚い我が身であるからこそ、この腕に抱きとめられる愛だけは取り零さないで慈しみたいと思えたからである。長くは生きれないであろうからこそ、世界の残酷な一面ではなく、世界の美しい一面にのみアヤメは目を向け続けてきた。
 そうやって、アヤメはこれまで愛に生きてきたのだ。それを今更覆すことなど、アヤメの矜持が許さなかった。それが例え、死を享受するという愚かな選択であったとしてもだ。
 アヤメは宵色を宿していた両目に、瞬く間のうちにチャクラを込める。そうしてから再び開かれた両目を染め上げる血色にマダラは顔を僅かに歪めてみせる。そんなマダラなど知らぬといった様子で、アヤメは更に両目にチャクラを込める。と、巴模様が変化して複雑で美しい万華鏡がその両目に浮かび上がるのをマダラは見た。それを見たマダラは先程まで以上に顔を歪めてアヤメを見た。


「アヤメ。万華鏡写輪眼は、このオレが使わぬようにと言い渡したはずだ」
「・・・あなたを相手にただの目で、ましてや写輪眼程度で敵うとは思っていないもの」


 気丈にも勝気に笑ってみせるアヤメに対して、マダラはただただ苦い表情を浮かべてみせる。その顔は先程までの強者としての顔ではない、ただ妻を案ずる夫の表情であった。対するアヤメは忍としての顔を美しいかんばせに浮かべて、珍しく鋭い目をしてマダラを睨め付けていた。
 美しく、そして不穏に輝くアヤメの写輪眼から創り出される幻術は、対象者の精神を蝕み、そして解けねば必ず死へと誘うものだ。この術ばかりはマダラですら解くことのできないものであり、解術できるのはアヤメと同じうちはの幻術に長け、そしてアヤメ以上のチャクラを秘めた者のみである。ゆえに並みの者では解術することすらままならず、かかれば死ぬしかないのだ。
 アヤメの方がチャクラを操ることには長けており、術も多彩であるのだが、いかんせん力押しなマダラには押し切られてしまう。現に今だって。アヤメの火遁や風遁はマダラの強大な火遁の前では児戯にしか過ぎない。
 目の前でマダラの火遁によって飲み込まれてしまった己の火遁に顔を歪め、そのまま襲いかかってくる業火からアヤメは軽い身のこなしで避けてみせる。飛び上がっている間に組んでいた印を着地と同時に組み終え、アヤメは胸に溜め込んでいたチャクラを一気に口から吹き出す。


「風遁・真空連波」


 鋭い鎌鼬となって飛び出したチャクラはこれまでにない強力さで飛び、マダラに印を組む暇さえ与えずに襲いかかる。いくつもの鋭い風の刃をマダラはひらりと身を躱して避けるが、避けきれなかった刃がマダラの体にいくつもの裂傷を作る。手足の他にも頬を掠めた刃によってパックリと裂けたそこから血が滴る。それを強引に指で拭うも、大きく裂けたそこからは止めどなく血が流れ落ちるのを見て、マダラは目を細める。そしてマダラもまた両目に万華鏡を灯してアヤメの血色の目を見た。
 彼女の視力は、これまでの戦で酷使してきたせいで限界が近くなっている。それをこれ以上進めないためにも、マダラはアヤメから写輪眼と万華鏡を封じるように命じた。マダラにも見覚えのある視力の低下は、周りが思っているよりも本人の負担になる。うちははその他の者たち以上に目に頼って生きている。その目が見えなくなってしまうことは、うちはとしては死を意味するのと同義なのだ。
 マダラは足にチャクラを込めて、一気に跳躍する。そうして一気にアヤメの懐まで飛び込んで、マダラはアヤメを強靭な足で蹴り飛ばす。それをようように防御しながらも蹴り飛ばされたアヤメは、反撃とばかりにクナイと手裏剣をいくつも投げつける。それをもマダラは容易く避けてみせ、更にアヤメへと距離を詰める。そんなマダラを危惧したのか、アヤメは素早く印を組んで術を放つ。


「風遁・大突破!」


 距離を取るために一番最適である術をアヤメは放つも、その豪風をものとせずにマダラは飛び込み、風を炎で制する。マダラの豪火球によって掻き消されてしまった風遁にアヤメは顔色を変えることもなく、一気に距離を詰めて来ようとするマダラに対してアヤメもまた逆に一気に距離を詰めるべく飛び出した。そうして腕を伸ばしてマダラの襟首を掴んだアヤメは、そのまま覗き込むようにして己の万華鏡をマダラの目に合わせる。


