きらびやかな景色に目眩がした


「久しぶり」


 物言わぬその墓石へと目を合わせるようにして、屈んでイズナは薄く笑いかけた。
 そこに眠っているのは、生きていればイズナよりもいくつか年上であったであろう友である。兄のマダラと同じく、その血統と能力から同い年の友人を集落から得ることができなかったイズナにとって、彼の存在は幼い頃から唯一子供らしく振舞うことのできる相手でもあった。
 そんな彼がこの世を去ってから、もう何年かが過ぎてしまった。
 彼が去ってしまった頃よりもうんと苛烈さを増してしまった戦いの日々を思い、イズナは目を細める。


「お前が逝ってから、ますます戦場は苛烈になったよ。お前が生きていたら、お前もきっとうちはの戦力の一人になっていただろうなあ」


 彼はその姉と同じく、チャクラコントロールに長けた忍であった。うちはの十八番である火遁と、それをより強力に煽る風遁も使え、写輪眼こそ開眼していなかったが幻術にも長けていた。きっと写輪眼を開眼した後ならば、彼は今の姉のように千手を恐怖に叩き落とす忍になっていたはずだ。いや、彼は風遁よりもうちはらしい火遁を得意としていただろうか。
 何にせよ、今彼が生きていれば、きっとうちはの戦力は今以上のものであっただろう。そして何より、彼が、己が、そして兄が愛する女性が戦場に降り立つことも無かっただろうに。
 考えれば考える程に終わりのないそんな空論から頭を切り替えるように、イズナは小さく頭を振ってから再びその墓石へと口を開く。


「ああ、そういえばさ。お前の姉さんとオレの兄さんが夫婦になったんだよ。オレとお前で二人をくっつけようって決めてから、もう何年経ったと思う?・・・長かったなぁ。お前が逝ってから、お前の姉さんが戦場に出るって決めてから、あの二人の距離を近づけるのが難しくてさ。だって戦ってる最中に、色恋になんて現を抜かすような人じゃないだろ?お前の姉さんも、オレの兄さんも」


 だから、本当に苦労したよ。でも何かのきっかけで兄さんが動いて、ようやくお前の姉さんを妻に迎えるって言われた時には、本当に本当に嬉しかった。


「婚姻の儀もさ、二人とも華美なものは好まないとか言ってさ。翁たちが言うには驚くくらい質素な式になったんだって。でも、すっごく綺麗だったよ、お前の姉さん。・・・お前にもさ、見て欲しかったなぁ。兄さんと、義姉さんの式。本当に綺麗だったんだから」


 穏やかに笑いかけながら、イズナはその言葉を繰り返す。
 いつも彼は自分の姉のことを綺麗で優しくて自慢だと言っていたが、イズナもその言葉には賛同している一人であったのだ。
 人にはそれぞれ美醜の感覚があるとは言うが、イズナにとっても彼の姉というのは誰よりも美しい女性で、そしてその全身に愛と慈しみをいっぱいに秘めている女性だった。そんな姉を持っている彼をイズナは心の底から羨んでいたし、彼の姉を本当の姉に欲しいと思ったほどであるのだ。
 その望みは今やっと叶い、イズナにとって彼の姉は義理の姉となった。それを兄から聞いた時には心の底から喜んだし、それと同時にやっとかというような気持ちにもなった。
 しかしそれらと同じく、心のどこかに寂寞のようなものも生まれたのも事実だ。幼い頃から描いていた、兄と今の義姉が夫婦になるというその夢。友であった彼と共にずっと描いていた夢。その夢が叶ったというのに、その夢を共に描いていた彼が今ここにはいない。
 それがどこかイズナは悲しくて仕方がなかった。だが、彼はうちはの忍として誇り高く殉死した。それこそ、友はイズナの兄の命を守るかたちで果敢無くなったのだ。それを嘆くようなことは、彼の友としても、そして兄の命を救われた弟としても許されない行為だ。


「オレさ、もっともっと強くなる。兄さんと並んで立てるくらいに。義姉さんを守れるくらいに強くなる。だからさ、お前はもう少しそっちで待っててよ。・・・そのうち、オレも逝くと思うから」


 こんな時勢である。家で平穏と死を迎えられるとはイズナも思っていない。彼と同じように、死ぬときは戦場で華々しく死んでみせようと、イズナもそれを心に秘めている。これを兄や義姉に言えばきっと怒られてしまうだろうが、イズナは兄と義姉を守って死にたい。うちはの忍として、そしてイズナとして、自身が大切だと思う人々のために戦って果てたい。
 それをイズナが吐き出せるのは、彼が唯一の存在であったというのに。しかし、その彼はもう随分と前にこの世を去ってしまった。
 イズナはもう一度彼の墓石をじいっと見つめてから、薄く笑みを浮かべる。それからイズナは音もなく立ち上がった。


「それじゃあ。また来るね、ナツメ」


 今も変わらぬ唯一の友へと、イズナは笑いかけた。

***

 この日、兄夫婦と共に生活している屋敷にはイズナと義姉しかいなかった。
 兄のマダラは、一族の翁たちとの会合の参加のために家を空けているのだ。その会合の内容といえば、今来ているうちはへの依頼の選別と、今後のうちはの在り方についての話し合いである。話し合いと言えば聞こえはいいが、その実、あの狸のような翁たちが自分たちの意見を、さも一族の総意のように好き勝手に物申して来る会でもあるため、兄はこの会合に出るのがあまり好きではなかった。しかし族長としてそれに参加せぬわけにもいかない。今日も朝からイズナや義姉にのみ分かるくらいの表情の変化で、心底嫌そうな顔をしながら家を出て行った。
 その後、イズナは友人の墓参りに出かけ、そして今帰宅したというわけである。


