うつくしさを知った氷は触れる


 満開の桜の咲いた、その春。
 珍しくこの日はどこの国からの依頼もなく、優秀な忍一族として各国に名を馳せているうちは一族にも束の間の安息が訪れていた。
 当代のうちは一族頭領であるうちはタジマは、うちは集落からほど近い山中にある桜の名所へと妻や子供たちを連れて花見へとやって来ていた。


「わあ!綺麗ですね、父様!」


 にこにこと笑う息子を見ていれば、まるで常の血腥い戦ばかりの日々が嘘のようにも感じられる。
 きゃらきゃらと子供らしい笑い声をあげて、一番上の兄へと弟たちがじゃれつくのをタジマと妻は穏やかな心持ちで見ていた。
 ここは桜の名所として有名な場所の一つではあるが、うちはの集落から近いためか、うちは一族の者以外が決して近寄ることはない。
 うちは一族といえば。
 この戦国の世において長く名を馳せている忍一族で、その祖はかの六道仙人の上の息子であるといわれている。その血を引いているうちはは優秀な一族で、並みの忍では敵わないほどの実力を有している。そんなうちは一族に唯一拮抗した力を持っているのが、うちはと同じく六道仙人の下の息子を祖に持つ千手一族である。千手一族についてもまた、うちはのみがそれと拮抗することのできる実力のある一族であった。
 うちはと千手。相対するその一族同士は、祖である兄弟の時代より長く争い続けていた。もはや、なぜ兄弟が争いを始め、何のために戦っているのかを知っているものは少なく、ただ千手であるから、うちはであるからという理由と、長きに渡る戦に絡まる怨恨を理由に戦い続けている一族なのである。
 しかし、今は。
 戦のことは忘れて、ただの父として、タジマは子供達を見ていた。


「族長様も来られておりましたか」
「おや、シブキと奥方殿ではありませんか」
「我々もご一緒させていただいてもよろしいですか?」


 もちろんと頷いたタジマに、物腰柔らかい口調で礼を言ったのその男は、うちはシブキと言って、年若いながらもうちは一族の優秀な忍の一人であった。彼の後ろに控えているのはその奥方で、さらに後ろをついて回る小さな影にタジマは気付いた。


「その子たちは、」
「ああ、うちの子たちです。ほら、遠くに行かないように遊んでおいで」


 父であるシブキに促されて、母の影に隠れていた二つの影のうち一方の影が飛び出すように駆け出して行く。彼の息子であるその子供は、はらはらと散る桜の花弁を一心に見つめながら、宙を舞うその花弁を捕まえようと一生懸命に小さな手を伸ばしている。
 そんな末息子の姿に目元を緩めながら、シブキはもう一人の影へと手を伸ばす。


「アヤメ、ナツメを見てあげるんだよ」
「はい、父様」


 行っておいで、と背を押すと、弟の元へと駆けていく小さな姉の姿に、一層シブキは目元を緩めていた。
そんなシブキの父親としての姿に新鮮味を覚えながら、タジマは小さく笑った。


「やはり、女の子は可愛いですか?」
「族長様っ、それはもう!目に入れても痛くないほどに可愛いものですよ!」


 アヤメは・・・。
 と、そこから自身の奥方と娘の話の混ざった、惚気話を怒涛の勢いで話し始めるシブキの話をタジマは聞きながら、戦中とのあまりの違いに目を細める。
 うちはシブキは、族長であるタジマと同じ部隊に所属しているまだ年若い方の忍である。元服と同時に今の奥方を娶り、最愛の妻との間に二人の子供をもうけている。家庭では妻と子供を愛する良き男であるとの話は、族長であるタジマの耳にも届いていた。
 しかしそんなシブキも一度戦へ出陣すれば、他一族にも名を馳せている優秀な忍として活躍するのである。
 シブキの得意技は、うちは特有の血継限界である写輪眼を使用した術のコピーと、その写輪眼による幻術である、しかしコピー技以上に、その幻術の厄介さの方がシブキは有名であった。彼の幻術に落ちた相手は、あまりの幻術の強力さに自我を崩壊させるほどのものであるのだ。解除するのも難しい強力なものであるがゆえに、うちは一族の中でも特にシブキの目を見てはならぬと言われている程のものである。
 しかしそんなシブキは今、族長であるタジマに対して嬉々として娘の素晴らしさを語っている。
 毎日が明るい、家に帰った時に癒される、ご飯も作ってくれるようになった、妻と並んだ時にはそれはもう。
 そこまで語って、シブキはふと思いついたように口を閉ざしてタジマを見た。急におしゃべりの止まったシブキの様子に、タジマはどこか驚いたように彼の様子を伺った。


