半分はぼくのもの


 うちはと千手が手を結んだという話は、当人たちが思うよりも瞬く間に全土へと広がっていった。
 かの両一族といえば、言わずと知れた忍の祖たる六道仙人の二人の息子をそれぞれ始祖に持つ一族である。うちはや千手以外にも多くの忍一族は存在していたのだが、その中でもこの二つの一族だけは違う。特に、十代という若さで当主となったうちはマダラと千手柱間の存在は別格であった。
 この二つの一族が今の忍世界の頂点とも言える一族であり、また最強の傭兵集団でもあった。戦に勝ちたければうちはか千手を雇えという言葉が流行るほどに、両一族は他一族からも忍以外の者達からも、別格扱いをされていた。
 二つの一族は始祖の時代よりの戦いを今までも続けており、それは当代当主の代まで続くものであった。しかし、その戦いを終わらせたのもまた、それぞれの当代当主だった。そして。手を結び合ったうちはと千手はある森林地帯を合同で開拓しながら、そこに集落を作ろうとしているという。
 うちはと千手の終戦以外にもこの話もまた、瞬く間に全土へと響き渡るものとなった。しかもその集落というのが、子供が戦争へ行かなくても良い集落で、忍としての任務もその実力に見合った者が派遣されるようになり、また忍を育成する機関も発足して、より命を落とす確率がグッと減るようにするというのだ。
 そんな、誰もが平等に幸せに、笑いあって暮らせる、まさに夢のような集落を作るのだという。この集落へと移り住まないかという誘いが周辺の忍一族に知らされたのだったが、しかしどの一族もまだうちはと千手の和合を信じることができずにいた。
 そんな現状を、柱間とマダラは開拓の進む土地を一望できる崖の上から思案していた。


「そんなに信じられんものか?」
「まあ、他の一族の気持ちも分からんでもないがな」
「うーむ。これではうちはと千手の集落となってしまうぞ」
「とりあえず今はそれで良いんじゃねぇか?急いたところで、何も変わらん」


 この場所はかつて幼い頃のマダラと柱間がその夢を語り合った場所であった。一度は失われてしまった夢かと思われていたが、今再びその夢は芽を伸ばし、そして今や花を咲かさんとしている。
 その夢は、全てとは言わないが出来るだけ多くの一族が腑を見せ合って共に集落を作り上げていくということだ。多くの一族が心の底より賛同してこそ、二人が描いていた平和は成るのだと。
 そう愚痴を零した柱間へ対し、とにかく待つしかないとそう言い放ったマダラの言葉。それを聞いた柱間は今まで開拓地を見下ろしていた顔を勢いよくマダラの方へと向けた。


「せっかちなお前から、まさか待てと言われるとは!」
「お前・・・オレをバカにしてんのか?」
「そんなわけないだろう!」


 大袈裟な口調でからかう声色で言う柱間に対し、マダラはその目を半分閉じたような形にして青筋を立てた。人々からは鬼だと恐れられた凶悪そのもののマダラの表情も、柱間にとっては大切な友が示す感情表現の一つにしか過ぎない。
 豪快に笑って否定してみせる柱間を見ていると、それにつられたようにマダラもフッと小さく笑みをこぼす。そして再びその目に開拓の進む土地を見つめた。


「そっちの状況は今どんな感じだ?」
「む?そうだな、移住はかなり進んでいるぞ。そっちはどうだ、マダラ」
「ああ。こっちも同じような状況だ」


 柱間にそう答えたものの。
 うちははこれまで閉鎖的な空間で生きてきた一族であった。六道仙人より続く血を守るために他の一族と交わることを良しとはせず、同族内でのみ繁栄し続けてきた一族なのである。
 対して千手は、自らを愛の一族であると名乗るように、多くの他の一族を受け入れる懐の大きな一族であった。うちはとは違い、他の一族と交わることも多く、そして多くの側室を抱えるのも千手の特徴の一つ。欲するものには全て愛を与える博愛の一族だった。その為、婚姻関係を結んだ他一族を傘下として千手一族に加えることが多かった。そうして、千手は大きくなったとも言えるだろう。
 そんな両一族の特色というのは、今回の移住にも大きく影響を出していた。
 千手一族の者たちは柱間からの号令がかかるとその通りに動き、それぞれに憚りは今も存在しているだろうが、しかしそれでも移住に反対を大きく訴える者は少ない。それに対してうちははというと。


