この狭い檻の中で羽ばたいてみせて


 一日続いたうちはと千手の戦いの末、地面に背を着いたのはマダラの方だった。
 マダラはいつだって自信に満ち満ちて立っており、どんなことがあっても揺らぐことの無い、まるで永遠に燃え続ける大きな炎のように。そこに君臨し続ける存在であったというのに。そのうちはマダラが、戦いの最中に於いて初めて、地にその背を着けたのだ。
 これまでのうちはと千手の激闘を物語るように、大きくひび割れて隆起している地面に横たわったマダラは、自身を取り囲む千手の忍の面々を見やった。
 自身に最も近い位置でしゃがみこんでいるのは千手の族長である柱間。その隣に並び立つのは弟である扉間である。
 もはや写輪眼を出す気力もない黒曜石は、どこか脱力したような印象を与えながら周囲を何か探すようにぐるりと見回す。そんなマダラの様子に疑問を持ちながらも、柱間は真っ直ぐにマダラを見ていた。と、徐ろに動きを見せた扉間が、自身の得物たる刀の切っ先をマダラへと向けたのが横目に見えた。


「マダラ・・・終わりだ」
「待て、扉間」
「なぜだ、兄者!今がチャンスだろう!」


 らしくもなく乱れた息を整えもせずに倒れているマダラを前にして、これを好機と言わずして何と言う。うちはと千手の長く不毛な戦いを、うちはの壊滅という形で成し遂げようとしている扉間を、千手の族長たる柱間が止めた。


「手出しは許さん」


 なぜだと吼える扉間に対して、柱間はその目を向けて一言のみを返す。その目に込められた気迫と、一瞬にして膨れ上がった兄の膨大なチャクラに気圧されるようにして、扉間はその口を閉ざした。
 刀を引いた扉間を見やってからマダラへと向き直った柱間に、マダラはその茫洋とした黒い目を向けて鼻を鳴らした。


「いっそ、一思いにやれ、柱間。お前にやられるなら、本望だ」
「かっこつけても無駄ぞ。長であるお前をやれば、お前を慕う若いうちはの者がまた暴れ出す」
「もう・・・そんな芯のある奴はいねーよ、うちはにはな」
「いや、必ずいる」


 殺さぬという理由に、うちはの若者の気概を述べる柱間に対して否定的な言葉を使うも、柱間はそれに取り合わない。
 事実、今のうちはにはそんな気概のある奴はそう残っていないだろう。この戦の前より漂っていた厭戦の雰囲気に気付かないほどマダラも愚かでは無い。その中でも数少なにして気概を示した者たちの殆どは、この戦で散って行ったことだろう。隊長の後を追うように、イズナの部隊の者たちは戦場を駆けて行ったのだから。
 他にもマダラ直属の部隊とアヤメの部隊だけが、その気概を見せていた。しかし彼らも千手に捕らえられてしまっていることだろう。
 マダラが斬られれば、マダラの直下の部下はアヤメにつくようになっている。しかしアヤメはマダラが斬られてしまえば、今度こそその心を折ってしまうだろう。優しく、愛情の深い彼女のことだ。これまでにも弟や父、そしてイズナの死にその心を鬼と成しながらも、見えない場所で疲弊していっていたのをマダラは知っている。
 柱間から昔のように戻れないかと声をかけらるのに、マダラの意識は柱間へと戻った。


「そりゃ、無理ってもんだぜ・・・。オレとお前は、もう同じじゃねェ。今のオレにはもう、兄弟は一人もいねェ・・・。それにお前らを信用もできねェ」


 兄上、と笑う懐かしい顔も。兄さん、と呼ばう笑顔も。マダラ、と呼んだ厳しさに優しさを含んでいた声も。最期に、一族を頼む、と言って目を閉じた青白いその顔も。マダラにとっては何もかもが、もう全て失われてしまった光景だ。
 しかし柱間にはまだ、その存在が一人だけ残っている。その違いが何よりも大きく、マダラと柱間を隔てる壁となる。
 ちらりと動かした視線の先に、マダラは探していたその姿をようやく見つけることができた。
 両膝を着き、両腕をそれぞれ男の忍に絡め取られて、その目を塞ぐように目隠しをされているが、生きている様子に見える。それだけでも、マダラは安心できる心地であった。
 手の届かない、自身の知らない場所で死んでいない。それだけで十分なのである。彼女が死ぬ場所は、マダラ自身と共にでなければならないのだ。


