逆さまになってわたしと踊りましょう


 以前、イズナがマダラに直談判をしてからというもの、千手との戦でのうちは一族の陣形に変化があった。
 それまでは、マダラとイズナを主とした前線部隊に、時折だがアヤメの幻術部隊が加わって前線を成すこともあった。が、しかしあの日のイズナの進言以来、前線に立つのはマダラとイズナを主とする部隊のみとなり、アヤメの幻術部隊は分厚い前線部隊の向こう側の、完全なる後方からその能力を発揮するようになった。
 未だ、千手にとってアヤメの幻術は、かかってしまえばそれで終わりの厄介なものである。ただ単に精神崩壊を起こすだけならはマシと言われるほどに、アヤメの幻術は苛烈で恐ろしいものであった。
 今回の戦でも、これまで通りにマダラには千手柱間が対峙した。常であれば、イズナに対するのは柱間の弟である千手扉間であったのだが、この日は様子が違っていた。


「お前は・・・」
「うちはの鬼一匹。この千手桃華が討ち取る」


 イズナの前に対峙していたのは、これまでアヤメの幻術部隊と相対していた千手桃華の部隊であった。千手桃華は柱間と扉間兄弟の影に隠れがちではあるが、千手一族の中でも凄腕のくノ一である。その千手桃華が最も得意とするのが幻術であった。だからこそ、千手は抑えられないアヤメをせめて同じ系統方面から阻害しようと、桃華をアヤメに当てていたはずだった。
 その桃華が前線にあり、かつ、うちはの二番手と言われるイズナの前にいる。
 この事実から導き出せる答えは簡単だった。


「くそっ!」
「行かせん!」


 誰に答え合わせしてもらわなくとも、イズナの脳裏に浮かんだそれこそが、この状況の正解である。
 忌々しそうに舌を打ち悪態を吐いたイズナは、自身の自慢の一つでもある機動力を活かしてその場を離脱しようと試みる。が、イズナのそんな動きすら予見済みであったであろう千手桃華の部隊がぐるりとイズナを囲い込む。抜け出す隙もないその包囲網に再びイズナは舌を打ち、即座に自身の口寄せを呼ぶ。大空に悠々と舞い上がるそれは、兄と契約しているものの弟分にあたる大空の支配者だ。


「兄さんに伝えて!」


 主人の命令に声高く返事をした鷹は、王者たる貫禄をもってその大きな翼で空を駆け抜けてゆく。忠実なあの口寄せであれば、そう時間はかからずに兄のマダラにこの状況を正しく伝えてくれるであろう。
 さて、では自分の成すことは。


「あんたに構ってる暇はないんだ。押し通る」
「できるものなら」


 眼前に構えた刃に、イズナの写輪眼がゆらりと煌めいた。

***

 アヤメは自身の部隊とぶつかっている千手を見やり、その美しいかんばせを忌々しく歪めて見せた。
 もう既に数人の部下たちが千手によって傷付けられている。ただでさえアヤメの部隊は術に特化しているせいで、体術や接近戦を得意としない者が多いというのに。
 アヤメも珍しく当初より自身の愛用である鎖鎌をその手に持っていた。


「なぜ貴様がここにいる、千手扉間・・・!」
「知れたこと。貴様を叩けば厄介な幻術使いがいなくなる」


 うちはとはまた違った生来の赤い目を持つ男は、小さく鍔を鳴らしながらその刃を構えている。それを見やりながら、アヤメはらしくもなく舌を打った。
 この場にいるのは、常であればイズナ隊とぶつかることの多い千手扉間隊だ。奴の隊の特徴は、扉間の正確で緻密な統制の元、その特攻力を活かした戦闘力の高さである。術の多彩性にも、体術や剣術にもそれなりに長じている者の多い均等のとれた部隊であった。
 ずば抜けて秀でている能力がなく、平均であるからこそ、扉間隊は厄介だ。特に、その中でもやはり部隊長であり、冷静な思考と判断力を持つ扉間が、何よりも最も厄介な存在なのである。イズナでさえ幾度となく刃を交えていながら、決定的な打撃を与えることのできない相手だというのに。
 純粋な能力だけでいえば、イズナにも劣るアヤメにこの窮地をどう切り抜ければ良いのか。アヤメはその頭の中で策を巡らせる。
 最も簡単な方法であるのは、アヤメの幻術を使用することだ。しかしそれをするには、まずはその目を合わせなければならない。扉間ほどの忍であれば、そう易々とは目を見せてはくれるはずもないだろう。ならばどうにか、その目をこちらへと向けさせなければならないのだが・・・。果たして、それをどうやって行うか。
 ここでアヤメが討たれては、扉間の言う通りうちはの弱体化へと繋がる。どんなに傷を負おうとも、生きていれば勝ちだ。
 アヤメは自身の手の内にある鎖鎌の握り心地を確かめるように、しっかりとその手の内に握りしめた。