「移住ですと?ましてやあの千手と手を結ぶなど、言語道断ですぞ!」


 というような感じで、特にうちはの年寄連中が未だ騒ぎ続けている。
 マダラに忠実な者や、戦いに草臥れた者たちは思いの外忠実に移住を進めてくれているのが一つの救いでもあるのだが。それ以外にも、千手という名だけで敵対心を見せる者や、家族や大切な人を千手に奪われた事を忘れられないと言って動かない者たちもいるのだから、うちはは千手以上にこの移住計画に時間がかかりそうなのである。
 それをマダラが柱間に伝えると、珍しく柱間が豪快にではなく苦笑のようなものをその顔に浮かべた。


「そうか。ならば、うちはの者たちの信頼を勝ち取れるようにオレたちが尽力せんとな!」
「ああ、その通りだ」


 柱間の言う通り。人々を動かすためには、それに足る証を示さなければならない。その為にも、今以上にマダラと柱間は協力をしていく姿勢を示さなければならないのだ。それぞれの族長という立場だからこそ、そういった姿を見せることに意味が生まれてくる。
 これ以上、悲しみと憎しみの連鎖を増長させる必要は無いのだと。全てを忘れろとは言わないが、新しく始めることができるだろうと。
 それをマダラと柱間が先陣を切って体現するのだ。
 柱間の穏やかではあるが未来に希望を込めた言葉に、マダラもまた穏やかに頷いてみせた。と、そんな中で再び顔を柱間へと向けたマダラは、風にそよそよと揺れる髪を鬱陶しげに手で押さえながら口を開いた。


「柱間、悪いがオレはもう戻る」
「おう。何ぞ、用でもあったか?」
「ああ、まあ、野暮用だ」
「そうか。気を付けろよ」
「誰に言ってやがる」


 背を向けて歩いていくマダラに向けてそう言うと、歩きながらも少しだけこちらへと顔を向けたマダラは鼻を鳴らして一蹴した。
 気を付けろなど、鬼神と呼ばれるマダラには要らぬ心配であるのは柱間も重々承知であったのだが。しかし友としてその背に投げかけるのは悪く無いだろうと、柱間はくつくつと笑って友の背を見送った。

***

「アヤメ」


 新緑の匂いのするその場所に、マダラは女の背を見つける。その女は春になれば愛らしい花を咲かせる木の幹に凭れるようにして座っていた。


「あら、マダラ。もう見つかってしまったのね」


 くすくすと笑うアヤメの横に腰を下ろしたマダラの頭上を、夏の訪れを知らせる緑を実らせた枝枝が覆う。日影に入ったマダラは、暑いとまではいかないがそれでも黒を基調としたうちはの装束に篭った熱が下がるのを感じた。
 先の最後戦の折に、アヤメはその戦場で再び千手扉間と相見えていた。
 扉間を抑えていたイズナが戦線を離脱して以来、アヤメ隊とイズナ隊に属していた忍たちで扉間を抑えていたのだ。しかし、あの戦が最後になるであろうことを知ったイズナ隊の面々は全員アヤメの許可を得て戦場を特攻し、死んでしまった主人であるイズナの無念を晴らすが如く、より多くの千手を屠ることを選んだ。その為あの戦で扉間の相手をアヤメ隊のみで対応することとなり、その戦いで壊滅とまではいかないが、アヤメ隊は扉間隊に押し切られてしまった。
 その傷が、今もまだアヤメの身に残っている。だいぶ良くはなってきているが、しかしまだ無理をしてはならない時である。だがアヤメは体を動かせるようになると、途端に臥せることを辞めて家の中を忙しなく動き回っていた。
 移住の支度をマダラたちもしなければならなかったが、アヤメが臥せっていたし、マダラ自身も千手との和平で忙しなくて移住の準備に手が回っていなかったのだ。それを、動けるようになったアヤメが代わりにと家の中を動いていたのだ。
 マダラは傷の治りきらぬアヤメが動くのを良しとしなかったが、それ以上にアヤメが出歩くことの方をより強く禁止していた。
 そんなマダラが、この日は友である柱間に会うために不在となることを、アヤメは知った。
 鬼の居ぬ間になんとやら、である。
 アヤメは屋敷を出て、気分転換を兼ねて懐かしい場所へと足を運んでいた。それを、傷をおして家の事をしているだろうアヤメの身を案じて友との邂逅を早々に切り上げて帰路を辿っていたマダラが、本来ならばあるはずのない彼女のチャクラを感知して、ここまでやって来たというわけなのである。
 くすくすと、今も小さく笑い続けているアヤメへと、マダラは自身でも自覚している険しい色を浮かべているであろう顔を向けた。