「どうすれば・・・信用してもらえる?」


 柱間のその声は、大の大人が出すにはあまりに情けない響きを伴っていた。
 目を柱間へと戻したマダラはしばし沈黙する。そして。


「腑を見せ合えるとすりゃ・・・。今、弟を殺すか、己が自害して見せるか。それで、相子だ。そうすりゃお前ら一族を信用してやる」


 マダラが出した選択肢は、実は選択肢などでは無い。
 愛を謳い、マダラと同じく弟を想う柱間は弟を殺せない。しかし千手の族長としての立場も柱間は弁えているはずだ。ならば、残された最後の手段は、当初扉間がやってみせようとした通りにマダラを討ち取るほかに無い。それ以外に長きに渡るこの戦争を終えることはできないのだ。
 それを見越しての、マダラからの譲歩であった。
 マダラは死ぬことに未練も恨みも無い。負けは負けだ。ただ、一つだけ叶うのであれば、彼女と共に死なせてくれるのであれば、それで良かった。
 案の定、マダラの申し出に扉間含めた周囲の千手一族が騒ぎ出す。
 ふざけていると、ムチャクチャだと、馬鹿げていると。
 しかし、そんな周囲の言葉やマダラの思惑など知らぬ柱間は、じっとマダラを見ていたその顔にゆるく朗らかな笑みを浮かべて立ち上がった。


「ありがとう、マダラ。お前はやっぱり情の深い奴だ」


 そう言った柱間は、何の戸惑いも無く自身の体を守っていた鎧を脱ぎ捨てていった。その動きに一切の迷いも無く、後悔も見えなかった。
 鎧を脱いだ柱間は利き手である右手にクナイを一本持ったまま、扉間へや周囲の一族の者たちへと目を向ける。


「いいか、扉間。オレの最後の言葉としてしっかり心に刻め。オレの命に代える言葉だ。一族の者も同様だ。オレの死後、決してマダラを殺すな。今後、うちはと千手は争うことを許さぬ」


 皆の父とまだ見ぬ孫たちに賭けて、誓え。
 そう族長として、千手柱間として辞世の言葉を述べる柱間を、マダラはただただ見た。


「さらばだ」


 穏やかな微笑みをその顔に浮かべながら、クナイを腹へと向ける。いざいかん、と腕を引いた瞬間に柱間の右目から一筋の涙が落ちたのを、マダラはその目で見た。
 その涙の意味は何であるのかマダラには分からない。なぜそうしてまで柱間が己を生かそうとするのかが、マダラには分からなかった。
 お互いがうちはで、千手であると分かった時に覚悟は決め合ったはずである。だからマダラは友を殺そうとしたし、一族を背負う者としての矜持も示してきた。誰もがマダラにそう望んでいたのと同時に、マダラもまた柱間に対してそう望んでいた。
 しかし、柱間は本当はどうだった。
 殺し合うことは殺し合った。刃を交える時はいつでも本気でお互いを討とうとしていた。しかし、柱間はいつも対話を求めていなかったか? 共に夢を語り合おうと、その声を張り上げていたのでなかったのか? 己の夢を最も理解していたのは柱間で、幼き日よりの夢を最も阻害していたのが己であったのではないのか?
 そう思い至った瞬間、マダラの脳裏に懐かしい水切りの光景が浮かんだ。
 戦を無くす方法を考え、それが叶うかどうかを石に載せて水を切っていた。いつも届かずに途中で沈んでしまっていたのを、幼い自身は諦めもせずに何度も投げ続けていた。だが今の自分はどうだ? あの石を、今も諦めずに投げ続けているのか? 届かなくなってしまった石を、こちら側へ向かって投げ続けていたのは、柱間の方ではないのか?
 咄嗟に、全身に走る苦痛も忘れてマダラは、クナイを腹へと刺そうとするその腕を渾身の力で掴み止めた。
 驚き、動きを止めた柱間の真っ直ぐな目を、今度はマダラも真っ直ぐに見返した。


「もういい・・・。お前の腑は、見えた」


 諦めてしまった己へと、これまで何度も水切りで石を投げてきていた柱間の石が、ようやくこちら側に届いた瞬間であった。
 柱間の手から力が抜けるのを確認してから、マダラは息を吐いてその場に座り込んだ。激しいチャクラの消耗と体力の消耗とで、体を動かすことすらままならない。しかも負った傷も痛んで、尚のこと体を動かすことはできなかった。
 脱力して座り込んでいるマダラはどうみてもこれまでに見たこともないくらいに無害な姿で。それにそっと目を細めた柱間は、再び自身の周りにいる者たちへと目を向けた。