「シブキ?どうしました?」
「・・・そういえば、族長様のご嫡男のマダラ様と、うちの娘とは同い年であられると思いまして」


 シブキの言葉に、タジマも子供たちへとその視線を向ける。
 と、そこにはいつの間にやら一緒になって遊んでいるタジマとシブキの下の子供たちを見守るように、両方の長子二人が距離を置いて立っている。
 タジマはシブキの娘であるアヤメを見やり、僅かに目を細めた。
 うちは一族の特徴には写輪眼の他にも容姿的なものも存在している。それが、一族の者皆が容姿の整ったものであることであった。しかも六道の血を薄めないために同族内での婚姻を繰り返してきた背景があるがゆえに、その美しさがどこか病的な者さえいる。
 タジマの息子たちも、それまでの例に習って、うちは一族らしい容姿をもって育ってきているのだが。シブキの娘であるアヤメはどうだ。
 まだ子供であるはずだというのに、アヤメは恐らくその中でも群を抜いた容姿を持った娘であるといえるだろう。シブキもその奥方も整った容姿をしているのだが、両親の良い部分と、両親の血筋の中から良い部分のみを引き出したかのような、そんなかんばせをしている。
 アヤメはどちらかといえば、病的なうちはの美貌であると判断しても良いだろう。


「・・・シブキ」
「はい」
「アヤメを、しっかりと育てなさい。あれは、危うい」
「・・・ええ。存じて、おります」


 神妙な顔付きで頷いたシブキに、それ以上のことをタジマは言わなかった。だが、それでもシブキにはその言わんとしたところをしっかりと汲み取ったのであろう。自身の愛娘を見て目を細めていた。
 うちはの女は、男よりもその美貌の麗しい者が多い。ゆえに、男共から早くより性の対象とされることが多く、自身の身を守るために戦場へは出ずに集落に囲われている。同族間であれば、通常はその親たちや周りの者が厳しい規律を以って管理しているが、それでも不埒な輩がいないというわけではない。
 だから女共は男よりも早く、親から忍術を教わる。そして、下の兄弟や自身の子ができたときに、その術を教えるようになるのだ。うちは一族の男はもちろんのことであるが、女たちも実は忍としての能力は優秀なものであるのだ。
 しかしどんなに優秀であっても、うちはは戦場には女を出さない。
 戦場という特殊な環境下において、同族であるという規律を守っていた厳格な男であっても、命の危機が身近であるがゆえに子孫を残そうとする男の本能には屈してしまうのだ。さらに万が一にも他一族に女が囚われでもすれば、その美貌ゆえに男共の慰み者にされるのは必至であるのだ。
 うちはは一族婚であるからこそ繁栄してきた一族である。しかも一夫一妻であるがゆえに、唯一と決めた伴侶を生涯愛し続ける一族なのだ。
 その習慣をうちはは古より守り続け、女たちは自身の運命を同族の中から見つけ出すのだ。
 それまで、女は男に汚されてはならない。
 美しいアヤメであれば、それに気を払うのは殊更である。
 それをタジマは改めてシブキへと釘を打ったのであった。
 改めて、タジマはシブキの娘であるアヤメを見やる。
 子供にしては成熟しているように見える、そのかんばせ。美しく整っているそれは、見る者を惑わす魔性すら秘めていることであろう。これがどう成長していくのか。
 きっとそのことに毎日気を揉んでいるシブキを思いやって、タジマは小さく苦笑した。

***

 ハラハラと桃色の花弁の舞う中で、その姿を初めて見たときの記憶は、あまりに鮮烈なもので、それだけはいつになっても忘れることなどできなかった。


「はじめまして」
「お、おう・・・。は、はじめまして」
「わたしはアヤメっていうの。あなたは?」
「オ、オレは・・・」


それは、最初で最後の恋だった。

2017/12/10
(2018/01/06)
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