硝子張りの檻


 うちはマダラが族長に就任してからのうちはは、部隊の構成が大きく変化していた。
 かつては族長であるタジマはいくつかの部隊を構成し、それぞれの部隊が均等な戦力を持てるようにと人員を配備していた。それに対し、代替わりしたうちはといえば。
 族長であるうちはマダラの手足たるマダラ隊の者たちは、族長であるマダラ直々により抜いた精鋭によって構成されている。その特徴はマダラの殲滅力を影より支え、攻撃力に特化しているマダラを補佐するように守備力の高い者が多かった。次に名の上がる部隊といえば、マダラの実の弟であるイズナ率いる隊である。その隊はイズナと同じく諜報や特攻攻撃を得意とする忍によって構成されており、抜群の機動力と特攻力を誇る部隊である。
 主に前線で駆け抜けるのがこのマダラ隊とイズナ隊で、この二つを周囲より補佐していたのが前線より一歩退いたところにて広範囲に展開していたのがアヤメ隊であった。アヤメ隊にはアヤメ自身が特化している幻術と忍術を得意とする多くの忍びによって構成されており、部隊の長であるアヤメの幻術はさしもの千手柱間でも解術することができない強力なものであった。
 この三つの部隊が今のうちはの主戦力で、それぞれの部隊の長がうちはの柱でもあった。
 それに対するように千手も部隊が構成され、マダラ隊にあたるのは柱間を中心とした部隊、イズナ隊にあたるのは扉間隊、そしてアヤメ隊にあたるのが柱間の側近である桃華隊であった。
 その形が成り立ってからというもの、もはやうちはと千手の一族同士の戦いというよりは、それぞれの一族を背負う三柱の戦いでもあった。


「イズナ、無事?」
「アヤメさんこそ大丈夫?」
「もちろん」


 圧倒的な術を以って互いと戦うマダラと柱間に対して、アヤメとイズナはこうして時たま合流して隊を動かすことがあった。
 二人は隣り合うようにして立つと、イズナの方が素早く印を組み上げる。大きく吸い込まれる空気とともにイズナの胸元が大きく膨らみ、その中で燃え上がるようなチャクラがふつふつと沸き立つ。


「火遁・鳳仙火の術」
「風遁・真空大玉」


 うちは一族の十八番の炎をイズナが吹き、その炎を煽り凶暴化させるのがアヤメの風遁であった。混ざった二つのチャクラは、より禍々しい熱風となって千手の忍たちを焼き払う。広範囲に渡る攻撃に混乱する千手たちのその中に、炎の熱さをものとしないアヤメが飛び込み、逃げ惑う千手の忍の一人に万華鏡の目を叩き込む。それによって幻術へと落とされたその男は絶叫しながら、より一層逃げ惑う。同胞のその様子に、慌てて対幻術能力の高い者が助けに行くが、絶叫する仲間の目を見たその忍もまたアヤメの幻術へと閉じ込められて行く。それに驚いた千手がさらに仲間を助けようと顔を覗き込んで、新たに幻術にかかっていく。最初に幻術にかかった者の目を見ると、伝染していくように次々とアヤメの幻術は新たな者へと広がっていくのだ。
 まさに、伝染病のようにその幻術は広がっていく。これがアヤメの万華鏡の能力だった。
 そして追い討ちをかけるようにイズナの火遁と、その手に持つ刀の刃が千手を屠るのだ。
 主に幻術と忍術を扱って戦場を錯乱と恐怖に叩き込むアヤメに対して、これまで千手が策を講じなかったわけではない。
 アヤメは女であるので、男との接近戦では力が足りずに押し負けようと、桃華はアヤメの目に注意を払って男の部下に命じてその懐まで飛び込ませたことがある。
 その忍はうちはの万華鏡を宿すその目を見ぬようにしながら、手に持っていた刀でアヤメの胴を目掛けて刀を振り抜いた。
 しかし次の瞬間に、音を立てて倒れたのは千手の忍であった。
 何が起こったのかとアヤメを見やれば、アヤメの手には鎖の付いた血濡れの鎌が握られており、その周囲には風遁を応用した風の障壁まで張っていたのだ。それに舌を打って、ならば鎌一本では対処できない数で攻め落とそうと数人がかりでアヤメに飛びかかる。と、アヤメの風の壁は一度限りの技であるらしく、新たな障壁を作る印を組む隙をもちろん与えるはずもないその攻め手に、アヤメは初めてその顔を青くしてみせた。しかしそれでもうちはの優秀な忍らしく鎌と鎖を器用に使って襲い来る刀を往なす。しかしそこは男と女の力の差によって、どんどん防戦一方に、そして体力と持久力の差によってアヤメの防御に隙が見えてくるようになると、アヤメの体には浅い裂傷が刻まれるようになっていた。
 それを見て、もう少してこの鬼を押し切れると誰もが確信した時。


