解き方なんて忘れた


「アヤメ、どこにいる」


 ガラリと玄関の引き戸が開いた途端に、バタバタとらしくもない足音を響かせながら廊下を走り、自身の名を呼んで探している夫の声に、アヤメは何かしてしまっただろうかと小さく首を傾げた。
 いつからか趣味となった庭いじりをしていた手を止めて、アヤメは名を呼び続けている夫の声のする方へとその顔を向けた。


「マダラ?どうしたの?」


 少し声を張ってやれば、すぐにこちらの居場所に気付いたのであろうマダラが来ようとしていることにアヤメは気付く。やがて足音を鳴らしながら姿を現したマダラはアヤメをその目に写して、らしくもない喜色をその顔いっぱいに浮かべて笑っていた。


「アヤメ、よく聞いてくれ!」
「なあに?」
「この集落に猿飛と志村が参じてくれるんだとよ!」
「本当に?」
「ああ、本当だ!これでようやく里らしくなる」


 これまでうちはと千手の集落となってしまっていたこの集落に、猿飛一族と志村一族が参入するというのだ。猿飛も志村も、うちはや千手とまではいかないが名の知れた歴史ある一族たちである。彼らがこの集落に移住を決めたとなれば、これを欠如にその他の一族がこの集落へと参入してくれる可能性も高くなるというものだ。
 つまり、また一歩マダラと柱間の夢が近付くというわけなのである。
 そのことを今日、友である柱間から知らされたマダラはその喜びを唯一露わにできる妻の元へと馳せ参じたというわけである。アヤメの前であれば、マダラは族長らしくなくとも許される。
 マダラの喜びにつられるように、アヤメもまたそのかんばせに笑みを浮かべて喜びを表現した。


「火の国からも、里として長を決めろと話があったそうだ。柱間はそれをオレにやってほしいそうだが、オレよりも柱間の方が向いているだろう」
「・・・あなたがそれで良いのなら、私もそれで良いと思うわ」
「ああ、お前ならそう言ってくれると思っていた」


 穏やかに笑うマダラの言葉は、きっと本心から来ているものであろうことはアヤメにも簡単に分かる。が、しかしその裏側にマダラが隠しているであろうものにもアヤメは気付いていた。
 他の者であれば気付かなかったであろうその僅かな機敏にも、幼い頃より長い付き合いであるアヤメが気付かないわけがなかった。しかし、彼が言わないのであれば踏み込むことでも無いだろうと、アヤメは口を閉ざして自身の夫へと微笑み続けた。

***

 集落が成り、調印式が過ぎてから更に数ヶ月が経過していた。
 ぞくぞくとこの集落に移住を決める他一族の数に、徐々にこの集落は大きくなり、最早その規模は里というまでとなっている。その里長に火の国の大名やうちはからの推薦もあって、千手柱間が就くこととなった。
 里の名をマダラが決めた木の葉隠れの里とし、里長の名を柱間が決めた火影とする。
 こうしてこの集落は里としての歩みを進めたのだ。
マダラは火影となった柱間の補佐を務め、同時にうちは一族が里の周辺警備を担当することとなった。元々柱間の側近であった扉間はというと、マダラと共に火影である兄の補佐を務めつつ、医療や学び舎などの里の設備を整える仕事を任じられている。
 そんな扉間に、この日アヤメは珍しく呼び出されていた。
 扉間の執務室も火影やマダラの執務室のある塔の中に構えており、そこで扉間は医療に関することなどの仕事を行なっていた。その執務室のある建物に入ったアヤメは出迎えた扉間直属の部下へと来訪の旨を伝えると、アヤメの来訪を知らされていたらしいその者はすぐさまアヤメの前を先導して歩き始めた。その後について行くとしばらくして、扉間の執務室まで案内された。
 その男に促されるまま中へと入ると、そこには大量の書類を捌いている扉間の姿があって。ちらり、と手に持っていた書類から顔を上げた扉間はその赤い目でアヤメを見た。


「良く来てくれた」
「あなたがわたしを呼ぶとは思わなかったわ、扉間」


 肩を竦めて笑うアヤメに対して、扉間もまたフンと鼻を鳴らして応えた。手に持っていた書類を置いて、新たに他の書類を手に持った扉間はそれを片手にアヤメにこちらに寄るように声をかける。それに従ってこちらに寄って来たアヤメの姿に軽く目を細めながらも、手に持っていた書類をアヤメへと手渡し、それを受け取ったアヤメはすぐさまその内容に目を走らせて確認し始めた。
 書類の一番上に書かれている文字を見て、アヤメはゆるく首を傾げてみせた。


「これって、」
「これからこの里に暮らす子供たちへ一人前の忍となって生存率を底上げするために、まずは教育を行う」
「学び舎を作るというの?」
「そうだ。まずはそこで忍術や戦術についてを学び、卒業して後にその実力によって子供たちを分ける。その能力に合わせた任務や依頼を振り分けるようにして、子供たちが死なん基礎を作る。そこでお前には子供たちの学びの基本となる教本を作るのを手伝って欲しい」
「わたしに?」


