どうやっても死ねない終わり


 先の戦にて、うちは当主であったうちはタジマを討ち、それと同じくして千手も当主であった仏間が討たれた。
 その次から千手の当主は仏間の長子であり、また古の血筋を血脈を超えて唯一開花させた千手柱間が当主として据えられた。
 当主交代が起ころうとも、千手は毎日変わらずに雇われれば戦場へと駆ける日々を送っていたのに対し、うちははというと。先代となったタジマの代わりに、すぐに当主は据えられたはずだというのに、うちははあれから一度として戦場に姿を現わすことはなかった。
 まるで嵐の前の静けさのようなそれに、千手の誰もが息を呑んでいた。
 そんな中、次のうちは当主に心当たりのある柱間は、暢気にもうんうんと唸りながら頭を捻っていた。


「なんだ、兄者。そんなに唸って」
「おお、扉間。いやな、うちはがあまりに静かだと思うてな」
「ああ・・・そうだな。それに関しては皆も不気味がっている」


 千手とうちはといえば、長年争い続けている一族同士である。千手が出るのであればうちはが雇われ、うちはが出るのであれば千手が雇われると言われているほどである。
 そういう因縁の深い一族同士であった。
 先の戦で双方の当主が討ち取られ、同じ時期で双方の当主が代替わりを迎えたはずである。千手はそれからすぐにも戦に出ていたのだが、うちははどうしてだかここ最近は戦に出ていない。 
 新しく据えられた当主に、千手は柱間が。そしておそらく、うちはは、


「うちはは、マダラが当主となっただろうなあ」
「順当に考えてそうだろう」


 柱間が幼い頃に出会ったマダラ。
 最初は何も知らないまま、そのうちにまさかとも疑いながらも知らん顔をしたまま友であり続けようとした、大切な友である。その思いは今も変わらずに柱間の中にある。
 そして、そのマダラと柱間が当主になれば、きっとあの友はあの頃の夢を共に叶えてくれるのだと。
 そう柱間は信じてやまない。


「兄者は甘すぎる。あのマダラが、いつまでもそんな絵空事を信じていると本当に思っているのか?」
「扉間はマダラを知らんからそう言うのだ。マダラは心優しき男ぞ」
「信じられん」


 兄である柱間の言葉に、扉間は鼻を鳴らして一蹴する。
 ただのいち忍でしかなかったが故に、力を行使できない立場であったが故に、その夢を柱間は叶えるために動くことができずに友と刃を交えることしかできなかった。しかしこれでようやく表立って動くことができる。その補助を、自分よりもしっかりとしている扉間がしてくれるのだ。ここにあのマダラが加わるというのなら、まさに鬼に金棒である。
 柱間の夢とは。
 幼い頃にマダラと共に語っていた、子供が死ななくても良い、平和な集落を築くというものである。幼いマダラもそれと同じ夢を持っていたはずであるのだ。
早く、あの心優しき友と語り合いたいと、頬を緩めるお気楽過ぎる兄に頭痛すら覚えそうな扉間は、それはそれは重い溜め息を零した。
 と、その時、扉間はこちらへ向かってくる伝令の気配を察知した。


「兄者」
「うん?」
「伝令だ」


 言葉少なにそれを伝えた瞬間、兄弟のいる部屋から臨む庭に一つの影が落ちた。
 それは首を垂れて膝をついており、伝令でございます、と忍は口を開いた。


「うちはが戦場に出ました。千手に出陣の要請が来ております」
「おお、それは誠か!」


 この千手一族の総員が多いといえども、うちはの名を聞いて喜色を浮かべるのは柱間のみであろう。千手のその他の者や、他一族の者たちは皆うちはのあの赤い目を恐れ、物の怪だと怯えているというのに。
 ならば出陣ぞ!支度をせよ!
 と高らかに言い放つ兄の背を見て、扉間は再び溜め息を吐きながらもその意気を引き締める。
 当主を替えたうちはとの初めての戦いである。手足たる忍の動きというのはその首領の手腕に寄るところが大きい。果たして、あのうちはマダラを当主に擁したであろううちはは、どれ程のものになったのか。
 少なくとも、先代よりも苛烈なものになっているだろうと、扉間は目を細めた。

