わたしはきみとしあわせになりたい


 その一報は瞬く間に木の葉の里を駆け巡った。
 その一報というのが、今や火影となった千手柱間と、うずまき一族の姫の婚姻である。婚姻自体は既に佳き日に結ばれており、うずまきの姫ももう木の葉に移り住んでいた。もちろんその婚姻は里を挙げて祝福がなされたし、その後の宴には各一族も招待され、うちはの族長としても、そして柱間の親友としても招待されたマダラも出席し、いつも以上ににやついて緩んだ表情をしていた柱間をその他の者たちと共に祝福したものだ。
 その記憶もまだ新しい日のことであった。
 柱間はこの日も自身を補佐してくれているマダラと共に書類を捌いている時。ふと集中力が途切れた柱間は、突然であるが己の生涯の親友であり好敵手である男を見やった。
 マダラは、うちはらしく整ったかんばせをした男である。
 うちはマダラといえば、誰もが戦場での鬼のような苛烈な彼の姿を思い浮かべるであろうが、幼き日よりマダラを追い続けていた柱間は、マダラが決して鬼では無いことを知っている。
 口はとてつもなく悪いが、実は良く笑うし、子供の頃のようにぎゃんぎゃんと怒鳴ったりもする。柱間に対しては、仕方なさそうに苦笑する表情も良く見せる。黒く深く、そしてうちはを象徴する彼の目を畏れる者ばかりであるが、良く良く見てみればその目には穏やかな慈しみが込められて人々を見守っていることも多い。誰もがマダラを死と恐怖の象徴として恐れるが、その実マダラという男は情が深く、意外と表情も豊かな男なのである。そしてうちはらしい美貌も兼ね備えた美丈夫だ。
 同性であり、友である柱間から見て少々難はあるとしても、全体的には良き男だと太鼓判の押せるマダラであるが、彼の側にはとんと女の影が無い。十代半ばには婚姻していてもおかしくない時代を生き、今回の柱間の婚姻ですら初婚としては遅すぎるだろうと言われるような年齢なのである。


「なあ、マダラ」
「あ?」


 あ、眉間の皺。
 険しい顔をして書類とにらめっこをしてる友の名を柱間が呼ぶ。と、黒い彼の目はこちらに向くことも無く、無愛想にマダラは母音一つで返事をした。
 そんなマダラの表情や返答にも慣れっこな柱間は、険しい表情をしていても男前は男前なのだからズルい血筋であると腹の内でぼやく。が、マダラの険しい表情や低い返答を見聞きした者は、だいたいが皆その声色に震え上がってしまう。つまり、暢気に男前云々と思えるのはこの木の葉において柱間のみというわけなのだ。
 しかしその事実に思い至らない柱間は、暢気に視線の先にある美丈夫へと恐れ知らずにも声を掛け続ける。


「お前に聞きたいことがあるのだが」
「お前な・・・。この忙しい時にくだらねえこと言ってないで、手を動かせ、手を」
「くだらなくないんぞ!オレにとっては重要なことぞ」
「はあ?」


 必死に言い募る柱間の声色に、マダラはようやくその目を書類から暢気な友へと向けた。
 そこにはいつからか書類を手離して休憩の体勢となっている柱間がおり、それを見たマダラの男にしては白い肌に青筋が浮かび上がる。
 忙しいというのは、先の柱間の婚姻に際しての各国の大名や一族からの祝いやら何やらの確認作業である。目録と祝辞を確認し、それに対する返しの品と返礼の文を用意しなければならないのだ。本来であればこういった事務作業は扉間の仕事なのであるが、兄の柱間の婚姻にかこつけた各一族や大名から見合いの話が大量に扉間にいっているのだ。それらを失礼の無いように丁寧に断らねばならぬという、地味に精神を使う処理に扉間の手は一杯一杯であるため、マダラが仕方なく手伝ってやっているというわけなのである。
 というのに。
 当の柱間が暢気な様子をしているのだ。己が減らない祝いの書簡の内容一つ一つを確認するという、至極面倒極まり無い作業をしている中、柱間はいつの間にやら休憩をしているのだから、マダラの苛立ちも募るというものである。
 誰のせいで、こんな面倒な書簡を己が処理せねばならぬのかと。
 そう苛立ち混じりに柱間へと仕事をしろと怒鳴り付けようと口を開いたマダラを遮るように、柱間の声がマダラの耳に飛び込んできた。


