夢を喰べる神様がいるんだってさ



「まさか。あなたから私を指名されるとは思ってなかった」


 忍らしく、そし出来るだけ早くこの任務を完遂して里へ帰還するべく。生い茂る木々の枝の上を駆ける桃華は、自身と並走しているアヤメへとちらりと目を向けた。
 相変わらず澄ました表情を顔に貼り付けているその女。同性から見ても嫌味なほどに美しく、それと同時にどこか背筋の冷めるような魔性すら感じさせるかんばせ。生白い肌と相対して浮かび上がるような濡れ羽色の豊かな髪を後ろ頭の高い部分で結い上げ、髪の色とは若干異なった黒いうちは特有の体の線を隠す装束に身を包んでいる。桃華の声に反応するようにちらりとこちらを見る目もまた、魔性を感じさせる宵闇色で。左目の目尻に二つ連なるほくろが相変わらず特徴的であった。
 その両目を前へと戻したアヤメは、着地した足にチャクラを込めて再び大きく先へと跳躍する。


「あなたとわたしが一番戦い合う機会が多かった。だから、お互いにお互いの強みも弱点もよく理解しあっていると思っているわ」
「否定はしないけれど・・・。でも、あなたと戦ったのが一番多いのは扉間じゃないか?」
「やむを得ず、わたしが扉間と戦う立場になったけど、誰がどう見てもわたしと扉間とではどちらが優勢だったかなんて知れていたでしょう?」
「・・・」


 うちはと千手の同盟が成る前。
 忍の一大勢力として名を馳せていたうちはと千手の中でも、うちはマダラと千手柱間、うちはイズナと千手扉間、うちはアヤメと千手桃華の三人が両一族の三柱とも言われていた時代があった。しかしそれもうちはの劣勢によって状況が変化することとなった。そのため、終盤ではアヤメと桃華がぶつかり合うことも無くなってしまう。当時のアヤメは、好敵手であったうちはイズナを敗った扉間を抑えるために戦場を駆け回っていた。
 幻術使いであったアヤメと、忍術や体術さらに機動力にも優れており、陽動や奇襲を得意としていた扉間の戦いはいつも熾烈なものであった。
 アヤメの幻術にかかって仕舞えば解術することは叶わず、ただ死にゆくのみとなってしまうために、千手はその目を見ずに戦わなければならない。人間の心理や思考というのが最も読み取れる目を見ることができないせいで、扉間は次を先読みして動くこともできずに常にアヤメが動いてから戦術を繰り出すばかりの後の手ばかりとなっていた。しかしそれでも扉間の持ち前の才と技術はアヤメを苦しめることとなり、常に優勢であったのは扉間の方であった。だがいつも決着がつく前にマダラが二人の戦場を混ぜ返してしまい、結局二人はうちはと千手の最終戦まで決着をつけられなかった。
 最後の戦では言わずもがな扉間が勝利し、アヤメは両目を隠された状態で千手に囚われることとなった。
 それを思い出した桃華は、かつては好敵手とも呼ばれていたアヤメを見やった。
 アヤメと扉間では、その実力の差は扉間の方に軍配が上がる。しかしアヤメと桃華であればどうだろうか?
 それをアヤメは心に留め続け、そして今回は同性というのもあって桃華を選んだのだ。それを言葉にせずとも光栄に思いながら桃華はかつての好敵手の背中をただただ追った。

***

 予定通りの行軍で依頼主である大名の元までアヤメと桃華は到着し、恭しい態度で大名と謁見を設けた。やはりというか、アヤメ一人ではなく桃華もいることを確認した大名は心底忌々しそうに顔を歪めたのであったが、すぐに取り繕うようにその表情に仄暗い笑みを貼り付けた。
 自身がこうしてここへ来たことこそが木の葉の答えであるとアヤメが大名に伝えると、大名はそれはそれは下卑た笑みを浮かべた。そうして大仰な様子で頷くと準備をして木の葉に立つと言う。それまではアヤメも桃華も大名の邸宅にて身を休めながら待てとの返答であった。
 幸いにも大名が二人に用意した部屋は隣同士であったために、警戒をしながらも大名の言葉に二人は従って出立を待つこととなった。事の次第はすぐさま桃華が書にしたためて口寄せを利用して木の葉の里で待つ柱間や扉間へと知らせてあった。


