きみだけをしあわせにできない世界の存在を知っているか


 忍とは、里とは何であるか。
 その答えを忍びの祖である柱間より聞き、己の中の答えを出したサスケの決意に、大蛇丸の穢土転生によって蘇った歴代火影たちはいざ行かん!と士気を高める。
 地上で今まさに忍を滅ぼそうとしているうちはマダラを、止めるために。
 初代火影である柱間が、弟である扉間に飛ぶように声をかけるも、扉間の体は穢土転生の術者である大蛇丸に封じられていて自由がない。動きを制するのを止めるように柱間が大蛇丸へと目を向けるのと同時に、三代目火影であるヒルゼンもまた、自身の弟子であった大蛇丸へと目を向ける。そうして大蛇丸の真意を知るために、口を開いた。
 サスケを見守ると、言い放った大蛇丸の真意を知るために。


「もちろん、同行しましょう。でも、その前に」


 この場でやることが残っていると言わんばかりのその言い草に、その場にいた誰もが怪訝そうな顔を向けた。それは、大蛇丸と共にここへ来たサスケたちも同じことであった。その中で唯一、顔色を変えなかった重吾を大蛇丸が呼び、それに答えるように重吾は自身の背に背負っていた棺桶をひとつ、大蛇丸と歴代火影たちの間に置いた。


「それは、」
「もう一人、呼び戻す魂がいるのよ」


 サスケの怪訝そうな声に、どこか笑みを含んでいるような声で大蛇丸が答えた。
 そうして、印を組み、捕らえていた最後のひとりゼツを生贄に。


「穢土転生の術」


 術の発動と共に、塵芥がゼツの体を覆い隠してゆく。おぞましいまでの叫び声をあげながら、その肉体がひとつの形を成してゆく。
 そうして象られたのは、女のかたちであった。
 頭の高い位置で簪によって結い上げられた、揺らめく射干玉の髪。闇の中に浮かび上がるような白いかんばせは、ゾッとするほど美しく整っている。しかしその滑らかな柔肌を走る亀裂が、その者が穢土転生によって蘇った存在であることを、ひしひしと訴えてくる。
 ぴくり、とその伏せられた瞼が小さく震えた。そうして緩やかに開かれた、夜を閉じ込めた様な黒曜石の目。その目に意識の色が宿るのを見た大蛇丸は、その口元に笑みを浮かべた。そんな大蛇丸とは対照的に、新たに穢土転生された者の後ろに立っていた柱間と扉間だけは、驚愕をその顔一杯に浮かべていた。


「えっと、」
「はて、この者は・・・」


 事態を把握出来ないヒルゼンとミナトが、不思議そうな顔をして、新たに現れたその背中と大蛇丸を見比べていた。
 ゆらり、と女の宵色の目が、大蛇丸を見た。


「目覚められましたか。アヤメ御前」
「なに?!やはり、アヤメか!」


 大蛇丸の呼び声に、誰よりもいち早く答えたのは、柱間であった。食ってかかるように身を乗り出し、柱間はその背へと呼びかける。
 どこか緩慢とした動作で、呼びかけられたアヤメという女は首を動かして肩越しに背後へと振り返る。瞬間、揺れる黒髪の間から覗いた見馴れた家紋に、ヒルゼンやミナトはおろか、サスケまでもが目を見開いて女を見た。
 黒曜石の目に柱間を写した女は、僅かに目を見開いて口を開く。


「柱間殿?どうして、柱間殿が・・・。それに、ここは、いったい」


 状況を把握出来ていないのは、女も同じであった。射干玉の髪を揺らして、きょろきょろと辺りを見回す。そうして、改めてその存在に気付いたかのように大蛇丸たちへと目をやった。


「どういうこと?なぜ、わたしはここにいる?なぜわたしは、お前に縛られている」


 女の問いが向けられたのは、大蛇丸であった。女の黒曜石のような目を受けて、大蛇丸はその笑みを深めながら状況を説明するべく口を開いた。


「私があなたを穢土転生したのですよ、御前」
「穢土転生?」
「ええ。あなたの死後、二代目火影となった千手扉間様が編み出した、死者を穢土より口寄せする術。その術で、あなたを呼び起こした」
「なぜ?」


 聞きなれぬ術と、その意図が分からぬといった様子で美しいかんばせを歪める女は、話を聞いている限りでは、それなりに古い時代の人間であったことが分かる。初代火影の時代より、特に二代目火影に就任して以降に、数多くの忍術を生み出した扉間の功績を知らぬ忍など、そういないのだ。
 つまり、この女はその時代を生きることなく、死んだ者であるということだ。
 そんな女を何のために穢土より呼び戻したのか。
 それを知りたいのは、なにも女だけではなかった。


「今まさに戦争が起こっているわ」
「戦争・・・。いつになっても、人は争うことをやめられないのね」
「・・・その戦争の首謀者の一人が、うちはマダラよ」
「、マダラ・・・」


 まるで懐かしむかのように、目を細めてその名を繰り返した女の姿に、大蛇丸もまた目を細めた。まるで、女のその反応すら予想通りであったかのように。


「待て」


 その空間を引き裂くように口を開いたのは、サスケであった。そんなサスケへと、女は初めてその目を向ける。


「貴様はいったい何者だ。なぜ、」


 一旦言葉を切る。目を細め、激情に耐えるかのように女を見据える。 
 サスケは見たのだ。女がこの状況を把握しようと辺りを見渡していた時に、その背に背負っていたその血脈の証を。


「なぜ、うちはの紋を背負っている・・・!?」


 半ば怒鳴るような声の強さで、サスケは女へと吼えた。女の背負う血脈の証は、サスケと、サスケの兄であるイタチの、その誇りを表す血脈と同じなのだ。そんなサスケの様子を、女はじっと見つめて、ややあってからようやく口を開いた。


「お前は、うちはの子ね」
「だったら、どうだっていうんだ」
「・・・わたしは、うちはアヤメよ。初めまして、若き同胞よ」


 女は自らをそう名乗り、そうして緩く微笑んだのだ。
 そんな女の名乗りに言葉を失っているようなサスケの様子なんて気にもしないように。アヤメの横へ並び立った柱間は、まるで旧友を懐かしむかのようにアヤメへと呼びかけた。


「アヤメ、久しいのう」
「柱間殿」
「これからマダラに会いにゆく。お主も、来るか」


 柱間の問いは、問いではなかった。まるでアヤメが行くことが断定しているかのような響きで、アヤメへと聞いたのだ。それ以外の選択肢などないと言わんばかりの力強さで。
 アヤメは一度目を伏せると、一拍の後にその目を開いた。


「ええ。行きましょう」
「それは、心強いぞ」


 笑う柱間に答えるように、アヤメもまた柔らかく微笑んだ。その目を夜色の黒曜石から、まるで血の色のように濃い赤い写輪眼に変えて、女は笑ったのだ。

2017/12/04
(2017/12/11)
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