「マダラ。お前は嫁御をもらわんのか」
「・・・はぁ?」


 突拍子も無く友から投げかけられた言葉に、マダラは眉を顰めながら目を細めた。視線の先にいる柱間は、いまいちよく感情の読み取れない目で真っ直ぐにこちらを見つめており、その目には少なくとも冗談やからかいといったような感情が込められていないことを読んで、マダラは重い溜め息を一つ吐き出した。そうして、よくよく友の言葉を理解しようと目頭を指で揉み込んだ。
 あの阿呆は何と言った?嫁をもらわぬのかと言ったのか?このオレに?
 書類を片手に持ちながら、机に肘をついて顔をやや伏せたような体勢で目頭を指で揉むマダラの姿に何を思ったのか柱間は、キラキラとやけに良い表情をして友を見つめる。


「いいか、マダラよ。家庭というのは良いものだぞ!妻を守っていくのは男であるオレの役目ぞ。そう思えば毎日の仕事にも精が出るものぞ」
「・・・なら真面目に仕事をしろ」
「それに、家に帰るのを待ってくれる人がいるというのも、それはそれは良いものぞ。おかえりという言葉とミトのあの笑顔を見れば、あんなにも疲れた心身も癒されるというものぞ!」
「ああ、そうかよ」
「それにな、マダラ。もう良い歳なのだし、お前が嫁御を娶って穏やかな家庭を築けば、お前のことを今も勘違いしている者たちも、情の深い本当のお前に気付くかもしれん!オレはそうなれば良いと心より思っておるのだ」
「・・・」


 合間合間に挟まれたマダラの言葉など聞こえていないという風に柱間は惚気、そして結婚を勧めるのには正当な理由があるのだと言わんばかりに説明を重ねる。そんな柱間にとうとうマダラは口を閉ざしてしまった。
 何故だか半眼でこちらを見てくるマダラの心情など知りもしない柱間は、ただ純粋に自分の心の内をマダラに訴えているのだ。
 家庭が良いものだという柱間の実体験による話は何より、未だマダラに対して畏れを抱いている者たちも、マダラが普通の男と同じく嫁を迎え、そしてその嫁御と仲睦まじくしているとの噂が流れれば、マダラに対する見方を良いものへと変えるかもしれない。マダラの戦さ場の時とは違う、ただの男としての平素の一面を知らしめる良い機会にもなるのではないのかと。そう柱間は思っている。
 柱間にとって、誰に何と言われようがマダラは友であり、彼を鬼へと転じさせたのは戦であると知っている。平素のマダラは決して鬼では無く、むしろ柱間以上に愛情深く信心深い、誰よりも人間じみた男であるのだと知っている。それを皆にも理解し、鬼では無くただのマダラとして見てほしいと願っているのだ。
 ふう、と軽く息を吐き出した当のマダラはというと、半眼に眇められていた目をしっかりと開いて、しかしどこか困ったように眉を軽く顰めながら頬杖をついてこちらを見ている。なぜそんな表情をして見てくるのかと、小さく首を傾げてみせた柱間を見てから、マダラはのろのろと口を開いた。


「・・・言ってなかったか」
「うん?何をぞ?」
「・・・柱間。オレは、もう嫁をもらっている」
「なに!?」


 マダラの予想外の言葉に、柱間はガタリと盛大な音を立てながら椅子を倒して立ち上がった。その顔は驚きによって、目も鼻の穴も口も大きく開かれている。そんな友の姿に、どこか罰の悪そうな様子でマダラは目線を逸らした。
 いやいやいや、と。柱間は火影の机から移動してマダラの執務机へと大股で足を進め、机上にバンと大きな音で手をつきながら身を乗り出して友へと詰め寄る。そんな柱間の勢いに僅かに身を引いたマダラであったが、何だと言いたげに目を細めて柱間を見る。