「、っ!」


 アヤメのその意図を悟ったマダラは慌てて目を逸らそうとするが、その僅かな遅れこそが命取りであった。
 アヤメとの目が合った瞬間にその目が淡く輝き、それを見てマダラの体からは力が抜け落ちる。受け身も無く地面に体を叩きつけられようとも、マダラはピクリとも動かずに脱力している。その側に降り立ったアヤメは、ふうと息を吐いてそこへ腰を下ろした。
 視力を失いかけた写輪眼は、落ちていく視力に比例するように力を失っていく。マダラにかけた幻術は解術の可能な幻術だ。幻術というのは才が無ければ扱うことのできない術の一つで、その才が無くば解術することすらできない。マダラは才が無いわけではないが、それを最も苦手としているため、解術するのには苦労をすることだろう。
 アヤメは瞬き一つでその目を平素の宵色へと戻した。そうして鈍く痛む目に手を当てて、その痛みが引くのを待つ。視力が弱まるのと同時に、この目は疲れを訴えやすくなった。合わない焦点を合わせようとするのにいらぬ部分へ力が入り、いつも以上に目を使うからだろう。幻術だって、あんな簡単なもの程度しか創り出せない。それだけ己の目は限界が近いのだと、アヤメは苦笑を浮かべる。
 そうしてから、かつてはアヤメと同じように視力を失いかけ、それを弟の目によって補ったマダラを見る。その方法をマダラは決して良しとはしなかった。しかしイズナの覚悟は強固で、そして同時に朽ちてゆく我が身をイズナは良しとはしなかったのだ。だからこそイズナは兄のために、一族のためにその目を捧げた。
 イズナのように捧げるものが、アヤメにもあれば良かったのだけれど、生憎とアヤメには今更マダラに捧げてやれるものなど持ち合わせていないのだ。最早アヤメの体に残されたのは身を蝕む病のみである。
 けほ、と小さな咳が喉を走る。この体全身を蝕む病は、早期であってもうちはでは手に負えない。元来うちはには医療に長けた者が少ないのだ。戦場に生きて戦場にて死ぬるうちはには、最低限の医療以上のものが発展しなかったのだ。
 激しさを増した咳に血が混じる。それを吐き出してアヤメは喘鳴を繰り返した。もうこの体はこの程度の戦闘にすら耐えられない。かつては千手桃華や扉間とも刃を合わせ、どれほどとも知れぬ刻限を戦い続けていたというのに。もうその時と同じことを己の体はこなすことができない。忍としてもう生きられぬこの体がアヤメは口惜しくて仕方がない。
 アヤメはマダラにとっての唯一の最愛でありたいのと同時に、在りし日のイズナと共にマダラにとっての片腕で在り続けたい。それが女としても、うちはの忍としてものアヤメの人生であった。
 マダラは愛しい。それはもう、この世界が例えマダラを敵だと言ったとしても、それでもアヤメはマダラの味方であり続けるほどに。この世界の誰が何と言おうと、アヤメはマダラを愛し続ける。それくらいアヤメはマダラを愛している。そんな己の唯一の男が、誰でもないアヤメを惜しみ、生きていてほしいと言ってくれる事がどれほどの幸福か。他者であれば冷酷に切り捨てるマダラが、アヤメだけを惜しんでくれる優越。
 アヤメが茫とぼやける視界で物思いに耽っていると、突然グッと背中を抱き寄せられる感覚にアヤメは目を見開いた。そうして視界いっぱいに広がる黒い服と、その奥から感じる高めの体温に、己を抱きしめる大きな体。いつの間にか幻術を解術したらしいマダラに、アヤメはきつく抱きしめられていた。


「アヤメ・・・」


 もうその声にはただ女を愛する男の感情しか宿っていなくて。その柔らかな声がアヤメの心を大きく揺さぶることを、マダラは知らない。
 だらりと下ろしたままの手のひらを強く握りしめて、アヤメはただただ体を強張らせる。知りたくないのだ、このマダラの声に秘められた情を。アヤメの芯を揺さぶり、そして心を柔らかく包み込むマダラの温もりを。
 そんなアヤメなんて知りもしないマダラは穏やかな声でアヤメを呼び、そしてこの世の何よりも愛しい妻の肩口に顔を埋める。
 この温い彼女の体温をマダラは何よりも愛しいと思い、そして手離し難いものだと思っている。誰が何と言おうと、マダラはアヤメを手離すことはできない。例えそれが彼女の矜持と覚悟を蔑ろにする事となっても、マダラはもうアヤメを手離せないのだ。
 幼いうちに間の三人の弟たちが死に、父が死に、そして最後にはイズナさえ死んでしまった。孤独はいつだってマダラの側におり、マダラをその暗闇の深淵へと誘おうとする。きっとその深淵は心地の良い夢を見せてくれるのだろうが、マダラはアヤメがいる以上その深淵に落ちることはない。この残酷な世界にどれだけ嘆きを零し、絶望したとしても、アヤメがいてくれるのならばマダラの世界は幸せだといえるものなのだ。
 ああ、だから、どうか。