「聞いただろう。皆の者、戦は終わりだ。捕らえてある者を解放せよ。負傷者はうちは、千手いとわずに手当てぞ」


 柱間のその言葉に、もう異議を唱える者はいなかった。
 マダラと柱間のやりとりに、両名以外の者たちは事情を知ることも無かったが、これまで千手を鬼神の如き強さで恐怖に叩き込んできたあのうちはマダラが、あんなにも穏やかな声を出すところを始めて見たのだ。そして戦意も見せずに、ただ大人しく沈黙している姿も。そしてそれを柱間は何も言わずに嬉しそうな様子を醸し出しているのだ。
 それぞれの一族の者たちそれぞれに思うところはあったであろうが、言葉のないマダラの分も終戦を唱える柱間の姿に、千手もうちはも関係なく武装は解除されていった。


「マダラ様、ご無事ですか」


 早速解放されたのか、自身の側へと馳せ参じた直属の部下の声に、どこか緩慢とした動作でマダラは振り返った。その先に控えている部下たちは皆それぞれ、先程の戦で自らのもの敵のもの関係なく血濡れた姿であった。そんな部下たちの姿に小さく笑ったマダラは、ようようと口を開く。


「お前ら自身の血もあんだろ。さっさと動ける奴はそうでない奴を連れて、陣幕へと戻れ」
「ならば、マダラ様とアヤメ様も」
「・・・いや、オレはここで千手の手当てを受ける」


 マダラの言葉に息を呑んだのは、マダラの部下たちも柱間も同じであった。
 終戦が告げられたとはいえ、先程まで殺し合っていた者同士だ。いくら柱間が一族関係なくとは言っても、そうは簡単にはいかないだろう。マダラに自陣へ戻るよう促した部下たちも、それを腹に含んだ上での言葉であった。そんな状況が状況ゆえにそんな部下たちを嗜めるでもなく、マダラは小さく首を振ってその言葉を断ったのだ。
 言葉を無くしているらしい、部下たちと柱間をそれぞれ見やったマダラはゆるゆると目を細めた。


「これでうちはと千手の戦いは終わったんだ。族長であるオレが千手の手当てを受ければ、下に対しての何よりの証もだろう」
「しかし、マダラ様、」
「良い。お前たちは早くアヤメを連れて陣へと戻れ」
「・・・かしこまりました。しかし、一人はお側に控えさせていただきます」
「ああ、それでかまわん」


 纏め役らしいその男の申し出にマダラが頷いたのを確認して、その男以外のマダラ隊の者たちが動く。その足はそのまま真っ直ぐに、先程まで千手の男に捕らえられていたアヤメのもとへと駆けて行った。そして解放されたアヤメの側に跪いて声をかけ、それに彼女が反応しているのを見てマダラは安堵の息を吐いた。
 どうにか、会話をする程度にはアヤメも無事のようだ。
 そんなマダラの様子を見ていた柱間は、マダラが顔をこちらへ戻したのを見計らってその向かいに腰を下ろした。


「ちゃんといるじゃねーか。お前を慕ううちはの者が」
「うるせぇよ」


 己の前では子供の頃のように崩した言葉遣いとなる柱間のその言葉に、マダラは小さく笑いながら答えた。そんなマダラに柱間もまた小さく笑いながら、静かにその手を差し出した。


「では。そろそろマダラも手当てをしようぞ。もちろん、後ろのうちはの者もな」


 差し出されたその手を、マダラは一度拒絶したことがある。今とは状況が違っていたとはいえ、それでも拒絶は拒絶だった。しかしそんな過去を思わせないような雰囲気で、こちらへと手を伸ばす柱間からは、何の策も打算も読み取れない。柱間は今も幼い頃と変わらずに、ただマダラの手をとって夢を叶えたいだけなのだと、マダラは変わらぬ友の姿に眩しそうに目を細めた。
 そうして、


「・・・ああ、頼む」


 今度こそマダラは友の手を取った。
 この選択を、一族を最期の最期まで頼むとマダラに言い続けていたイズナはどう思うだろうか。族長の弟として、側近として振舞ってはいたが、その実は兄のことを最も大切に思っていた心優しい男であったことをマダラは知っている。マダラはイズナを愛し、イズナもまた兄を愛してくれていたのだから。
 きっとイズナはこうなってしまったことに表面では難色を示しただろうが、それでも結局は折れてしまうのだろう。仕方ないなあ、兄さん。と、そう無邪気に笑ってくれるような、そんな気がするのだ。

2017/12/19
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