いまきみが見ている色を教えてくれないか


 夕方、里の設備に関する書類で扉間と話し合うついでに、息抜きでもしようと火影自らが弟である扉間の執務室まで足を運んで来ていた。


「扉間、おるか?」


 声をかけながら扉を開いた柱間は、その室内を覗き見るように顔をのぞかせる。だが、開いた扉からすぐ見える扉間の執務机のある場所には、いつもならあるはずの弟のその姿が見えない。珍しい不在に驚きに目を見開きながら室内に体を入れた柱間は、小さく首を傾げる。
 一体、弟はどこへ行ったのだろうかと。


「扉間でしたら、今は地下の研究室に行っておりますよ」


 ふと聞こえた女の声に、柱間はそちらへと顔を向ける。と、そこには扉間の執務机から少し離れた場所にある机にて、自身の職務に没頭していたであろうアヤメの姿に気付いた。


「おお、アヤメ殿か!」
「どうぞ、アヤメとお呼びください、柱間殿」


 ゆるゆると笑うアヤメの姿に、柱間もまた朗らかに笑って見せる。
 柱間がアヤメと会うのは、あの調印式後の宴以来だ。アヤメは平素よりあまりうちはの居住区から出てくることはなく、出てくるといえば、扉間から声をかけられて学び舎の教本の件を話し合うという日のみであるのだ。しかしアヤメが里の学び舎にて使用する教本の製作を手伝うようになってから、彼女は柱間たちの詰める執務室のある塔へと通うようになった。彼女の専らの仕事机は、共に仕事を行う扉間の執務室の一角に設えられているのだ。
 マダラの友として、マダラの側近であるアヤメとは交流を深めたいと柱間は常々思っている。あまりに出会うことの少ないアヤメに対して、マダラに便宜を図ってもらって会う機会を設けなければならないかとまで考えていたのだが、これは好都合であると。柱間は扉間が戻ってくるまで、彼女の机の近くにそこらにあった椅子を引っ張って歩いて、そこへと柱間は腰を下ろした。


「いずれ話したいと思うておったのだ。これも良い機会ぞ」
「ふふ。それは光栄でございますね、忍の神であらせられる方にそう仰っていただけるとは」
「よせ。お前たちうちはも希代の忍には違いなかろう」


 マダラと話す時とはまた違った、穏やかな雰囲気を纏っているアヤメにつられるように柱間もまた穏やかに笑った。
 マダラを人々は苛烈な業火だと今でも評しているが、こうして穏やかに微笑むアヤメはまるで春の木漏れ日のような人である。まさか戦争ではああも激しく戦う、鬼とも呼ばれていたくノ一だとは誰も到底思うまいと。


「アヤメはいつからマダラと?」


 友のマダラと、そのマダラのアヤメに対する態度を見ていれば、二人の付き合いがそう浅いものではないであろうことは柱間にも感じ取ることはできた。マダラのアヤメに対する態度と言っても、それを見たのはあの宴の日だけであるが。
 柱間のその質問に、アヤメは自身の記憶を思い出すように目線を僅かにずらす。


「ずっと、幼い頃からの付き合いです。彼の父上と、わたしの父上が同じ部隊でしたので」
「ほう、アヤメ殿のお父上とな。お父上の名を聞いても?」
「うちはシブキと申します」
「なんと、アヤメのお父上はあのうちはシブキなのか」
「ええ」


 うちはシブキといえば。
 うちはの先代当主であり、うちはマダラの父であるうちはタジマの部隊に所属していたうちはの忍であった。シブキは写輪眼も、最期には万華鏡も両方を開眼していた数少ないうちはの少ない忍の一人で、その写輪眼を用いた幻術を最も得意とした男であった。この男の存在があったからこそ、当時の千手がうちはの幻術を一層危険視するようになったという背景もあるくらいに、うちはシブキといえばうちはの力を象徴する忍の一人であったのだ。
 その娘がアヤメであり、そしてそのアヤメも写輪眼を使った幻術を代名詞に持つ忍である。


「これは、なんとも言えぬ縁ぞ」 
「父は子供たちに己の得意とする術の全てを教え、与えようとしておりましたから」
「子供たちということは、アヤメにも兄弟が?」
「ええ、わたしにも一人弟がおりました。弟もまた、うちはの忍として立派に散りました。・・・ただ、あの子は親よりも早くに逝ってしまいまして。あの頃でいえば栓無き事とはいえ、姉としての心情では出来るだけ長く、あの子には生きて欲しかった」