「総員、ここを切り抜ける」


 アヤメの言葉に、忠実な部下たちもまたその切っ先を構える。と、飛びかかってくる千手の忍たちを部下に任せ、アヤメは扉間と対峙した。扉間は冷静にこちらの出方を窺っているようで、あまり動きを見せずにただアヤメの姿をその目に捉えている。どうにか、その目線を奪ってみせると、アヤメは目を細めた。
 動き始めたのはどちらが先であっただろうか。
 迫り来る刃をアヤメは鎌で受け止めると、その曲線を活かして力の方向を往なす。それも予測済みであったのか、すぐさま次の手へと扉間は動きを転じる。扉間は往なされた刃を返すようにして、今度は斬り上げてくる。それを鎌の鎖部分で絡めとり、アヤメは動きを封じた。刀身に絡みついた鎖にアヤメはチャクラでコントロールした渾身の力を伝わせて、その刃を捻じり折った。刀を封じられた扉間はすぐさま刀から手を離し、続いてクナイをその手に取る。刀ほどの射程はもちろん無いが、その分身軽には動くことができる。
 トッと軽い音で大地を蹴った扉間は、クナイを持たぬ手で手裏剣を三つアヤメへと投げつける。と、アヤメはそれを再び鎖の輪に手裏剣の切っ先を嵌め込むようにし、全てを無効化してしまう。その芸当に扉間が目を合わせないよう留意しながらアヤメを見ると、彼女の目はもう既に赤く染まっているのが見えた。
 自身にとっての好敵手であるイズナと同じようで、同じではないその輝きに、扉間は僅かに眉を細めた。
 三つ巴のその目は何でも見通してみせる。だからこそ、まるで針穴に糸を通すような芸当を、うちはは易々とやってみせるのだ。それがどれほどに厄介で面倒なものであるか。幾度となくうちはと戦ってきた千手だからこそ、伝え聞いているのみの他族以上にその厄介さと危険性を理解していた。
 じゃらりと地面に落ちる鎖と共に、扉間が放った手裏剣も地に落ちる。と、そんなアヤメへと、今度は扉間部隊の忍が投げつけた新たな手裏剣が差し迫る。アヤメはそれにもチラリと目を向けると、再び鎖部分を使って先程のようにその手裏剣を無効化する。しかし今度はそれを落とすだけではなく、鎖部分から引き抜いて手に持ちお返しだと言わんばかりに、その手裏剣を投げてきた忍へ一つ、もう一つを扉間へと投げた。
 それにも冷静に対処して飛び退いて避けた扉間の動きを読んでいたかのように、アヤメは一気に距離を詰めて鎖鎌を振りかざす。扉間は迫り来るその鋭い刃をクナイに滑らせるように往なして見せ、アヤメの空いた腹へと蹴りを叩き込んだ。


「ぐ、」


 小さく呻いたアヤメはその蹴りによって飛ばされ、しかし倒れる前に態勢を立て直そうとする。が、それを扉間が逃すわけもなかった。
 ようやく見えた隙だと言わんばかりに、扉間は態勢を崩したアヤメを追撃する。再び一気に距離を詰めながら、扉間は落ちていた誰の物とも知れない刀を手に取る。やはり、殺傷力は刀の方が断然に高い。
 再び迫り来る扉間の姿に、アヤメは咄嗟に目にも止まらぬ速さで印を組んだ。


「火遁・豪火球の術!」


 その術はうちはの者が最も多く使用する火遁であった。しかし術者によってその炎は異なる。未熟な者が使えば大した水遁を使わずとも防ぐことができるが、うちはの鬼と数えられているアヤメのそれとなれば、そう簡単にとはいかない。
 扉間もまた冷静に印を組み、自身のチャクラを練る。


「水遁・水陣壁!」


 水の壁を作り出し、巨大な火球からその身を守る。水と高温の炎がぶつかったことにより発生した水蒸気が霧のように扉間の視界を塞いだ。
 しかしこんなものすら、見通す目を持つうちはには何ら障害にもなりはしない。扉間も、感知能力には秀でているのでさして障害にもなりえなかった。この水蒸気に隠れて態勢を立て直そうとするアヤメの気配は、しっかりと扉間にも感知できているのだ。 
 そこだ、とアヤメの死角を突いて扉間はクナイを数本と投げつける。 
 走るクナイの先。風を切る勢いによって裂けた水蒸気の向こうに、目を見開いているアヤメの姿があった。こちらがその居場所を感知しているとは思わなかったのだろう。対処の間に合わないその距離に迫るクナイがアヤメの目に映り、そして。  鈍い音とともに鮮血が飛び散る。かと思われた。
 クナイがアヤメの額に突き刺さった瞬間、舞ったのは鮮血ではなく煙である。それは分身が解かれた時の煙で。クナイは突き刺さる対象を失って向こうの地面へと落ちた。
 それを見送るまでもなく、扉間は背後より自身の顔を撫でる指先に気付いた。その手に込められた抗い辛いチャクラコントロールの力によって、扉間の顔は強制的にそちらへと向かされる。
 そこにあったのは、まるで血のような濃い赤色の万華鏡。