「分かっていると思うけれど。油断するなよ、アヤメ」
「もちろん」


 言葉には出さないが、やはり大名がアヤメに対する下衆な下心を秘めているのは間違い無かった。桃華にはアヤメの補佐と、その身の安全を確保するという二重の意味での護衛任務が火影直々より頼まれている。何よりも、火影から頼まれたアヤメの護衛だけは仕損じるわけにはいかぬのだ。
 火影からのアヤメの護衛には、広い意味でこの大名の命を護衛することにも繋がる。何故ならば、大名によってアヤメの身に少しでも何かがありでもしたら、それを知った途端にうちはの死の炎がこの地を余すことなく平らげる事となる未来が容易く想像できるのだから。


「随分な男を夫としたのだな、お前」
「あら。あの人は優しい人よ?」
「あの男のことをそういうのは、お前と柱間だけだろうね」


 ある日ふとそんな事を言えば、アヤメは素晴らしく美しい笑顔を見せてきた。
 あのうちはの死の象徴たる鬼を、優しいだの情が深いだのと、そんな生易しい表現をするのは木の葉の中でもアヤメと柱間のみである。同盟がなってから今になっても、あの男は皆の恐怖と畏怖の象徴であり続けているし、おそらく未来においてもあの男の存在は変わらないままであろう。
 そんな男とは相対するように穏やかな気性のアヤメ。戦へ出れば彼女もまた鬼と呼ばれる苛烈さではあったが、平素の彼女のあまりの穏やかさに恐怖の背景は今やほとんど残っていないというのに。
 あんな男のどこが良いのかと、そうぼやいた桃華にアヤメが目を輝かせて笑ったのは別の話であるが。
 その時に聞かされた、あの仏頂面で陰険な雰囲気の男からは想像もできない穏やかな夫婦生活に、桃華は思わず頭痛に苛まれたものであった。

 しかし、そんなことは今は置いておいて。
 桃華は自身を取り囲む見慣れない忍集団を見やって、小さく舌を打った。
 大名の屋敷に到着してから三日。出立はまだかと苛立ちと焦りを覚えていたところへ、大名からようやく出立の準備ができたと声がかかり、アヤメと桃華は大名に呼ばれた。表へ出れば本当に出立の準備をし終えたらしい大名と、その供らしき者たちが数名立っており、彼らと共に問題なくアヤメと桃華は木の葉へ向けて出立することができた。
 道中も特に問題なく道のりを進み、大名の進む速さに合わせて四日を過ごし、木の葉まであと一日というところでそれが起こったのだ。
 森を進んでいたところ、突然見慣れない忍集団がアヤメと桃華を襲いかかってきた。襲撃から大名らを守りながら戦闘していると、気付くと大名はその姿を見えなくしており、そして敵の策略だろう、アヤメと桃華は引き離されてしまった。
 何も起こらず、無事に進む行程に一瞬緩んでしまった隙をつかれた。まさにあの下衆な男の策略通りだと桃華は顔を歪めながら、手早く文を書き上げてそれを口寄せに持たせて放つ。アヤメであればそうそうなことは無いだろうが、それにしても多勢に無勢。特にアヤメは多勢相手の戦闘を最も苦手としている。
 自分が行くのが先か、それとも木の葉の救援が先か。
 意外にも手練れらしい忍たちを見据え、桃華は今度は大きく舌を打った。