***

「マダラ!」


 土煙の向こうから、見知ったように名を呼ぶ声が聞こえた。それは成長して変声期を迎えた後であっても、戦場で幾度となく自身へと呼びかけてくる友の声であった。
 真っ赤に染まる写輪眼をその目に宿したまま、マダラはその目を声のした方へとぐるりと向ける。と、そんな当主の動きに気付いたのか、マダラに従う隊の者たちが一層の警戒を示す。
 今回は、先代から当主が替わってから初めての出陣である。
 入れ替わってからすぐに出ても良かったのだが、身の回りが慌ただしく忙しかったという理由で、その出陣が遅れていたのだ。
 そのため、マダラがその顔を見るのも久しぶりのものであった。


「柱間か」
「マダラ!やはりお前が当主となったか!」


 この血に濡れた戦場に相応しくないほどの朗らかさを見せる男とは、かつてマダラは友であった。しかしその姓を知り、マダラがうちはマダラとしてどうしなければならないのかを自覚した瞬間に、マダラは友を殺す覚悟をしたのである。
 それは、友以上に愛しい弟のため。友以上に愛した女のため。
 マダラは鬼となった。
 ゆらりと立ち上る苛烈なチャクラは、強大なまでの殺気を孕んで膨張していく。その重圧に並みの忍たちは顔を歪めて足を退いてゆく。その中でも、顔を歪めながらもどうにかその場に残っているマダラ隊の部下たちは流石なものである。
 この中に、かつては弟と同じく大切にしていた子供がいたというのに。
 もう失われてしまったあの子供を思い出し、マダラはその幻想を振り払うようにぎゅっと目に力を入れながら、千手の現当主の姿をその目に納めた。


「マダラ、これでやっとオレたちの、」
「まだそんな夢物語を追っているのか、柱間」
「な、」


 足を踏み出し、瞬く間に無防備の過ぎる男の懐まで間合いを詰める。
 凶悪な殺気を孕んだ熱風のようなチャクラが、柱間の鎧の上からも肌をジリジリと焦がす。


「オレはもうただのマダラではない」
「マダラっ、」
「オレは、うちはマダラだ」


 マダラによって大きく振り抜かれた大うちはによって巻き起こった風と、マダラの灼熱のチャクラが混じり合って、炎の鎌鼬に姿を変えてそれは柱間を襲った。
 それは何も柱間だけてはなく、その近くで展開していた千手の忍たちにも無尽蔵に襲いかかる。
 肌を焼き、裂き、焦がしていく熱風は、まさに地獄の風であった。
 それでもと友を見ることをやめられない柱間に対して、マダラはその端正な顔に唯一の表情だけを浮かべて、その目で見やる。


「刀を持て、柱間」


 その端正な顔に唯一、揺るぎない殺意の色を浮かべたマダラは、美しい万華鏡をその目に宿して柱間を睨んだ。

***

 何度となく得物を合わせ、術をぶつけ合おうとも、マダラと柱間の戦いに決着がつく気配は無かった。
 木を操る柱間に対して、マダラはその火力を以って焼き払いにかかってくる。それを更に物量によって柱間は封じんとするも、マダラはまだまだ余裕であるというような様子で火の勢いを高めていく。
 お互いに攻めあぐねている状態で、その手を互いに一瞬緩めた時であった。


「ああああああ!」


 絶叫する千手の忍が一人、二人の間に割り込んで来た。


「何事ぞ!」


 常であれば、マダラと柱間の戦いに双方の一族は示し合わせたように近寄ることはない。
 なぜなら、マダラと柱間の戦いはもはや人智を超えたものであり、常人では手の出せないような応酬なのだ。そんな中に並の忍が飛び込もうものなら、敵味方関係なく巻き込まれて死するのが必定である。
 しかしそんな戦いの中に、今までにない闖入者が現れたのだ。それが自陣の忍であることに気付いた柱間は、慌ててその者へ向けて走り寄る。