 驚いたような顔でこちらを見る女に、扉間は鷹揚に頷いた。


「ああ、そうだ。うちはは女が子供に忍術を教えると聞いた。うちはと千手、それぞれによって子供への教え方というものに差があるだろう。その差を埋め、平等な教本を作るためにお前の頭を貸して欲しい。うちはの女の中でもお前だけが唯一戦場に出ていたのだから、お前に助力を願うのが順当だろう」


 扉間は淡々とその事実ばかりを述べるのを、アヤメは何も言わずにその言葉をじっと聞いていた。そしてその手の中の書類に書かれている内容をもじっくりと読んでいたアヤメは、ややあってからようやくその書類から目を上げた。
 そうして、その宵色の目で扉間を見た。


「これから、この里はどんどん大きくなっていくそうね。マダラから聞いたわ」
「ああ、そうだ。だからこそ早く設備を整えねばならん」
「この里の長に柱間殿を据えようとしたのも、元はあなたの考えね?」
「・・・否定はせん。悪いが、オレは兄者ほどうちはを楽観視することはできん」


 うちは一族であるアヤメにも臆することもなく、自身の考えを言葉にしてみせる扉間にアヤメはゆるく目を細めた。


「あなたは、うちはの何を知っているの?」


 穏やかな声色の奥底に込められたおぞましいほどのアヤメの気迫に、扉間はこの執務室内の温度が何度か一気に下がるのを肌で感じた。それに気付いた部下がチャクラを乱すのを感知した扉間は、その部下を鎮めるように自身のチャクラを揺らめかす。それだけで意図を汲み取った優秀な部下は、扉間の意思通りに平静へと戻る。
 部下からその意識を再び自身の前に立つアヤメへと向けて、彼女の問いに答えるべく扉間は口を開いた。


「・・・うちはの者の瞳力は、憎しみの強い者ほど強く顕れる。象徴たる写輪眼がそれにあたる。ただの噂かもしれんが、しかしそんな噂の立つうちはから、特にうちはの力の象徴であるマダラを長として推薦するわけにはいかぬ」
「そう・・・」
「噂を、否定せんのか」
「・・・わたしたちの中でも、写輪眼についてはあまり知識は無いの。親が写輪眼を持っていても、その子供が開眼するとは限らない。その逆もあるわ。開眼のきっかけは判明しているけれど、どうして開眼する者としない者とで差があるのかも分かっていない。万華鏡写輪眼に至っては、開眼者が歴史的に見ても少なく、そして長く生き続けている者が少なかったせいで資料すらほとんど残っていない。こうして長く万華鏡を持ったまま生きているのは、マダラとわたしくらいなものだから」


 淡々とそう言い放つアヤメに対して、今度は扉間が目を細める番であった。
 うちはについての研究は、他の一族の中でも最も千手が進んでいる。その中でも最もうちはについて研究しているのが扉間であった。
 戦いの間は回収したうちはの忍の遺体から、少しずつであるが扉間はその研究を進めていた。しかし和合した以上これまでのように遺体から研究をすることはできない。故にこれ以上の研究を進めることはできないだろうが、しかしそれでもこれまでに得た知識が扉間にはあった。その結果のうちの一つが、噂として柱間やアヤメに告げた内容であった。そしてそれを否定しないということは、それの一部が真実である可能性があるとアヤメの言動こそが裏付けている。
 それに、今うちはマダラについてはもう一つ、まことしやかに囁かれている噂がある。
 うちはマダラは、千手との戦で致命傷を負った実の弟であるイズナの目を奪い取り、そしてイズナを死へ追いやったのであると。
 この噂はうちはから流れ出し、いつしか千手全体にも知られるものとなった。マダラの気性を良く知る千手兄弟はそれが嘘だと分かっていたが、民草にとっては真実であるかどうなどどうだっていいのだ。民草にとってうちはマダラとは、今も変わらずに力の象徴であり、死の象徴であり続けている。だからこそ、この時期になってこういった噂が出てくるのだ。そんな男を里の長に据えることなどできない。
 その噂さえも知っているのか分からぬアヤメは、ゆるゆると一度目を伏せ、次いで薄く目を開いて自身の足元へとその目を向けた。


「あなたがうちはを楽観視できないように、正直わたしもあなたを楽観視することはできない。でも、・・・あの人や柱間殿が言っていた通り、忘れることはできなくとも、新しく始めることはできる。だから、わたしはあの人がそれで良いと決めたのであればそれに従う。そして、新しい未来のためにもあなたと新しいことを始めようと思う」
「・・・」
「だから・・・扉間、これから改めてよろしくね」


 その目を再びしっかりと開き、先程までの底冷えするようなチャクラを引っ込めたアヤメは、ゆるゆるとそのかんばせに笑みを浮かべて扉間を見た。そしてその細い腕を伸ばして、扉間へと差し出した。
 それをじっと扉間は見ていたのだったが、ややあって扉間もまたその手をアヤメのそれと重ね合わせた。


「お前は、族長に忠実な忍だな」
「・・・ええ、そうね。誰に何と言われようと、わたしにとって第一に優先すべきなのは我らの族長の意思よ」


 穏やかにそのかんばせに慈しみと、他にもう一つの感情を込めて笑うアヤメの姿に、それは忍ではなく女としての言葉であるのではないかと扉間は思いながらも、何も言わずに口を閉ざしたままであった。

2017/12/23
(2018/04/19)
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