目が覚めれば夢は死ぬ


「待て!マダラ、どこへ行く!」


 イズナからの鷹の報せを聞いたマダラは、柱間を渾身の力を以って放った巨大な火遁の壁にて遮る。そうして背を向けたマダラに対して、その向こうから呼びかける柱間の声に振り返りもしないままに、マダラは駆けた。
 私情と言われれば、そういう風にも捉えることはできるだろう。しかし、それ以前にアヤメはうちはの有数の忍であり、その幻術能力は右に出る者はいない。その力を易々と奪われてはならないことは、うちはであれば誰もが理解している。だからこそ、マダラ隊も周りも何も言うでも無く、マダラを行かせるのだ。
 そうしてうちはの後方へと走ったマダラは、見知ったチャクラのある方へと走り続ける。よくよく感知してみれば、確かに彼女の側には忌々しい千手のチャクラも感じられた。
 クソ、と人知れず悪態を吐きながら、マダラは走る足をさらに早める。
 アヤメも弱い忍ではない。それなりの手練れの、優秀な忍である。しかし、それでも彼女は女であり、剣術や体術などの接近戦を得意とはしていないのだ。
 近付くにつれて、所々に焼け焦げた後や、風遁の鋭さによって倒れた木々、濡れた大地が目立つようになってきた。
 体術や剣術を得意としないアヤメは、そのチャクラ総量の豊かさから、接近戦よりも術に頼った戦い方を本領とする。しかし相手はあの千手扉間。あの男は術も接近戦もこなす男だ。術で接近戦にも対応しているであろうアヤメのチャクラ切れが、彼女の弱点となるはず。
 そうして見えた視界の先に、マダラは文字通りその視界を赤く染めた。


「貴様ァ!」
「、くっ」


 扉間の前に躍り出て、飛びかかるように自身の大うちはで切り込む。と、その風圧に圧されて扉間が退いた。
 先程まで、扉間によって地に押し付けられていたアヤメの肩からは血が流れ、胴のどこかにも怪我をしているのか口から血を流しているのが見える。そんなアヤメの姿を目の端で見やったマダラは、その目に写輪眼を宿しながら扉間を見据えた。
 扉間もまた、アヤメ相手に苦戦したのであろう。戦装束の所々が焦げ、腕には重度の火傷も見える。頬は風遁によって裂かれたらしい裂傷が見え、具足から見える足にもその裂傷は及んでいた。それだけ術をアヤメは使い続け、そしてチャクラが尽きかけたのだろう。現に倒れ臥すアヤメからは僅かなチャクラしか感じられない。
 立ちはだかるマダラを見て、扉間はこれまでにない程に顔を歪めた。そんな扉間を構うことなく、マダラは瞬く間に自身のチャクラを練り上げる。
 マダラより放たれた火遁を、扉間は再び自身の水遁で相殺しようとする。発生した水蒸気に紛れる両者の中、マダラはさらに弾ける火遁を放ち、自身も中へと飛び込んだ。そうして感知したいくつかの気配へと、マダラは容赦なく火球を落として行く。
 と、そのうちの一つが本物の扉間であることに気付いたマダラは一気に距離を詰め、男を殴り飛ばす。呻き声をあげる体を追い、さらに追撃にと蹴りを放つ。それを辛くも腕で受け止めた扉間であったが、その衝撃を殺しきることはできずに蹴り飛ばされ、そのまま背後の木へとぶつかった。すかさずそれを追ったマダラによって扉間の首は掴まれ、木にぶつかった衝撃で僅かに跳ねていた体を、そのままその木へと勢い良く叩きつけられた。木に押し付けられ、更にはグググと強まって行くマダラの手は、容赦なく扉間の首をへし折りにかかっている。息のできないその中で、扉間がどうにか手中に反撃のためのクナイを握った時であった。
 マダラの目がピクリと動いた。
 薄らいでいく意識の中、マダラのその原因がここへ近づいて来る自身の兄の気配だと扉間は気付いた。そして、同時に飛んでくるもう一つのうちはの鬼の気配にも。
 柱間がここへ到着するのは厄介だと、マダラは顔を歪める。柱間がここへ来ては、アヤメを連れて退くこともできなくなるやもしれない。柱間が到着するよりも早く、決着をつけなければとマダラが扉間を掴む腕に力を込めた時であった。
 突然扉間の視線が自身を越えた先へと向けられ、急激にその体から力が抜けて行く。
 これが何を示すかを良く知るマダラは、扉間の首から手を離して背後へと振り返った。すると、そこにはゲホッと血を吐き出すアヤメが立っていて。