 どこか遠い目をしているアヤメの言葉に、柱間もまたその想いには身に覚えがあった。
 柱間も自分の下に三人の弟を持つ兄であった。一つ下の弟である扉間は今も元気に己の側近を務めてくれているが、その下の弟と末の弟に関しては、柱間がまだ幼い頃に戦でその命を散らせてしまっている。それこそ、アヤメの弟と同じく、父よりも早くにこの世を去った。その時には柱間は深い悲しみに暮れ、そして弟を恋しく思って涙し続けた。今、もしあの弟たちが生きていれば、と考えないこともない。
 穏やかだが、どこか切なげな色を浮かべているアヤメのかんばせを見やりながら、柱間もまたどこか切ない気持ちをその胸中に浮かべた。感傷の言葉をアヤメが求めていないことは、穏やかさをも浮かべているその表情からして柱間にも分かっていた。アヤメや柱間が胸の内に抱えている悲しみは、己たちのみのものではない。戦国の時代を生きる以上、皆が胸に抱えるものだ。アヤメや柱間だけが特別なのではない。
 少々しんみりとしてしまったその空気を取り払うように、柱間は明るい声でアヤメへと声をかけた。


「そういえば、扉間と進めておる教本の件はどんな感じぞ?」


 扉間とアヤメを主体で進めている、この里に作られる学び舎で使われるようになる教本の作成。忍界最強と謳われる、千手とうちはの教育内容と、里に移住してきた他の一族の教育内容を全て合わせ、良いところを抜粋した内容のそれを、扉間とアヤメの二人が作っているのだ。
 扉間が千手の教育方法を時間をかけて一つ一つ記し、アヤメもまたうちはの教育方法を一つ一つ記し、その用紙をそれぞれ交換してまずは内容を確認する。それぞれの一族特有の教育というものもあるので、まずはそれを必要か不必要かを判別していくのだ。
 うちはでいうならば例えば、火属性のチャクラを持つ子供が多いことから、チャクラの練り方もまずは火遁を扱うことを想定した練り方を教える。千手でいうのであれば、森に生きる一族だからこそ、まずは自身の体に合った傷薬を作成できるように植物の知識を教わる、などだ。
 まずチャクラの練り方は属性に特化したものではなく、まずは実用的かつ簡単な分身の術を身につけられるようになるところから始めるだとか、傷薬については作れることに越したことは無いのだが、しかし掌仙術となれば、それはそれなりにチャクラの扱いに長けるようになってからでも良いのではないか。
 こういったような風である。
 アヤメの手元にある膨大な資料の中には、うちはと千手だけではない、今回この里に移住してきた猿飛や志村一族の教育方法についての資料も混ざっている。
 それをちらりと見やったアヤメは、ふふふと小さく笑う。


「火影様である柱間殿や、その補佐をしているマダラや扉間と比べれば、わたしのしている仕事量など少ない物でしょうけど・・・。けれど、それぞれの一族によって教え方も考え方も全く違っておりますので、内容を確認して選別するのにも一苦労です」
「ううむ。しかし、この教本の内容が、これからの次代を担う若者を育てるのだと思うと、何とも感慨深いものがあるんぞ」
「ええ、そうですね。とても光栄な仕事です」


 にこりと笑って見せるアヤメに対して、柱間もまた朗らかに笑う。
 柱間の言う通り、アヤメと扉間が作っている教本がこれからの次代を担っていく若い忍を育てる物となっていく。これまでは敵を殺すためだけにその術を極めてきていたが、これからはそうではなく、生きるためにその術を学んでいくのだ。
 つい数ヶ月前まではありえなかった光景が、こうして少しずつ現実へとなっていく。
 柱間はそれがどうにも嬉しくて嬉しくて、仕事に追われる毎日だけれでも、本当に幸せで仕方がないのだ。
 そんな幸せを表情全面に露わにした笑みを浮かべる柱間の無邪気な姿に、アヤメもつられるようにしてゆるゆると穏やかな笑みを浮かべていた。
 そんな、穏やかな空間を裂くように、ガチャリと音を立てて扉間の執務室の扉が開かれる。そこからのそりと姿を見せたのは、特徴的な銀色の短髪頭をしており、当初柱間がこの執務室へ来た目的でもあった男であった。
 その男は自身の執務室らしくもない、まるで春の木漏れ日のような穏やかな空気に包まれた執務室の様子に僅かに目を細め、そしてその空気を生み出している張本人である二人へとその目を向けた。


