ぼくだけの望郷


 あれから、二度目紅葉の季節がやってきた。


「マダラ」
「ああ、アヤメか」
「最近、良く会うわね」


 ここ最近のマダラといえば。
 かつての夏頃までは鍛錬の後には、あんなにも柱間少年と自己鍛錬や交流を深める時間ばかりをとって、アヤメと会う時間が減っていたというのに。今となってははマダラは空き時間ができると、まるで何かを埋めるようにアヤメに会いにくるようになっていた。
 その事実にアヤメが気付いていたことを、マダラは彼女の口振りから察する。しかしそれ以上は何も言わずに、自身に寄り添ってくれるアヤメに、マダラは小さく口を開いた。


「前に話した奴の話、あっただろ」
「・・・柱間くん、だっけ」
「ああ。あいつな、千手仏間のところの子供だった」
「・・・」


 それきり沈黙したマダラに、アヤメもまた口を閉ざした。
 マダラが柱間少年の話をアヤメにしてくれたのは、二年前の晩春から初夏にかけての時期である。それから梅雨を挟み、そして夏を迎え、秋となった。
 マダラがこうやってアヤメとよく会うようになったのは、夏が盛りを迎える少し前。つまり、その時期ぐらいに柱間少年の背景を知り、会わなくなったのだろう。
 マダラにとっての柱間少年は、この集落の中でずば抜けて優秀であったが故に同世代の友を作れなかったマダラの、唯一の同世代で同性の友であった。そのことは柱間少年との出来事を教えてくれたマダラのその口振りから、はっきりと言葉は無くともアヤメにも察することはできた。
 うちはと千手。千手とはその両一族が成り立つ頃より争い続けている、まさに宿敵の一族である。その千手の現当主が、千手仏間であった。マダラから聞いた話によると、柱間少年は族長の千手仏間の長子だったそうなのだ。つまり、うちはにとってのマダラがそうであるように、柱間少年は千手の次期当主候補なのである。


「もう、これまでに何度かあいつと刀を交えた」


 ぽつりとこぼされたその言葉に込められた感情を、アヤメは全てを汲み取ることはできなかった。
 だがそれでも、マダラがひどく落ち込んだ様子であるのは分かった。
 その心の苦悩がどれほどのものかを全て察することはできなくとも、柱間少年との離別の時期と同じくしてマダラが写輪眼を開眼したのを思えば、苦悩の一部くらいは読み取ることはできる。


「オレは、あいつを殺さなくちゃならねェ」
「・・・そう、だね」


 皮肉なものである。
 戦争のない平和な集落を作ろうと夢を語り合っていた相手こそ、何があっても殺さなくてはならない相手だというのだから。千手は、マダラの三人の弟たちの命を奪った怨敵で、一族の宿命の相手なのだから。けれど、それと同時にマダラが唯一その心を明かすことのできた相手でもあったのだ。
 そんなマダラの心情を思うと、アヤメは下手に慰めの言葉なんてかけることができなかった。
 神妙な様子で言葉を探しあぐねているらしいアヤメの様子を、ちらりとマダラは見やる。そうしてから、こぼれ落としたかのような小さな笑みを浮かべた。


「なんで、お前がそんな顔してんだよ」
「だって、」


 マダラが見やった先にあったのは、ぎゅうっと眉頭に力を込めて皺を刻み、どうしようもないと言わんばかりの表情をしたアヤメである。
 だいたいいつも穏やかな雰囲気を纏って微笑んでいるアヤメが、こうやって暗い表情をしているのが思いのほか新鮮味があって、そしてそれ以上にマダラには違和感しか感じさせなかった。
 小さく息を吐いて笑ったマダラは、その手を伸ばしてアヤメの頬をそっと撫でた。するとそれに驚いたように小さく目を見張って、アヤメは顔をあげてマダラを見た。


「アヤメには、そんな顔は似合わねェよ」
「マダラ、」
「オレはうちはマダラだ。昨日の友を斬ることとなろうとも、揺らぎはしねえよ」


 ニッと笑って見せるのは、マダラの本心からの言葉である。
 柱間に対して、惜しいと思う気持ちが全くないとは言えないが、それでもそれが定めであるというのであれば、それすらも享受して乗り越えてみせる。それが、マダラの気概であるのだ。しかしそれでも、マダラの中で柱間に対する心残りを今日まで引きずってきていた部分もあったが、こうしてアヤメが惜しんでくれれば、それでいい。胸がすくような気分であった。
 なおも暗い表情をしているアヤメに、マダラは彼女のその頬に添えていない方の手で彼女の細い手首をとって、自身の方へと強く引いた。するとまろびでるようにアヤメは足を踏み出し、その体はマダラの腕の中にすっぽりと収まってしまう。マダラの胸へやんわりと頬をぶつけたアヤメは、その腕の中でどうにか身じろぎしてマダラを見上げる。そんなアヤメに、マダラは小さく笑う。