「捕まえた」


 うっそりと、そう囁かれた言葉に全身の肌が粟立つ。マズイと思って目を閉じようとした瞬間に、叩き込まれたその衝撃によって扉間の意思は奪われる。
 くたり、と力を抜いて立ち尽くす扉間に、アヤメは目を細めて見せてから小さく息を吐いた。まさかあんか子供騙しのような術で扉間の不意を突けるとは思ってもいなかった。それだけこの男はアヤメを侮っていたということだろうか。
 それでも構わないと、アヤメは手に持つ鎖鎌を扉間の首にかける。
 ここでこの男を討たば、千手の能力は大幅に下がる。この男こそが、千手にとっての頭脳であるのだ。効率よく手足を動かすためには頭が必要である。その頭が潰れてしまえば、いかに千手が強くとも頭の無い手足を捻り潰すことはそう難しくはない。と、アヤメがその刃で首を刈り取ろうとした時であった。


「なるほど。やはり貴様は生かしてはおけん」


 背後から聞こえた声と、迫る気配にアヤメは咄嗟に身をよじった。と、鋭い切っ先がアヤメの肩から二の腕までをすっぱりと切り裂いていく。
 ぐっと顔を歪めながら跳躍して距離を取ったアヤメの目に入ったのは、自身の万華鏡によって幻術に捕らわれた扉間と、そうではない扉間の二人の姿。
 それがどういうことか瞬時に理解したアヤメは忌々しげに扉間を睨んだ。


「影分身か」


 沈黙こそが、是を示している。
 チャクラを持った影分身を囮に扉間はアヤメを誘い出し、アヤメはそれにまんまと引っかかってしまったのだ。何という失態だろうかと、血を流す腕を抑えながらアヤメは舌を打つ。
 化かし合いに負けたのは、アヤメの方だったのだ。
 傷を負ったアヤメに対し、無傷なままの扉間はこちらを鋭く見る美しい女を見た。女もまた再びその手に鎖鎌を携えて、扉間を見据えていた。
 もう同じ手が両者共に通じるはずもない。
 刀を携えて走ってくる扉間に、アヤメは目を細めて鎌を構えて待つ。 
 幾度となく剣戟を交えながらも放たれる扉間の体術に、アヤメはその写輪眼を以って次の手を読んで動く。後の手にはなるが、それでもとアヤメはその目に頼って扉間の動きを往なしてゆく。が、そのうちに扉間の攻撃がアヤメに少しずつ届き始めた。
 刃によって斬られ、拳や足によって弾き飛ばされる。
 アヤメは一旦扉間から距離を取ると、自身の腰に手をやって巻物を一つ取り出す。そしてそれを開いて、術式へとその細指を這わせた。すると小さな破裂音とともに煙が上がってあらゆる武器がその場に現れたのだ。それらをアヤメは手に持つと、的確に扉間の急所や体を狙って投げつける。扉間もそれらを刀を以ってして往なしながら、徐々にアヤメとの距離を詰めようとした。
 徐々に近寄ってくる扉間に目を細めたアヤメは、愛用の鎖鎌は腰に携えたまま、新たに出した二刀の小太刀を手に持って走った。数える間もなく交わされる刃と刃。二刀を持って舞うように剣戟を放つアヤメを、それでも扉間はその刃の全てを受けづつける。
 そうして返す刃で斬りかかってきた扉間の刃をアヤメがその小太刀で受け止めた時であった。扉間は印を組むことなく、天泣を口から放った。
 至近距離から放たれた水の針に、アヤメの目が煌めいた。その両目を狙って飛来する針に目を見開きながらも、アヤメは距離を取るように後ろへ飛び、扉間の刀と離れた片腕で目を守る。腕にいくつかの鋭い針が刺さると同時に、アヤメの体が横薙ぎに弾き飛ばされた。
 痛みを堪えながらもアヤメが見やればそこに、片足を上げている扉間の姿があって。天泣から目を守ろうとして腕を上げたせいで出来た胴体の隙に、扉間がその強烈な蹴りを叩き込んだのだ。
 地に叩きつけられた身を起こしながら、大きく咳き込んだアヤメの口から血が吐き出されたのを扉間は見た。先程の蹴りで骨が折れ、内臓をやったのかと。蹴りを放った張本人である扉間が眉を顰める。
 いや、しかし、それでも。
 アヤメは血を吐いて汚れた口の端を強引に拭って見せ、それでも潰えない殺気を以って扉間と対峙した。そんなアヤメの姿を見やって、扉間は自身の胸中に浮かんだ疑問を振り払い、再びうちはの女鬼と呼ばれる女を見る。
 女は目にも止まらぬ速さで再び印を組むと、その口元から凶悪な鎌鼬を生み出した。
 それを飛んで避ける扉間を執拗なまでに鋭い鎌鼬が追いかけてくる。そして更にと、アヤメが噴いた炎が鎌鼬と混ざり、轟々と燃え盛って木々を焼き払い切り裂きながら、扉間の後を追う。
 術によって攻守が逆転し、逃げる扉間はその目で女の姿を見とめる。
 うちはらしく美しいかんばせをした女は、今まさに自身を屠ろうと、ゾッとするような冷たい表情でこちらを見据え続けているのだ。

2017/12/17
(2018/03/03)
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