「頼むから、アヤメ。オレからお前までをも奪わないでくれ」


 アヤメすら喪ってしまえば、マダラはもうこの世界を生きていくことはできない。息をすることすらままならない深い絶望の中で、マダラは心を失ってしまう。果たしてそれは、生きていると言えるのだろうか。愛を喪ってしまった後の己の末期など、想像するに難くないことだった。
 嘆き、悲観し、絶望し、そしていつか見つけたうちはの石碑に希望を見て、そうして再び争いの無い世でアヤメとイズナと生きることを夢見て、不毛な戦いの中で再びこの身を焦がすのだ。例えそれが、愚かな夢の世界であったとしても。分かっていても渇望せずにはいられない。マダラにとって世界とはイズナであり、そしてアヤメであるのだから。
 ひどく情けない声で縋っていることは分かっている。しかしそれでもそうせずにはいられないのだ。他でもないアヤメ自身が、マダラからアヤメを奪い取ろうとしているのだから。マダラはそれが恐ろしくて堪らなかった。
 折れそうなほどに力を込めて抱きしめる両腕の中で、アヤメは小さく呼吸を繰り返していた。母のこと、父のこと、弟のこと、イズナのこと、一族のこと、そして、他でもないマダラのこと。
 誰よりも誇り高い矜持のマダラが、こうもアヤメに懇願し縋っている。その事実が何よりもアヤメの心を揺さぶる。それ程までにマダラはアヤメを求めている。その存在を喪ってしまわないように両腕に囲い、捕まえていようと。
 そのマダラの想いが、固く結んだ己の覚悟と矜持を柔らかく溶かしていくのを、アヤメは胸の奥で自覚した。
 のろのろと片腕を伸ばして、アヤメはマダラの背へと手を回してその手に当たる衣服をぎゅうと握りしめた。そうしてアヤメは体の力を抜いてマダラへと凭れかかった。頭をマダラの肩に預けたアヤメは、久しく見せた彼女らしい本来の柔らかな笑みを浮かべた。


「・・・うん。今までごめんなさい、マダラ」
「・・・ああ、構わんさ。もう決して、オレの側を離れようとはしないでくれ」
「ええ、決して」


 マダラはただただアヤメを抱きしめていた。

***

 その後に、木の葉の里へと戻ってきたうちはの族長夫妻を迎えたのは、二人が予想していた千手兄弟のみでは無かった。お互いに怪我をして戻った二人を真っ先に迎えたのは、驚くべきことに、うちは一族であった。
 無事に戻った族長夫妻に安堵の言葉を口々にする彼らは、しっかりとマダラを族長として慕っていたあの頃と同じ姿で。
 男も女も子供も関係なくマダラとアヤメが無事に帰ってきたことを祝い、そして口々にアヤメの体を案じる言葉を紡ぐ彼らに、アヤメは離れたところに見つけたカガミへと緩く微笑んだ。
 恐らく、マダラのこれまでの態度とアヤメのことを彼らに言って説いたのはカガミだ。カガミが彼らの心を動かし、そうしてマダラを再びうちはの族長にしてくれたのだ。
 そんな美しきうちはの一族愛をしばし外野から見ていた千手兄弟であったが、これ以上怪我人を放っておけんだろうと扉間が声を上げると、瞬く間に彼らは医療に長けた千手兄弟を輪の中に引き込む。
 兄の柱間はマダラに真っ先に声を掛け、そして友である二人は笑い合っている。が、弟である扉間はアヤメの元へと寄り、真っ先にその身の様子を検分する。
 マダラの火遁によるだろう火傷に、打撲痕の見えている腕意外にも同じような傷が多数ありそうだと目を細めた扉間の目に、アヤメの右腕が目に入った。その手首はどうしたのかと、そう問えばアヤメは何でも無いような様子で小首を傾げてから、朗らかな様子でマダラに屋敷でへし折られたことをさらりと言ってのけた。それを横で聞いていたらしい柱間が顔を青くして友を叱責し始めたのを扉間は聞きながら、当のアヤメへと目を向けた。
 今、扉間がここにいるのはアヤメの為である。


「それで、考えは変わったのか、アヤメ」
「ええ。・・・医療に長けた森の千手ならば、わたしのこの病を治せる可能性はあるのかしら」
「必ず、とは言えんが、少なくとも手立てを見つけることはできるだろう」


 まずは、お前の母から長く病を見てきた翁を呼んでくれ。千手一の腕の者たちに話を聞かせてもらってから、お前の病を癒す方法を考えよう。
 そう言って珍しく薄く笑った扉間に、アヤメは小さく笑ってから礼を述べた。


「それよりも。まずは先にその手首を治すぞ。これ以上放っておいては変に骨がくっついて、どうにもならんようになる」


 未だ、友より妻への所業を糾弾されてたじろいでいる夫の姿にくすくすと笑いながら、アヤメは頷いてみせる。
こんなにもボロボロだけれど、それでもこんなにも晴れやかな気分であるのは随分久しぶりなことだと、アヤメは笑顔をこぼした。

2018/02/17
(2019/10/12)
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