***

 このままでは木の葉に着いてしまい、そのままアヤメは再びうちはという大きな囲いの中に戻ってしまう。そう焦ったらしい大名が起こしたらしいこの襲撃。
 何も言わずに、ただただアヤメの動きを封じようと動いてくる敵共にアヤメは軽い身のこなしでそれらを避ける。
 桃華とはまんまと引き離されてしまったが、まあ彼女であれば大丈夫であるだろうし、それに木の葉への伝令も聡い彼女が早々に行動してくれているだろう。何よりも、自身の口寄せではあの人にバレてしまう可能性が高くなる。アヤメはそう思いながら飛んできた鎖を身をよじって避ける。
 桃華は大丈夫として、問題はこちらである。
 かなりの手練れらしい相手は十人。その全てが男で、見覚えのない忍一族のようである。これが噂の大名お抱えの、とアヤメは目を細めて彼らを見る。
 鼻先まで口布で隠しており、全身黒づくめの衣装を身に纏っている。彼らは名高きうちはの写輪眼との戦い方を知っているらしく、徹底してアヤメの目を見ぬようにしている。そのせいでアヤメの得意な幻術をかけることも出来ず、その機会をどうにか作らねばならぬだろうが、いかんせん相手が多すぎて隙を作ることもできない。
 ツッと最近増えた小さな舌打ちをし、アヤメはその口から風遁を吹き出して相手が投げてきた投擲武器を跳ね返す。矢継ぎ早に別方向から投げられた武器を、アヤメは跳躍して見事に避けてみせた。
 アヤメをこうして獲りに来たことの証拠として、できるだけこの者たちは殺さずに捕らえなければならない。数が多ければ多いほどに尋問を行った際の綻びは大きくなりやすいし、そして崩れやすくもなる。あの大名を揺さぶり、そしてこちらの都合の良いように動かすためにも、多くの捕虜が必要であった。
 移動しているとは言えまだまだ街道にほど近い場所でもあるために、うちはのお家芸である派手な火遁を使うことすらできない。アヤメは風遁も使えるが、しかし最も得意なのはうちはらしく火遁になるのだ。しかも、アヤメの目は今や全盛期の頃よりも大きく劣り始めており、運悪くも日も暮れ出している時分である。一層夜目の効きづらくなっている今のアヤメにはあまりに都合の悪すぎるものが全て揃い始めようとしている。
 おのれ、忌々しい、と。アヤメはその目を色濃い赤で輝かせながら端正なかんばせを歪めて、木の幹に突き刺さった相手のクナイを投げ返す。も、当然であるがそんなもの易々と避けられてしまう。


「風遁・大突破」


 大きく吐き出した息にチャクラを込め、それによって生まれる大きな風圧で敵の接近を一時的に阻む。風圧に吹き飛ばされた数人の忍の他に、飛ばされなかった者たちは変わらずに武器を片手に距離を詰めてやって来る。
 避けて捕まらないアヤメに業を煮やしたのか、アヤメの自由を奪ってしまおうとその攻撃はどんどん大胆なものへと変わってゆく。
 自身の愛用である鎌を腰から取り外し、それをアヤメは構える。投げつけられたクナイや手裏剣は鎖部分で全て叩き落とし、迫って来る刀は鎌で往なして受け流す。体勢を崩したところに風遁をぶつけてさらに吹き飛ばし、隙のできたところで顔を掴んで無理矢理目をこちらと合わせる。
 一人、ようやく幻術を叩き込むことができた。あと九人。
 取り囲む男たちを見て、アヤメはうっそりと目を細めた。

***

 数を減らされた相手は危機感にか見事な連携をしてみせ、アヤメをジリジリと追い詰めて来る。アヤメも得意な忍術を駆使して、相手を残り三人というところまで削ってみせた。他の七人はうちは一族かアヤメ以上の幻術使いで無ければ解除不能な幻術に落としており、相手の様子を見る限り幻術を解除することはできないらしい。
 あと、三人。この三人をどうにか戦闘不能にしてしまえば、アヤメの勝ちというのに。チャクラを使いすぎて余計に見えにくくなっていく視界にアヤメは顔を僅かに歪めつつ、それでもそれを相手に悟られぬように愛用の鎖鎌を構えた。そして三人が一斉にアヤメに飛びかかった、瞬間であった。