「何だ、では無い!いつぞ?いつ嫁御を貰ったのだ!?オレは知らんぞ!」
「当たり前だろう。もう何年も前の話だ」
「なっ、そんなに前にか!?というか、つまりはマダラの嫁御はうちはの女ということか?」
「それこそ当たり前だろう」


 木の葉の里が出来てから他一族間での交流が盛んになってからというのも、これまで同族内でしか結ばれなかったうちはの中にも数名のみではあるが、他一族と結ばれる者も出てきだしている。そのだいたいが男で、他一族の女を娶りたいと、剛胆にもマダラに相談という直訴にやって来る。
 同盟を結び、里を興した以上こういうことも増えるだろうということは既に予見しており、当人たちがそれで良いのであれば良いだろうとマダラも反対や禁止することはなかった。
 しかし、マダラが嫁を迎えたのは数年前のことである。当時は未だうちはと千手とで激しく戦っていた時代であり、うちはは閉鎖的に同族の血脈を尊重していた時代であるのだ。


「オレはうちはの族長だぞ。例えこれから嫁を取る事になったとしても、他族から嫁を取ることはねェよ」
「そ、そうか」
「ああ」


 基本的には今も変わらずに己たちの血脈を何よりも貴重として守る者の多いうちはにおいて、族長を輩出する宗家に生まれたマダラの家系の者だけは、原則として他族と交わることは許されない。それを事もなげにさらりと言い放ったマダラに、柱間はうちはの特性からしてそういうものかと納得を示した。
 いや、そうではない。本題はそれではないのだ、と柱間は改めてマダラを見た。


「その、マダラの嫁御というのは、オレも見知った人物なのか?」


 これが本題である。
 マダラが既に何年も前から家庭を持っていたという新情報にも驚きであったが、それを知ってしまった今やそれ以上に気になるのが、その嫁御の人物である。
 数年も前より、それこそあの苛烈な戦争の時代よりマダラを影で支えていた女とは、一体どんな人物なのか。その女性を交流の盛んになったこの木の葉の里において、柱間も顔を見知ったことくらいはある女性なのかと。
 柱間は生唾を呑んで、マダラの返答を待った。何故だかどことない緊張感が柱間に纏わりつく。そんな柱間を軽く眉を顰めながら見るマダラは、しばらく考えるような素振りを見せてから、ようやく小さく口を開いつ。


「見知っている、というかなぁ・・・」
「それは、オレも会ったことのあるうちはの女ということか?!」


 マダラの反応に柱間は食いつくようにさらに詰め寄った。
 柱間は必死に脳裏にこれまでに会話をしたりしたことのあるうちはの女たちを思い出してゆく。
 あまり多い数だとは言えないが、それでもこの交流の増えた里の中でうちはの女と会ったり話したりする機会も何度かあった。その誰もが美しい容姿をした女たちで、閉鎖的なうちはの気質からは考えられないような明るくて朗らかな女たちであったと記憶している。
 もしやこの女たちの中にマダラの嫁御がいたというのか?そして、柱間と言葉を交わしたという、何でもない日常の話を嫁御は夫であるマダラにし、マダラもその話を聞いて覚えているというのだろうか。つまり、マダラと嫁御は仲睦まじくしているということなのかと。
 言葉少ななマダラの返答に、柱間の中でどんどんマダラの嫁御についての想像が一人歩きを始めていく。そんな柱間の思考を遮るかのように、マダラがようやく重い口をはっきりと動かした。


「お前も知っている女だ」
「なに!?して、嫁御は何という名なのだ」
「まだ分かんねえのかよ、鈍いな」
「なっ、どういうことぞ、マダラ」
「そのままの意味だ」


 まだ分からぬと首を傾げてマダラの言葉を待つ柱間の様子に、マダラはやれやれと息を吐いてから答えを明かすために目を眇めた。


「アヤメだ」
「う、ん?アヤメ?・・・あ、あのアヤメか?」
「あいにく、オレはアヤメといえば一人しか知らんのだが。まあ、お前が思い浮かべているアヤメで間違いないだろう。うちはにはアヤメという名はあいつしかいねえからな」
「アヤメが、マダラの嫁御・・・」


