世界の機嫌を損ねた奴がいるらしい


 つい今朝に上がってきた書類を見やり、柱間は頭を抱えたい心地となった。
 その書類に書かれている内容というのは、先日木の葉の里に援助が欲しくばアヤメを寄越せと護衛任務の裏に私欲を隠して依頼をしてきたあの大名が、昨晩何者かの襲撃を受けて死んだという報告だ。調査によれば下手人である何者かの痕跡は一切無く、探し出すことは困難を極めるだろう。さらにその手口は無駄がなく、そして躊躇のないものであったと、現場を見た者からの言も報告書には書かれていた。
 誰とも想像のつかない下手人。
 あの大名の裏側を知る者たちは、男の武器であった忍一族が木の葉に捕らえられている隙をついて、あの大名からこれまでに受けてきた恨みを果たした者こそが下手人だろうと言っていると報告されている。確かに、あの男の所業を考えれば多くの恨みを買っていてもおかしくはないし、隙あらば、と思う者たちも少なくは無かっただろう。
 しかし、下手人はその者たちでは無いことを柱間は知っている。
 ちらり、と視線を向けた先にある執務机は、いつもであれば見慣れた友がそこで黙々と仕事をこなしている場所である。が、今はそこに友の姿は無い。
 はあ、と思わず零れ落ちた柱間の溜め息を拾う者は誰もいなかった。

***

 柱間は上手く隠しているつもりだっただろうが、そんなものに騙されるような男ではなかった。
 ある日アヤメに下された任務。ただの護衛任務だと言った柱間は、それ以上のことは忍としての守秘義務のために教えることは出来ないと口を閉ざした。
アヤメの目のことを知っているのは現状マダラのみで、夫というよりも族長としてアヤメに任務をうけさせることは許可しなかっただろう。しかしマダラがその任務のことを聞いた時には、もう既にアヤメはそれを受けてこの里を出ていた。
 この時点でおかしいだろうと。
 任務を受けた日から出発するまでの間、アヤメには何の変化は無かった。もちろん柱間もいつも通りであった。しかしアヤメが任務で出払ったのを見計らったかのように、なぜこの時になってアヤメが任務へ出たことを言うのか。何かしらのことがあり、柱間が故意にマダラに知らせるのを遅れさせたのだろうと思い至るのは容易だった。
 そうしてマダラが本気を出して探ってみれば、柱間が隠していたことを暴くことなど造作も無いことであった。
 それを知った瞬間、これを自身に知らせないようにしていたのも無理もないだろうとも納得した。納得も理解もしたが、しかしその上で構わぬと捨て置くことなどできなかった。他のうちはの女であっても、であるが、アヤメだというのならば尚のこと。
 依頼内容の表ではなく裏側までも知ったマダラは、アヤメが無事に帰還してから迅速に行動を起こした。
 捕らえた大名の部下の忍たちの尋問が終わるよりも早く、マダラは自身の優秀な部下たちの目を使って、この一件より雲隠れしていた大名を探し出した。
 突然現れたマダラに、うちはの鬼を知っているらしい大名は一目で見て分かるほどに狼狽し、そして恐怖に顔を歪めていたが、大名としての矜持なのかマダラに対しても尊大な態度を一応とっていた。表面上では恭しく大名を訪問した体を装い、マダラはその状態で大名を詰めた。しかしシラを切り通そうとする大名に、そう気の長くは無いマダラはとうとう自身の本性を顕にした。


「貴様が手を出そうとしていたうちはアヤメは、このうちはマダラの妻である女だ」
「な、・・・まさか!?」
「呪うなら、無知であった己を呪い、そしてあの世で悔やむがいい」