「アヤメ!」


 慌ててマダラが駆け寄れば、アヤメはその両目を写輪眼から平素の夜色の目に戻してこちらを向いた。
 口元を汚す血を袖で拭ったアヤメはぐっと自身の両足で地を踏みしめながら、マダラへとゆっくり歩み寄ってくる。心配げな表情を向けるマダラに対してゆるく微笑んでみせてから、アヤメは今や木に凭れるように崩れ落ちている扉間を一瞥した。


「扉間には、幻術をかけた。でもチャクラが足りずに、ただの幻術になってしまったから、おそらくそう保たない。柱間がここへ到着するのも、そう時間がないわ」
「アヤメ義姉さん!兄さん!」


 そう言い放っていたアヤメの言葉が終わった瞬間、こちらへ向かってくる柱間よりも早くイズナがここへ到着した。
 イズナもそれなりに苦戦した様子で、衣服の所々に切り裂きや土煙に汚れながらも、しかしあまり大きな怪我はない様子で兄たちの元へと走り寄った。義姉のアヤメへとその黒い目を向けたイズナは一瞬険しい顔をしてみせたが、しかし今はそれどころではないだろうとイズナは族長である兄へと向き直る。


「兄さん、伝令からだよ。戦はもうすぐ終わる」
「なんだと?」
「雇い主が相手に降伏する書状を用意している。こちら側の負けだよ。オレたちは早くここを離脱するべきだ」
「・・・分かった。伝令に伝えろ。各部隊、撤退だ。怪我人を優先して撤退させ、動けるものは殿を勤めろ。オレもすぐに行く」
「分かった。千手柱間がすぐそこまで来てるよ。兄さん、アヤメ義姉さんを頼んだよ」
「ああ」


 マダラの指示を聞いたイズナは固く頷くと、再びその姿を消した。今度はマダラの指示を伝令に飛ばし、撤退準備をするために走り出したのだろう。
 遠ざかって行く弟の気配から、すぐそこまで近付いた柱間の気配へとマダラは振り返った。


「マダラ!」


 昔のように、何度も何度も名を呼ぶ柱間に、マダラは僅かに眉を顰める。呼びかけられたその声に応える気は無いとでも言うように、マダラはアヤメへとより近付いて、扉間との戦闘のために余力の少ないその体を支える。
 マダラだけではなく、ようやくアヤメの存在も見とめた柱間は彼女を見やって、今回彼女との部隊とぶつかったはずである弟の姿を探して目を動かした。
 そうして、木の根元に座り込んでいるその姿を見つけた。


「扉間!」


 どこか悲痛な色を含んで駆け寄った柱間は、慌てて弟の命の無事を確かめる。と、弟はしっかりと呼吸をしているし、脈も正常である。しかしどこか虚ろな目をして、兄の柱間を見ることはない。
 これは、と柱間が顔を上げたのを見計らったかのように、マダラは口を開く。


「柱間。今回は後れをとる事となったが、次は決してこうはいかんぞ。そこの扉間も、せいぜい命拾いしたな」


 温度のない平坦な声でそう言い放つと、マダラは手に持っていた煙玉を地面に投げつけて破裂させ、煙の中にその身を紛れさせる。チャクラを潜めてその場を立ち去ったようで、煙の晴れたその場にはマダラも、そしてマダラが体を支えていたあの女性もいなかった。
 柱間はそんな友の姿を思い出して思うところがあったのか目を細めていたが、ううっと小さく呻く弟の声にその目を扉間へと向けた。ゆるゆると弟の赤い目に自我が戻るのを見て、柱間はその名を大きく呼ぶ。