 うちはアヤメ。
 うちはの女の中でも有数の美しい容姿をしており、そしてうちは唯一のくノ一としても優秀な彼女の姿を柱間は思い浮かべた。
 そういえば数日前にアヤメにも夫はいないのかと聞いたとこがあった。はっきりと彼女には言わなかったが、いくら美しいアヤメといえども年齢で考えればもう良い年齢で、行き遅れていると言われてもおかしくはない年齢であるのだ。それでも美しい容姿ゆえにアヤメは今や男たちから妻に迎えたいと名の上がるくノ一でもある。千手にもそういった男たちは数多くおり、柱間や扉間直々の部下の中にもいたので、もしもアヤメが未だ独り身だというのであれば紹介することもできるだろうと。ましてや、若い女盛りの時期を戦に費やしたせいで行き遅れてしまったというのであれば、何か手助けもできるだろうと、そう思って柱間はアヤメに聞いたのだ。
 その時アヤメは、どこか驚いたような表情を一瞬して見せてから、ゆるく微笑んで夫がいると柱間に答えたはず。流石に女性に対して夫のことを詳しく聞き出すような真似が出来るわけもなく、幸せそうに微笑んだアヤメの様子から夫と仲睦まじいのだろうと柱間もどこか穏やかな心地になったのを覚えている。
 アヤメがあの時、一瞬驚いた表情をしてみせたのはこういうわけか。
 夫の親友である柱間に、よもやその話をしていないとはアヤメも思ってもいなかったのだろう。しかしすぐさま、言い忘れているのか機会を逃しているのだろう夫に気付いて、そんな夫の小さな失敗に笑みを浮かべたのだろうと。そう柱間は今思い至ったのである。
 うちはマダラと、うちはアヤメ。
 戦さ場においては族長と側近として並び立つことの多かった二人の姿を思い浮かべ、そして平素の二人の様子を別々に思い浮かべる。
 平素は執務内容も執務室もバラバラであるため、あまり二人が共にある姿を見た事はない。しかし彼らそれぞれと言葉を交わしたことのある柱間からしてみれば、穏やかな空気の中で微笑み合う二人を想像してみせることは至極容易いことであった。
 幸せそうに並び立ち、共に歩くその姿。何もするでもなくとも寄り添うであろう二人を思い浮かべて、その全てが似合いであり、あまりに自然にも思えるその組み合わせに柱間もようやく常のような緩やかな笑みを浮かべた。


「そうか。お前にはアヤメがおったのか」
「・・・ああ。昔から、オレにはあいつだけだった」
「マダラ・・・」


 小さく笑って珍しく惚気るマダラに、柱間は穏やかな心地に心を満たされた。
 修羅のように生きているのかとさえ思われるマダラの苛烈で孤独な人生には、柱間が出会うよりも前からアヤメという存在が色付いていたのだ。彼女がマダラを支え、そしてマダラもまた彼女を支えてこれまで生きてきたのだろう。
 マダラとアヤメは二人で一人。
 まさにその言葉がしっくりとくるようなそんな二人を思い描いて、アヤメを想って穏やかな笑みを浮かべているであろう友に柱間は目を細めた。


「後日、改めて祝わせてもらおう」
「んな気使わなくていい」
「いや、させてくれ、マダラ。今更だと思うかもしれんが、オレがどうしてもお前たちを祝いたいのだ」
「・・・ったく、そうかよ。そこまで言うんなら、ありがたく受け取ってやるよ」
「ああ、そうしてくれ」


 仕方ないという口調ではあるが、どこか嬉しそうに笑うマダラを見て、柱間もまた朗らかに笑みを浮かべて見せた。
 友の晴れの姿を見ることは叶わなかったが、それならば仲睦まじい二人の姿を見せてもらおう。
 祝いの品を届けにいく時には、必ずマダラとアヤメの二人が揃っている機会を狙って行こうと、柱間は祝いの品を何にするかと考える頭の端で、そんなことを思った。

2017/12/31
(2018/07/07)
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