 オレは千手のように甘くは無い。
 恐怖に震え上がり、動くとこすら忘れてしまった大名が見たのは、苛烈な炎のチャクラで空気すらも焦がそうとする鬼の姿であった。
 瞬く間に膨れ上がった強大な力の前に、只人である大名はただ恐れ戦くことかできない。膨れた主人のチャクラに呼応したかのように、どこに控えていたのかうちはの精鋭たちが音もなく姿を現したかと思えば、彼らは一斉に散らばってその屋敷全体を覆う結界を築き上げた。
 その結界の中であれば、どんなにチャクラを膨れあげようが外に気取られることはない。うちはの炎の苛烈さですら、外に知られることもないのだ。
 その結界の中で手始めにマダラは、大名に新しく雇われていたらしい護衛の者を一瞬で屠る。次に逃げ惑う屋敷の者たちを屠った。恨みや怒りというものは、その本人にのみ向けられるのでは無い。それに付き従う者全てが対象であるのだ。残酷であるが、後の憂いを考えれば全てを薙ぎ払うのがうちはにとっての道理であった。
 灼けつくような灼熱のチャクラに撫でられたせいか、いつの間にか屋敷は炎に包まれており、その炎の中を大名は鬼から身を隠そうと逃げ惑う。


「なんだ、隠れ鬼か?」


 まるで嘲笑うかのような声で地獄の鬼はせせら笑う。
 逃げども逃げども先は炎で、結界のせいか屋敷の外に出ることは叶わない。近付いてくる鬼の笑い声に大名は縺れる足で屋敷の中を走り回る。炎に包まれた屋敷の中で只人である大名は一歩を踏み出す度に、足の裏は炎に舐られて焼け爛れる。髪は焦げ、手も火傷で酷い有り様である。しかしそれでも大名は痛みすら忘れたように逃げるしか無かった。
 炎に襲われるよりも、あの鬼に捕まることの方がよっぽど恐ろしいのだと大名は理解しているのだ。


「そうら、今度はどこへ行った?」


 子供と遊ぶ大人のような朗らかささえ感じさせるが、しかし大名にとってはその声に恐怖しか感じない。背筋が凍り、その背を冷や水が流れ落ちるような心地である。そのおかげで、熱さも痛みも感じずにいることができると言っても過言ではない。
 しかし逃げる大名を追い詰めるように炎は屋敷をどんどん焼き尽くし、逃げる場所が次々と失われていく。
 そうして、


「さあ、隠れ鬼は終わりだ」


 炎によって一層禍々しく照らされる鬼の赤い目を見て、大名は自身の命の終わりを悟った。
 ああ。どんなに美しいとはいえ、あの女に目をつけなければ。そうすればこの鬼は己のことなど知りもしないままだっただろう。だがしかし、強欲な己の気質があの女を捨て置くことなど出来るはずもないだろう。あの女はあんなにも、この世の何よりも美しい夜をその身に宿し、そうして儚く咲き誇る花のようにあるのだ。それを自らの手で手折り、汚すことこそが何よりの至福で幸福であった。その心を抑えられるようであれば、そもそも己はこれまでのような事をすることも無かった。
 つまりその強欲こそが、己自身なのだと。


「無垢の花を汚す悦びを知らぬ、青二才如きが!」
「汚す、だと?」


 伸びた手が男の首を掴み上げる。圧倒的なその力によって、男の足は床から離れて宙ぶらりんとなる。
 男の言葉に心底嫌悪を示してみせた鬼は、その禍々しい目を細めて口元には歪んだ笑みを称える。


「あれの愛で方も知らん芥が、あれを語ることは許さん」


 それを知るのは己のみで十分であるとせせら嗤う鬼は、その凶悪さを一層増す。立ち上る灼熱のチャクラは触れるもの全てを焼き尽くさんとするが、それでは面白く無いだろうと鬼は目を細めた。


「さて。これで終いだとは思うまい?」


 この業炎の舞台は始まったばかりなのだと、鬼はひとり嗤った。

***

「アヤメ」
「マダラ、どうしたの?」


 西日の眩しい塔の下で待っていれば、ようやく姿を現したアヤメにマダラはその名前を呼んだ。気付いていなかったらしいアヤメは驚いたように一瞬目を見張ったかと思ったが、すぐにそのかんばせ一杯に笑みを浮かべてこちらへと歩み寄ってきた。
 月明かりに照らされるアヤメも美しいが、こうして日の光の下にて微笑むアヤメもまた美しい。
 距離が近まって感じられる梔子の香りに、マダラはその口元を緩める。その表情はアヤメの他には誰も知らない、女を愛するただの男としてのもので。それを唯一向けられる女もまた、その男にのみ向ける表情があった。