「オレには、お前がいてくれるだけでいい」
「マダラ・・・」
「いつか、絶対に、お前が安心して暮らせる集落をオレが作る」
「うん」


 マダラにとって、アヤメはずっと守るべき対象だった。その庇護の中で穏やかに笑い、マダラを待っていればいい。そう、マダラはずっと思っている。
 そんなマダラの心中なんて知りもしないアヤメは、今も大人しくマダラの腕の中に閉じ込められたままで。
 つい、アヤメのその目が瞬いたのが見えた。


「ね、マダラ」
「なんだ?」
「背、伸びたね」
「ああ、今が成長期だしな」


 同じとまでは言わないが、それでもあまり差の無かった身長差が、今は大きな差となっている。
 その成長は、マダラが戦の前線に立つようになってから顕著となったのではないだろうか。子供らしかった手も、今や刀を握るに相応しい硬く武骨なものとなろうとしている。顔つきも随分と精悍なものへと変わっていっている。
 どんどんと大人へと成長していくマダラに、アヤメはどこか眩しそうに目を細めてそのまま話を続ける。


「あの子、マダラの足手纏いになっていない?」
「ああ、お前の弟か」


 アヤメの言葉に、脳裏に浮かべる自分よりも年若の少年。二年前に補給部隊として戦へ参加するようになった彼は、今年の夏から前線にて初陣を飾ったのだ。
 アヤメの弟である彼は、彼らの父上のその才をそのまま受け継いだ子供に育っていた。同じ頃のマダラまでとはいわないが、それでもなかなかに優秀で、将来の有望な少年であった。
 そんな彼は今、マダラの所属している小隊に部下として配属されているのだ。
 戦ではない時には美しい姉離れが未だにできていないし、顔付きは姉に似ておのこにしては整っており、そっちの意味でも将来の有望な無邪気な少年を思い浮かべ、マダラは小さく笑みをこぼした。


「大丈夫だ。あいつは立派に働いてるよ」
「そう、それなら良かった」


 笑った顔は、本当にあの弟とそっくりである。
 マダラの父であり、うちはの族長であるタジマの小隊にて今も活躍しいてるアヤメらの父シブキは優秀なうちはの忍であり、そしてその子供たちであるアヤメと弟も優秀であった。アヤメはおなごにしておくには勿体無いとさえいわれる才を秘めていたりもする。
 それを大人の忍たちがたまにシブキに対して冗談のようにこぼしているのを、マダラも彼女の弟も何度も耳にしたことがある。
 それを耳にするたびに、あの少年はニヤリとした笑みを浮かべてマダラを見上げてこう言うのだ。


「姉上がおなごで、本当に良かったですよね、マダラ様」


 ニタァと子供らしからぬいやらしい笑みを浮かべる彼に、マダラはいつも引きながらも思わず小さく頷いてみせるのだ。彼のその表情にいつも引いてしまうのだが、しかしその内容には毎回心の底から賛同するものである。
 アヤメがもしもおのことして生まれていたのであれば、マダラとアヤメのこういった関係は生まれていなかっただろう。こうして、恋う人の体温をマダラが知ることもできなかっただろう。
 アヤメがおなごで、マダラがおのこだからこそ、これが叶う。そして、マダラの夢の一つも、そうでなければ叶わないものなのだ。
 たまに生意気さとませた部分を持つ彼女の弟は、おのこだからこそそんなマダラの心中に気付いている。気付いて、ああやってたまにからかいにくるのだから、本当に憎たらしい子供である。


「本当に、お前の弟はよくやってるよ」


 マダラのその言葉に含まれている部分など知りもせずに、アヤメは嬉しそうに笑みを浮かべる。
 ゆるく抱きしめたその状態をアヤメが拒否しないからと、そんな言い訳を自分の中でこぼしたマダラは、そのままアヤメと他愛のない話を続けた。アヤメもまた、何も言わずに彼へと色々と語りかけるのであった。

2017/12/11
(2018/01/19)
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