「アヤメ!」


 全てを焼き払うような業火が千手の忍たちを襲う。強大で苛烈なその業火は、イズナの炎ではない。それよりももっと大きく、凶悪なものである。
 それを好機と、アヤメはそのまま後方へと大きく後退した。
 アヤメの本来の持ち場は前線では無く中後方である。たまに前線の補佐の為にあがってくることがあるが、基本的には分厚い前線の壁の向こうから目を光らせているのである。
 そして、そんなアヤメが前線に出てきたときは、必ずと言っていいほど、うちはの名高き兄弟のどちらかがアヤメについていた。そのだいたいが、攻守共に備えている兄の方がついている場合が多い。
 今回も、押し切られそうであったアヤメを救ったのは、うちはマダラの巨大な火遁であった。
 柱間の前から一瞬で戦場をこちらに変えたマダラは、その恐るべき業火を以ってして桃華の部隊の忍を次々に焼き払い、屠っていく。それは、柱間が現れるまで行われる、マダラによる一方的な殺戮だ。


「柱間!ここは任せる!」
「ああ!桃華は退け!」


 柱間が現れると、そこに展開していた全ての部隊を一斉に退きあげさせる。そうしなければ、あのマダラと柱間の大地を蹂躙するような戦闘によって、徒らに部下の命を散らせてしまうことになるからである。
 それはうちはも同様であるらしくて、早々にうちはの忍たちも主人との距離を開けていくのだ。
 そうして、最終的にはうちはマダラと千手柱間の戦いへと戦争は変貌していく。

***

「兄さん」
「なんだ、イズナ」


 戦後。自陣まで撤収したうちは一族は、皆それぞれがその始末に動いていた。
 回収した味方の死体を持ち帰るべく処理する者、血と脂に濡れた得物を手入れする者、血に汚れてしまった鎧の手入れをする者、負傷した味方の手当をする者などと、それらは自身のすべき役目を振り分けられた上で動いていた。
 そんな中、血染めの鎧を拭きあげる者へ託して身軽になったマダラへと、イズナが声をかけた。いつになく固い声色で名を呼んだイズナに対し、振り返りつつ弟を見やるマダラは剣呑に目を細めた。


「あのさ、提案があるんだけど」
「言ってみろ」


 いつもであれば、最愛の弟に対して誰も聞いたことのないような柔らかで穏やかな声を出すマダラであったが、戦場においては弟といえどその前に忍である。族長らしさを拭わぬマダラの様子をイズナも特に気にした風もなく、そのまま口を開く。


「オレもさ、アヤメさんにあの幻術習ってもいい?」
「・・・イズナ、アヤメのあの幻術はあいつ自身の瞳力によるところが大きい。万華鏡を宿したからと言って、お前まであれができるとは思うな」
「でも、兄さん、オレが使えるようになれば、アヤメさんが前線まで出張らなくても良いようになるじゃないか。今回のように、危険に晒すこともない」
「口を慎め、イズナ。私情を挟むな」


 ピシャリと言い放つマダラに対して、イズナは納得がいかないとばかりに顔を歪める。
 イズナはその生い立ちからして、マダラにとても可愛がられて育った。つまりはマダラと共に過ごした時間が誰よりも長い。父にも見せていないであろうマダラの側面も、イズナは知っている。そして、そのマダラが長く恋い慕う女が誰であるかも。
 あくまで族長として接するマダラに、これでもかという程その眉間に似合わぬ皺を刻みつけたイズナは、掬い上げるようにして垂れ下がっていた兄の手首を握った。そして、それを引いて歩き出す。
 どこへ行く、とのマダラの声に答えもせずに、イズナはただ歩を進めた。そうして立ち止まったのは、医療用の天幕の側であった。
 この天幕は、うちはで唯一女ながらに戦場へ出るアヤメのために用意されたものである。傷の治療のためには、場所によっては身につけている衣服を脱ぐ必要も出てくる。その時に女の身であるアヤメを男共と同じにしておくことはできないのだ。
 中にはアヤメを対応する医療の心得のある翁がおり、戦場でアヤメが傷を負うとここへアヤメは案内される。
 今も、その治療の真っ最中であろう天幕の中からは、翁とアヤメの気配が感じられていた。