「水遁・水衝波!」


 聞きなれた声がアヤメの耳に届き、途端に足元に満ちる水とその水がアヤメの向こう側へと波となって、迫り来る三人の忍へと叩きつけられた。その波に押され、三人の忍たちは向こう側へと弾き飛ばされた。
 そこへとアヤメは風遁で作り上げた小さな風の塊でそれぞれの手足の関節を砕く。関節を砕かれて身動きの取れなくなった忍たちへとアヤメはすかさず距離を詰めて、倒れ臥す体をさらに押さえ込むようにしてその目から写輪眼を叩き込んだ。
 そうして全ての忍を写輪眼による幻術に落としたアヤメは、背後に突如として現れた男へと振り返った。


「まさか、あなたが来るとはね。扉間」
「無事か、アヤメ」
「ええ。おかげさまで」


 なんでも無いような顔色でこちらへと歩み寄って来る扉間に、アヤメは薄く笑いながら自身の無事を伝える。実際にアヤメは怪我一つしておらず、無事にこの場を切り抜けることができた。瞬き一つで写輪眼から平素の宵色へと目を戻したアヤメは、その目でしっかりと扉間を見上げる。


「桃華は?」
「無事だ」
「そう、それなら、」


 良かった、とそう続くはずであった。
 けふ、と小さくアヤメの口から零れ落ちた咳。そこから続いて吐き出されていく咳はどんどん酷くなっていき、驚きに目を見開いている扉間をよそにアヤメは水遁のために水で濡れている大地へと膝をついて体を折った。


「アヤメ!?」


 珍しく声を荒げ、扉間は慌てて丸くなって喘鳴と咳を零すアヤメの背に手を伸ばす。激しく上下する背を撫で、アヤメの名を呼びかけるもそれに答える余裕も無い様子でアヤメは激しい咳を繰り返している。
 そうして、


「お、おい、アヤメ!」


 口元に当てているはずのアヤメの白い手から零れ落ちた赤色と、嗅ぎ慣れた鉄臭さに似た臭いに扉間はより強い声色でアヤメの名を呼んだ。
 血を吐き零し、咳を続けているアヤメが落ち着かない間も、扉間はその鋭い目で彼女の様子をくまなく確認する。怪我は無いと彼女は言っていたが、しかしアヤメはこうして血を吐いている。ならば目に見えぬ程度の小さな傷から毒でも貰ったのかとも思ったが、しかしアヤメを邪な欲望心で捕らえようとしているのを、血を吐くほどの毒をアヤメに仕込むはずもないはずだ。
 ならばなぜこうも彼女は咳き込み、血を吐いているのかと。その時ふと扉間の脳裏に一つの記憶が甦る。
 あれは未だうちはと千手が戦っていた頃。一族同士で直接戦っていた頃では無く、他族に雇われて戦い合っていた頃のこと。アヤメがうちはの忍として出陣し始め、その幻術の恐ろしさに扉間がアヤメを潰そうと奇襲をかけた時であった。扉間がアヤメを追い詰め、倒れ臥すアヤメを押さえ込んであと一歩というところでマダラに邪魔をされたあの時。
 扉間はアヤメの内腑に損傷を与えるような傷をその時には負わせることはできなかったはずだというのに、あの時のアヤメは何故か血を口から零していた。あの時も何故かと思ったが、そんなことはアヤメの幻術の厄介さの影に忘れ去られてしまっていた。
 それを、扉間は思い出したのだ。そうしてまさかという思いで、扉間は先ほどよりは若干落ち着きを見せ始めたアヤメを見つめた。