「ただいま」


 カラカラと音をたてて、屋敷の玄関を開けながら中にいるであろう義姉へと帰宅を報せるべく声をあげた、時であった。
 カラリと開いた玄関先。普段であれば上がり框に腰をかけて式台にて靴を脱いで、用意されている手拭いで足を清めて中へ上がる。
 しかしどうしたことか、この日はその上がり框にて膝をついて座っている見慣れた人物と、こちらに背を向けて立っている小さな人物を見つけた。
 イズナの帰宅に気付いた義姉の目がこちらへと向いた。


「おかえりなさい、イズナ」
「あ、うん。ただいま、アヤメ義姉さん。お客さん?」


 再び義姉へと帰宅の挨拶をしながら、イズナは上がり框へと腰掛ける。そんな動作の中で彼女に向き合うように立っている少年へとイズナは目を向けた。
 少年はまだまだ幼さの残った風貌をしている。年の頃は十くらいだろう。くるくると、うちはにしては癖の強い髪質をしているらしい少年の顔立ちは、どこかで見たことのあるようなかたちをしている。
 じっとこちらを観察するような視線に気付いたらしい少年は、少し居心地悪そうに身動ぎをする。そんな少年とイズナの様子にゆるく笑いながら、アヤメは少年へと目を向けた。


「この子はわたしの叔父の息子のカガミよ。ほら、カガミ、ご挨拶なさい」
「カガミです。はじめまして、イズナ様」


 年の頃にしてはしっかりとしているらしいカガミ少年は、しっかりとイズナの顔を見ながら頭を下げた。イズナはそんな彼のくるくるとした髪の毛を見ながら、先程のアヤメの紹介からカガミ少年より感じた既視感の正体に納得をした。
 アヤメの叔父ということは、カガミの父はあのシブキの弟だ。やはり血族であるということもあるのだろう。カガミ少年はどことなく、幼かった頃のアヤメにも、その弟であるナツメにも似通った部分があった。
 こちらを見上げるその風貌に、どこか懐かしい友の面影を見出しながら、イズナはその柔らかそうな髪の毛を優しく撫でた。


「カガミ。お前も立派なうちはの男になるんだよ」
「はい!・・・それじゃあ、アヤメ姉様。オレはこれで」
「気を付けて帰るのよ。叔父上にもよろしく伝えておいてちょうだい」


 ぺこりと一礼をして駆けて行く少年の後ろ姿に、アヤメは目を細めてその小さな背が見えなくなるまで見送っている様子であった。少年の背が見えなくなる、というところで、イズナが立ち上がって開けっ放しになっていた引き戸をカラカラと閉じた。
 そんなイズナへと、アヤメはゆるく微笑んで礼を告げた。イズナは再び上がり框に腰をかけると、靴を脱ぐでもなくアヤメへと顔を向けた。


「あのカガミって子、昔のナツメにちょっと似てるね」
「そうなの。それに年の離れた従弟だから、すごく可愛くって」
「ああ、そうだよね」


 アヤメがナツメを、とてつもなく慈しんで可愛がっていたことをイズナはよく知っている。そんな愛弟の面影を感じさせるあの少年を、アヤメが可愛がらない道理はないだろうと。同時にイズナもまた、先程出会ったばかりの彼に対して懐古と慈しみの情を抱いている自分自身に気付いてた。
 履き物を脱ぎ、足を清めるイズナを待っていたらしいアヤメは、イズナが立ち上がると同時に腰を上げた。
 いつの頃からか、イズナもアヤメの身長を大きく越していた。しかしそれでも、兄であるマダラには追いつくことができなかった。
 ふと、イズナはアヤメの様子に思うところがあり、こちらに背を向けて廊下を歩き出そうとしていたアヤメの肩をそっと掴んで動きを止めた。


「ねえ、アヤメ義姉さん」
「なあに?イズナ」
「顔色、あんまり良くないけど・・・。具合悪いの?」


 こちらを向くアヤメのかんばせ。その美しさはいつもと同じである。微笑みを浮かべる表情も、ゆるく細められた目と、左目尻にある特徴的な二つ連なる黒子だって、いつもと同じである。しかし肌だけが、いつもより生白く感じる。頬にもいつもなら自然な赤みが差しているというのに、その赤みさえあまり見てとれない顔色をしているのだ。
 心配げな表情でこちらを窺うイズナの視線に、アヤメは少々困ったような顔をして微笑んでみせた。


「具合が悪いってほどじゃないの。ただ、少し風邪気味みたいで」
「え、大丈夫?寝てなくていいの?」
「それほどじゃないから平気よ。ありがとう」


 さあ、この話は終わり。とでも言わんばかりに、こちらに背を向けて廊下を歩き出したアヤメに対して、イズナはそれ以上を言うこともなく口を噤んだ。そうしてその細い背中に続くように廊下を歩く。
 兄が帰宅したら、それとなくアヤメのことを伝えておこうと、イズナは義姉の背中を見ながら心の内でそっと決めた。

2017/12/17
(2018/02/25)
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