「たまには、共に帰るのも良いだろう?」
「・・・うん、とても嬉しい」


 柔らかく笑って見せるアヤメに、そっと目を細めたマダラは行こうと彼女を促す。そうして隣に立って歩く彼女にマダラは歩みの速さを合わせ、マダラにしてはのんびりとした足取りで里の中をうちはの居住区に向けて歩いて行く。
 未だ、以前の柱間のようにマダラとアヤメの関係を知らぬ者は里には多くおり、容姿の整ったうちはの中でも特に美しいアヤメを狙っている男が多いこともマダラは知っている。だが、アヤメにとっての唯一は己のみであることをマダラは知っているし、そしてマダラの唯一がアヤメであることも彼女自身は知っている。だからわざわざ今さらアヤメとのことを自ら公言することもない。
 しかしこうして共に歩いていれば、普段彼女がどれほど男から視線を向けられているのかを改めて知ることができる。しかしその大抵がマダラが横に並んでいることを知ると、即座にその視線を逸らしてしまう。そうして、通り過ぎた後に未練がましげにアヤメの背へとその視線を投げつける。彼女が振り返ってはくれまいかと。しかしアヤメはその視線にひとつも応えることもなく、彼女はマダラだけをその宵の目に映すのだ。


「アヤメ」
「なあに、マダラ」


 屋敷へ戻り、夕食の支度をしようと厨へ向かおうとしたアヤメをマダラが呼び止めた。それに足を止めたアヤメは、不思議そうな表情を浮かべて自身の夫へと振り返る。自身の側に立つマダラを見上げるアヤメに、マダラはフッと小さく息を吐き出して微笑むと、彼女からすれば大きなその上背のある体を屈めてそっと唇を合わせた。
 突然のことに目を僅かに見開いて驚いているアヤメは、そっと離れたマダラの顔を追うようにその宵色の目で見つめていた。そんなアヤメに笑みを向けるマダラは手を伸ばして、二つのほくろの並ぶ目元を親指でゆるゆると撫で上げる。その指先に心地好さそうに目を細めてみせる彼女の仕草に、慈愛の篭った目を向けるマダラもまたその目をゆるく細めた。
 そして再び身を屈めてアヤメの耳元に口を寄せたマダラは、他の誰も聞くことも無いというのに、その耳に至極小さな声で何かを囁く。すると途端に白いかんばせの頬を赤く染め上げるアヤメの姿に笑い、マダラはそのままそっとアヤメの頬に口付ける。そんなマダラに一層頬を染めたアヤメは、まるで逃げるかのように屋敷の奥へと小走りで向かってゆく。
 美しく可憐な花を愛でるには、その全てを愛せばいい。慈愛に満ちた花は、その愛情を誰かに向ける時も美しく咲くが、それ以上に、愛される時こそ最も美しく咲き乱れることをマダラだけが知っている。
 白い柔肌が朱にほんのり染まり、温い体温がこの身を焦がす。理性的な宵色の目は情によって熱く濡れ、その目はマダラだけを見つめるのだ。
 美しい花は汚して手折るのではない。愛して愛でて、そしてその愛に乱れる姿こそが最も美しいのだ。
そのことはマダラだけが知っていればいい。その他の誰も知らないままでいい。
 ゆるく笑みをたたえるマダラは、そのままのそりと動き始める。それは先程マダラから逃げるように屋敷の奥へと行ってしまったアヤメの後を追って。
 彼女が逃げ込んだ先はマダラが求めたように、二人の寝室として使っている部屋だ。そこでアヤメはマダラが望んだ通りに自身を待っていることだろう。
 さて、美しい花をどう愛でようかと。
そんなことを考えながら、マダラは日の沈みゆく夕暮れから夜の気配を纏い、アヤメが待っているであろう部屋へとその足を進めた。

2018/01/06
(2018/09/27)
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