「アヤメ、家に居ろとあれほど言っただろう」
「過保護すぎるのよ、あなたは。動かない方が反って体に毒だわ」
「だがな、」
「大丈夫よ、マダラ。現にこうやって、一人でここまで来れたわ」


 先の戦でアヤメが負った傷は致命傷とまではいかないが、酷く深いものだった。しかもその傷をアヤメにつけたのが千手扉間であるのだ。イズナの件も相成って、マダラは心の底からアヤメの体を案じているというのに。当の本人であるアヤメが、そのマダラの心情を汲んではくれない。
 どこか不満げな表情でこちらを見るアヤメの姿に、マダラは大きく息を吐き出した。そうして手で自身の長い前髪を握りつぶす。もう一度大きく息を吐き出したマダラは、夏の気配を含んだ風が彼女の長い髪を揺らすのを見て目を細めた。
 どうして、彼女は自身の想いを汲んではくれぬのかと。いつもならマダラの意思を尊重してくれるくせに、どうしてこういう時だけ変に頑固になるのかと。なぜこちらの心を聞いてくれないのかと。
 マダラはその手を伸ばし、アヤメの頬を撫でた。


「・・・頼むから、アヤメ」


 そっと身を起こしてマダラはその身を一層アヤメへと寄せる。そしてこちらを向いているアヤメの額に自身の額を寄せた。
 祈るように目を閉じているマダラの顔を近い距離から見つめていたアヤメは、ゆるく目を細めると同じように目を閉じた。
 聞こえてくるのはマダラの静かな息遣いと、風が揺らす枝葉の柔らかな音。すぐそばにある唯一の男の体温に、アヤメはそのかんばせに穏やかな笑みを浮かべた。


「マダラ」
「ん」


 いとしい女のひどく穏やかな声に呼ばれて目を開ければ、そこには先ほどまでの己のように目を伏せて、ゆるく微笑んでいる女のかんばせが目に入った。


「ありがとう。でも、本当に平気よ。それに族長が早く移り住まないと、他に示しがつかないでしょう?」
「ああ。だが、お前が無理をすることはない。手を貸してくれる者たちもいるだろう?」
「今は皆も移住の支度をしているのに、それを中断させることはできないわ」


 分かってちょうだい。と。目を開いて、その宵色の目で真っ直ぐにこちらを見るアヤメのその目にマダラは口を閉ざした。
 今回アヤメが言っているのは至極当然な正論である。しかし彼女を慈しんでいる男としてのマダラが、どうしても彼女を心配してしまうのだ。
 くっつけていた額を離し、少しだけ距離を置いたマダラは今もじっと意思の強い目でこちらを見るアヤメの姿に三度目となる息を吐き出した。


「分かった。だが、約束しろ。決して無理はしないと」
「ええ、約束するわ」
「はあ・・・なら、仕方がない」


 アヤメの強い意思に、最後に折れるのはマダラなのである。それを分かってアヤメはマダラをその目で見つめるのだから、本当に強かな女である。しかしそんな女を唯一に選んだのは己自身なのだ。
 惚れた弱みとはよく言ったものであると、マダラは心底そう思いながら、音もなくその場に立ち上がった。どうしたのかとこちらを見上げるアヤメへと、マダラはその手を差し出した。


「そろそろ帰るぞ」
「・・・うん」


 花が咲きほころぶような笑みを浮かべたアヤメは、差し出されたその手をしっかりと握る。アヤメの手を握り返したマダラはぐっと力を込めて、自身と比べると随分と華奢なその体を引き起こした。立ち上がった彼女の体を支えるようにしながら、しっかりとその両足で彼女が立ったのを確認してから、マダラはアヤメの手を握ったまま歩き出して、ぽつりと呟いた。


「体がつらくなったら、すぐに言えよ」
「ありがとう、マダラ」


先を歩くマダラの背を見上げ、アヤメは美しく笑った。

2017/12/23
(2018/03/31)
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