「兄者もアヤメも、一体何をしておる」
「おお、扉間!戻ったのか」


 にこにこと相変わらずな笑顔を浮かべて自身を迎え入れた兄の能天気な顔を見て、扉間は不機嫌そうに顰めた表情のまま足を進めて自身の執務机に近付く。それを目で追っていた柱間であるが扉間が椅子に腰を落ち着かせたのを見やってから、自身もまたアヤメの側に置いた椅子に座ったまま手に持っていた書類を扉間に見せるようにひらひらと手を振る。


「扉間。お前にちと相談したいことがあるんぞ」
「兄者、そういうことはオレの前まで来てから言わんか」
「おお、それもそうぞ」


 はあ、と大きく息を吐き出して眇めた目でこちらを見る弟の視線を気にも止めずに、柱間はガハハと豪快な笑い声をあげながら椅子を立ち上がる。そんな兄の姿を見てから、扉間は続いてアヤメの方へとその目を向けた。


「アヤメ」
「なに?」
「お前をマダラが呼んでいたぞ」
「あら、あの人があなたに言伝を?ありがとう」


 扉間が伝えた言葉に、アヤメは驚いたように一瞬その目を大きく見開いたが、すぐにそのかんばせに笑みを浮かべて礼を伝える。そして自身の机の上に広げていた書類を纏め、その中から必要なものだけを選んで抜き出し、手に持って立ち上がる。
 柱間に並び立つように扉間の机の前に立ったアヤメは、手に持っていた書類をその机の上に置いた。


「あなたの不在中にまとめた内容よ。確認して、なにか意見があるのなら書いておいて」
「ああ、分かった。マダラは塔の入り口辺りにいる」


 それじゃあ、と背を向けてアヤメは室を出て行く。その背をじっと扉間は見ていた。
 アヤメが向かう先は、彼女を呼んでいたマダラの元だろう。
 地下室での実験がひと段落して、そろそろ執務室の方にも戻ろうとしていたところを、外から帰ってきたマダラとたまたま鉢合わせしたのである。ちらりとこちらを一瞥したマダラはひと言、扉間かとこちらの名を小さく呼んでから歩き出した。その後を追うわけでは無いが、向かう先が同じであるため不可抗力にもマダラを追う形で歩くこととなってしまう。まあそれも仕方が無いだろうと黙って歩みを進めていた扉間であったが、急に立ち止まったマダラに思わず扉間もまた立ち止まってしまった。
 何だと目を細めていた扉間であったが、くるりとまた急にこちらを振り返ったマダラにまた扉間は一層目を細めた。そんな扉間の人相にマダラもまた少々剣呑な表情を浮かべながら、小さく口を開くのが見えた。


「おい、扉間」
「・・・なんだ」
「これから執務室に戻るのだろう。オレが呼んでいるとアヤメに伝えてくれ」
「オレがなぜ言伝なんかを」
「それが一番効率が良いだろう。オレがわざわざ出向かずとも、どうせ戻るお前が言う方が早い」
「・・・チッ」


 マダラの言うことも一理ある。
 アヤメに用があるというマダラと共に自身の執務室まで歩くという行為をするよりも、言伝を預かって室に戻る方が扉間の精神衛生上的には良いだろう。ただ、言伝を預かるという、まるで伝書鳩のような役割を負わねばならないのが些か不服なところもあるが。
 小さく舌打ちを残した扉間は、そのまま再び歩みを再開した。マダラはそこでアヤメを待つらしく、それ以上動くこともなく壁に凭れかかっている。
 マダラが誰かを待つという行為。おそらくそれはアヤメにのみマダラは行うのだろう。それを僅かな時間の間にを推測しながら、扉間は執務室へと戻ったのだ。そして己の言伝を聞いて、待っているであろうマダラの元へと向かうアヤメを扉間は見送る。
 こちらに背を向ける瞬間に垣間見えた、己や柱間、いや、マダラ以外の者には向けないのであろう慈しみを込めた表情を浮かべたアヤメの姿を消し去るように、扉間は一度強く目を閉じた。

2017/12/23
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