「おい、おい!大丈夫か、しっかりせぬか!」
「ああああああ!止まない止まない止まない止まない止まないいいいいいい」


 呼びかける柱間の声にも答えずに、狂ったように何事かを絶叫し続けるその忍はあまりに異様すぎて。その様相に、いつの間にか周辺で戦っていた多くの忍の視線がこちらへと集まっていた。
 その忍の狂乱の様子から見て、うちはの幻術をかけられているであろうことは明白であり、うちはと長く戦い続けている千手がそれを打ち消す方法を知らないわけがなかった。しかしもし当人では幻術を破れないというのであれば、誰かがそれを外部から強制的に破ってやれば良いと、柱間は幻術を破る印を組む。
 解!
 千手でも随一のチャクラを持つ柱間に、破れぬ幻術などこれまでになかった。だから今回もそのようにいくだろうと、解術の印を組み終えた柱間が安堵の息を吐いた瞬間であった。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああああおおおおおおおおオレはそっちになんかいきたくないいいいいいい!」


 先ほどと何ら変わらずに、この世のものとも思えぬ絶叫をあげたその忍は、何を思ったのか自身の手に持っていた刀で己の腹をさばき始めた。


「っ、よせ!」
「やめろやめろやめろオォォォ!オレの中に入ってくるなアアア!」


 骨に当たって上手く動かない刀を、その男はそれでも強引に引き裂こうと手を動かす。痛みを感じていないような様子で、その男は自身の腹を斬ることにのみ注視する。柱間がその手を止めようにも、その力は柱間ですら止められないほどの力が込められており。
 やがて、その腹を真一文字に刀が切り裂いて、


「あ、お、オレぇ、なんで腹、を・・・」


 ようやく自我を取り戻したその男は激痛と恐怖にその顔を染め上げて、自身で斬り開いた腹を見て絶命した。いや、正しくは自我を取り戻したのではない。あえて、絶命の瞬間にその自我を取り戻せるようにされていたのであろう。
 あまりに壮絶なその光景に、柱間はもちろん千手の一族は皆言葉を失い、動くことすら忘れていた。
 そんな中、ひらりとマダラの横に降り立った影があった。


「ああ、死んだのね」


 無感動な声色でそう言い放った声に、弾かれるようにして柱間の視線が向く。
 そこには、マダラの後ろに控えるようにして立つ、うちはの忍の姿が。しかし、これまで柱間が見たうちはとは違って、その者は女であった。
 戦に女を出さぬうちはの中で、唯一戦場へ出ることを許されたその女。
 その女がこの地獄を作った本人であると、その口振りからも推察することは簡単であった。
 マダラとは似て異なる紋様の万華鏡をその目に宿した女に対し、マダラは首だけで振り返って女を見やる。


「どうした」
「戦の勝敗が着いた。この戦い、こちらの勝ちよ」
「ああ、そうか。・・・あれはどうした」


 戦の終了を告げる女の声に、無感動に返事をしたマダラはそのまま顎で絶命した男を示してみせた。すると女は血色の万華鏡でちらりと柱間と、絶命した男を見やって緩く目を細める。


「あの男自身で中途半端にわたしの幻術を解術しようとしたせいで、より強い幻術が発動してしまっただけよ」
「そうか」


 簡潔とした女の返答にまた、マダラの方も簡潔にその返答をしてから、マダラはもはやこちらをちらりともせずに背を向ける。
 戦が終結した以上、これ以上その背に手を出すことは出来ず、柱間は呆然とその背を見やる。


「行くぞ」
「うん」


 マダラが背を許したその女は、マダラの示す言葉に一つ頷いて見せてから、マダラと共にその戦線を離脱した。
 これが、千手が鬼二匹と長く恐れる事となる二人のうちはを見た初めての戦であった。

2017/12/13
(2018/02/05)
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