「扉間!しっかりしろ!」
「、う・・・、兄者か・・・。うちはは、どうした」
「もう行ってしまった。大丈夫か?」
「く・・・。ああ、ただの幻術だ、問題ない」


 ぼんやりとする頭を覚醒させるかのように、大きく頭を振る弟の言葉に柱間は僅かに目を見張った。
 扉間は今回、あのうちはアヤメと対峙をしたのである。
 千手にとってうちはアヤメの幻術は、解くことのできない非常に厄介で殺傷能力の高いものだと恐れられている。そのため、幻術に落ちている弟を見たときには覚悟を決めなければならないかと柱間も肝を冷やしたが、その後に言い放たれたマダラの言葉が扉間の命は無事であると証明していた。
 その通りに、扉間本人に聞いても、アヤメのあの恐ろしい幻術ではなく、解くことのできる普通の幻術をかけられたという。しかし写輪眼を用い、なによりアヤメによってかけられたその幻術は、ただの幻術であっても厄介なものには変わりは無く。故にこうして扉間でさえも解術に時間がかかったのだ。
 立ち上がった弟の姿はボロボロで、怪我だらけだ。それに首には強力な力で締め上げられたらしい跡まで残っている。その跡をつけたのはおそらくマダラであろうと予測をつけて、柱間は弟へと問いかける。


「して、どうだった。あのうちはアヤメは」
「ああ。あれは面倒な女だ。接近戦ではあまり脅威にはならんが、やはり術の扱いに長けている。火遁と風遁の組み合わせは、なかなかに躱しきれん。それにあの目だ。目が見えんせいで、次を読むこともままならん」
「ほう。扉間にそう言わしめるとはな。イズナ以来の大敵ぞ」
「ある意味ではそう言えるだろう。だが、イズナよりは攻めやすい」


 所詮アヤメは女で、しかも術に特化した忍である。扉間にとっての好敵手であるイズナの機動力と写輪眼を活かした接近戦や術も扱う彼に比べれば、まだ攻め落とす方法はいくらでも思いつけるだろう。
 それこそ、接近戦で力押しの勝負になれば、必ずアヤメは落ちるだろう。
 しかし、それでも。


「あの幻術はやはり厄介だぞ、兄者」
「ふうむ。やはりそうか」
「あの女を押し切るには、まずあの目を封じる他にあるまい」


 ただの幻術であっても強力であったと言わざるを得ないその能力に、扉間は眉を顰める。
 何にせよ、うちはにはマダラにイズナ、アヤメという厄介な鬼たちが揃っている。しかもそれぞれがそれぞれを補うように動きを見せる分、一人だけを落とすというのはなかなかに難しいところでもあった。
しかし、それを可能にするのが扉間の役目でもあるのだ。
 ちらり、と自身よりも背の高い兄を見やって扉間は口を開いた。


「イズナとアヤメのことは任せろ。兄者はマダラの相手をしてくれれば良い」
「ああ。そうだな」


 そう言って一つ頷く兄の目に映る色に、扉間は溜め息を一つ吐き出した。
 その目には今もまだ、あの夢を描く輝きが宿っている。幼い頃にマダラと共に描き、マダラがいれば今も実現できると思って疑わぬ夢。もはやそれは夢とは言わずに、一種の執念とも言えるのではないだろうか。こんなにも長く続く争いの中でも、まるでそれが希望であるかのように、マダラにも伝え続ければまたあの頃のように笑いあえる日が来るのだと、兄は信じて疑いはしない。
 そんな兄の姿に、支えると決めたのは自分自身であるにも関わらず、やはり溜め息ばかりは禁じ得ないのだ。できることならば、あの危険なうちはを滅ぼしてしまいたいというのは扉間の本心であるのだが。
 その道は険しく、いつ終えるかもしれぬ果てしないものになるぞ。と扉間はいつも胸中で呟くのである。

2017/12/17
(2018/03/04)
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