「アヤメ、お前・・・まさか」
「、は、っ・・・扉間、わたしの荷の中、から、白い薬包を・・・」
「あ、ああ」


 荒い呼吸の合間で、喘鳴を零しながらもどうにかそれを訴えた彼女の言葉に従い、アヤメの後ろ帯にくくりつけられている袋の中から丸薬の包まれた薬包を取り出した。それを血に濡れていない方の手に握らせると、アヤメは力の入らない様子で血濡れの指先を使って薬包を開き、中に包まれていた小さな丸薬全てを口に含む。そうしてややあってから細い喉を丸薬が嚥下したのを確認してから、思わず緊張して息を詰めていた扉間は大きく息を吐き出した。
 そのまま少し待っていると、のろのろとアヤメはようやく折っていた首を持ち上げて、常よりも一層青白くなっているかんばせを扉間へと向けた。


「ありがとう」
「いや・・・。それよりも、お前に聞かねばならんことができた」
「ふふ、そう、よね」


 扉間は鋭い目でアヤメを見据えた。そんな扉間にアヤメはいつもとは想像もつかない弱々しい笑みを浮かべて見せた。しかし相も変わらず鋭い目をしてこちらを見据える扉間に、アヤメは小さく笑ってから、誤魔化すのを止めて観念したように息を吐き出した。
 そうして、ようやく扉間の求める言葉を吐くために口を開いた。


「わたしは子供の頃に母を病で亡くしたわ。母も長年その病を患っていたそうで、うちはには治す術もなく、進行を緩める程度の薬しか無かったの。病によって母はよく咳き込んでは血を吐いていた。どんどん体は弱っていき、最期には立ち上がることもできずに寝たきりとなって、眠るようにこの世を去った。・・・わたしも、それと同じ病にこの身を蝕まれている」
「・・・いつからだ」
「そうね。母がこの世を去ってから、二、三年後だったかしら」
「それを知っている者は?」
「今は亡きわたしの父と弟と、それと、うちはカガミの家族のみ」


 うちはカガミといえば、アヤメの歳の離れた従弟の少年である。アヤメの父の弟の息子である。その親戚家族のみが、今や彼女の病を知る唯一の者たち。以前見たことのある少年の姿を思い浮かべて、扉間はまた鋭い目を細めた。
 アヤメの唯一の男は、この事を知らないのか?


「マダラはどうした」
「マダラには・・・」


 自身の唯一である男のその名にアヤメは一瞬口を閉ざした。どこか悲しげな様子で目を伏せ、肩を落として見せたアヤメはややあってから再び口を開く。


「マダラには、あの人には言えるはずもないわ」
「何故だ。お前たちは夫婦だろう」
「そうね・・・。わたしはあの人のことが何よりも大切なの。けれどどうしてもわたしはあの人を置いて逝ってしまう。それなら、その記憶があますことなく全て幸せで、終わりなどまるでないように、そしてあの人が孤独に苛まされなくても良いようにするのが、わたしの役目なの」
「それは違うだろう。お前が生きてこそではないのか」
「自分の身のことはわたしが一番よく理解してる。わたしはこの体が朽ちるその一瞬まであの人の側に居たい。ただ床に臥すだけでは無く、うちはマダラの側近としても、妻としても、わたしはマダラの隣で立っていたい。それが忍であるわたしの唯一無二の誇り。・・・だから、扉間」


 ゆるゆるとした柔らかな笑みを消し、ゾッとするような冷たい美貌をそのかんばせに浮かべたアヤメは、そのまま強い視線で扉間の両目を射抜く。
 写輪眼を今は開眼していないはずだというのに、どこか宵色の目が赤く揺らめいているようにも見える。チリチリと扉間の肌を焦がすのは、アヤメの苛烈な炎のチャクラの温度か。


「マダラには決して言わないで。この事は、あなたの胸の内にのみ、秘めていてほしい」
「・・・いつまでも隠せるとは思えん。マダラもそこまで馬鹿ではないだろう」
「ええ、いつかはマダラにもバレてしまう。それでもその時までわたしはあの人の、うちはマダラの片腕として隣にありたい」