「ねえ、兄さん。最近はアヤメさんがこうやって天幕に案内されるのもぐっと増えたよね。最初の頃は完全に後方にだけいて、幻術を使うだけで良かったんだからさ。でも、今は違う。アヤメさんも前線まで出張らなくちゃいけなくなってる。これがどういうことかくらい、兄さんならとっくに気付いているでしょ?」


 イズナの言わんとするところはマダラにだって分かっていることであった。
 血脈を重んじ、一族にこだわるうちは一族に対して。千手は婚姻によって結ばれた傘下の多い一族だった。元の数が違うせいと、代替わりをしてから一層戦が苛烈になったせいで、その戦死者の数は常に右肩上がりなのである。今うちはの戦力は千手と拮抗しているとはいえども、数では千手に大きく劣っている。誰かが欠けても埋める新たな要因のいる千手に対し、うちはな誰かが欠けたとなるとその穴を誰かが補わなければならない。
 その差が今後どう影響してくるかが分からぬマダラでは無かった。それはイズナも同様であった。
 イズナは真剣な様子でマダラの黒い目をじっと見つめる。


「いい、兄さん。兄さんと千手柱間の力は拮抗している。力の拮抗している兄さんたちでは、この戦いに勝敗を決めることはできない。だからオレと千手扉間、アヤメさんと千手桃華の側近同士の戦いが勝敗に大きく絡んでくる。そこでオレが千手でも対抗しえれないアヤメさんの幻術を身につければ、それだけでもうちは一族の勝率は倍に伸びる。だって、厄介な幻術使いが増えて、さらにそれが前線と後方の広範囲で目を光らせてるんだよ?どこに隠れたって、うちはの幻術からは逃げられなくなるんだ。うちはの戦力の増強にもなって、アヤメさんの身の安全を最低限確保できるんなら、安いものじゃないか」
「・・・」
「今のまま今日みたいなことが何度もあって、その度に必ずオレたちがアヤメさんを助けられると思う?千手柱間も千手扉間も、そんなに甘い忍じゃない。千手桃華だってそうだ。きっと次にはあの倍以上の数の男たちで、アヤメさんを押し切りにくる。それを成すために、千手柱間も千手扉間もオレたちを全力で足止めに来るんだよ。私情を挟んでいるのは、どっちだっていうの、兄さん」


 今度はイズナの方がピシャリと言い放つ。
 マダラが自身の手の届く範囲にアヤメを置きたがっているのはイズナも知ってはいるが、やはり女のアヤメが前線に立つには、あまりに前線が苛烈すぎる。アヤメは決して弱くはないが、その能力からしてもアヤメの担当は中後方よりの支援である。今はうちはの人数の欠如のために前線にも出張るようになっているが、本来はアヤメの役割分担はそのように決められていたはずなのである。
 これ以上弟の負担を増やして危険なめに合わせたくないというマダラの甘さが、最愛であるはずの女の命を危機に晒している。これ以上肉親を失いたくないというマダラの思いは弟にとっては嬉しい限りであるが、それと同時に守るべき女を失ってしまっても良いのかと。
 イズナは容赦なくマダラの甘さを暴いて行く。
 しばらく沈黙をしていたマダラであったが、ややあってからマダラはゆるゆるとその口を動かす。


「・・・分かった。幻術については今まで通りアヤメに聞け。だが、約束しろ、イズナ。決して死ぬな」
「・・・うん、善処する」


 快諾とまではいかなくとも、了承をしてくれた代わりに、随分と幼い約束をマダラはイズナへと取り付けた。イズナも、言い返すことはいくらだって出来たのだが、その言葉に込められたマダラの切実な心を感じ取って、何も言わずに頷くに留まった。
 矛盾しているマダラの心情こそが、このうちはの行く末なのかもしれないと、イズナはその胸中でひっそりと考える。
 しかし、この男はイズナとアヤメがいれば何度だって立ち上がることができる。これまでに千手との戦いによって無念のうちに散っていった者たちの為にも。もう立ち止まることはできない。

2017/12/13
(2018/02/10)
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