 特に言及もしなかったが、恐らくアヤメの体は彼女の言う通り、その体はもう朽ちることを待つことしかできないのだろう。
 美しい花は、その後はもうただ枯れて朽ちるのみ。枯れゆく花の時を止めるとこが何人もできないのと同じように、アヤメのそれを留める手は最早無いということなのだろう。
 なんということだろうか。
 戦争が終わり、集落となり、里となり、子供たちが死なずにすむ世界に近付いているというのに。あの鬼のような男が、唯一の女と共に生きる平穏と愛を何よりも望んでいるのだというのに。だというのに、その唯一の女自らがそれらを手放すことになっても男の側で咲いて枯れたいと願うのだ。
 扉間はアヤメに対してかけるべき言葉を失ってしまった。
 どうにかして彼女の考えや想いを説得してやりたいものだが、まるで戦場にあった頃のように苛烈で強固な意思をその宵色の目に宿すアヤメの心を動かすことができるのは扉間ではない。しかし彼女の心を動かすことができる唯一の男に、アヤメは全てを隠している。


「アヤメ・・・どうにも、ならんのか」
「ならないわ」


 にこりと笑うアヤメは、それはそれは美しい花そのもので。
 その花を誰もが求め、欲するだろう。しかし花を手に入れられる者はただ唯一のみで、その唯一を花はすでに選んでいる。彼女の愛はその唯一にのみ注がれ、後から手を伸ばす者にはひとかけらの慈悲も無い。
 その美しさと愛こそがアヤメの柔らかな拒絶であったのだと思い知った扉間は、その目をそっと伏せる。
 全てが、もう遅いのだと。アヤメという花はマダラのためにだけ咲きほころび、そしてその身を散らせることを本望としている。誰ひとりとしてその手を伸ばすことすらできずに、この世で最も美しい花は散る。
 ならばせめてその意思だけでも汲んでやろうと、ややあってから扉間は目を開いてアヤメを真っ直ぐに見据えた。そうして立ち上がり、木の葉の里の扉間として彼女へと手を差し伸べた。


「立て、アヤメ。里に帰ってからやることがたくさんある。こんなところで時間を潰している暇は無い」
「・・・ええ、そうね。あの男のことも処断しなければならないわ。それに、」


 そっと重なった白い手を引いて立ち上がらせたアヤメがふと切った言葉に、扉間は続きを促すように目を細める。そんな扉間の顔を見てゆるやかに笑ってみせるアヤメは、濡れてしまった衣服を自身の炎のチャクラで一瞬のうちに乾かして みせ、その技に少しだけ目を見張っている扉間にまたアヤメは笑みを浮かべて口を動かした。


「マダラが勘付いていないと良いのだけれど」
「、・・・」


 ぐう、と。押し殺すような唸りが扉間の喉の奥から聞こえ、アヤメは盛大に顔を歪めてみせる扉間の表情を見て声をあげて笑った。
 のちに桃華とも合流し、アヤメと桃華と扉間は捕らえた忍びたちを巻物の中に封じて、木の葉の里へと続く帰路につく。里へ帰還すれば今回捕らえた忍びたちを使って、今回の依頼主である男を詰め、そして何かしらの処断を下すこととなるだろう。その為には他の火の国の大名からの許可が必要になるが、その辺りは扉間がなんとでもできる。
 後はアヤメの言った通りマダラのことが懸念ではあるが、今それを言ったところでどうにもならない。里に帰ってから、マダラのことは考えれば良いだろうと、扉間は横を歩くアヤメを横目に見つめた。
 分かっているとしても。つくづく、男という生き物は愚かであると。自身の胸中に燻る物にこれ以上気付いてしまわぬようにと、扉間はその目を美しい花から逸らした。

2018/01/06
(2018/09/08)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -