アンナの部屋にはたくさんの絵が飾られている。それは彼女が自身の給金を貯めて買い集めたものだったり、彼女自身が描いたものもある。彼女が描いた絵はほとんどが風景画や花の絵ばかりで、それが彼女の趣味だった。
 彼女はシーザーと同じように本来であれば学生なのだが、この1ヶ月だけはリサリサに言われて学校を休んで島で慌ただしい毎日を過ごしている。学校で彼女は芸術に触れ、絵を知り、描く才能を開花させた。彼女の絵はその市の展示会で賞をもらうほどのもので、その才を伸ばせと芸術の教師からよく言われていた。だが彼女にとって絵は趣味の範疇でしかなくて、その才能を伸ばしてどうこうしたいとは思っていなかった。
 今日も、仕事の合間に島で1番見晴らしのいい場所で絵を描いていた。


「スージーQ?お前なにやってんだ?」
「しー!聞こえちゃうでしょーっ」


 ぼんやりと立っているように見えたスージーQにジョセフが声をかけると、振り返ったスージーQは噛み付かんばかりの勢いでジョセフへと詰め寄った。自身の唇に人差し指を当てて静かにしてのポーズをしたスージーQに、彼女の勢いに若干押されながらジョセフは頷いた。そんなジョセフを見て良し言わんばかりに頷いたスージーQは、おもむろに先ほどまで彼女がぼんやりと立って見ていた方向へと指を向けた。
 なんだぁ?
 器用に片方の眉を上げながらスージーQの指差す方向へと顔を向けて、


「あ」


 その一言を零した。
 スージーQの指差す先。ジョセフが顔を向けた先には、この日は冬の季節に不似合いな春のような穏やかな日差しの差し込む中で島に住まう一組の恋人達の穏やかな姿があった。
 今はシーザーとジョセフの2人は修行と修行の間の僅かな休憩の真っ最中だった。といっても、もうそれぞれ師範代から別メニューでしごかれている2人は以前のように休憩のタイミングが同じというわけではない。ついさっき休憩となったジョセフと違って、シーザーはもっと前から休憩時間に入っていたのだろう。
 ベンチに座って絵を描いているらしいアンナの膝に頭を乗せ、器用に大きな体を丸めてシーザーは仮眠をとっているようだった。たまに絵筆を止めるアンナは絵の具で汚れていない手でシーザーのふわふわとしたブロンドを撫でている様子が見えた。
 どうやらスージーQはそれを見ていたらしい。
 それを知ったジョセフはにんやりとした笑みをマスク下の唇に乗せ、目を細めてスージーQを見た。


「おいおい、スージーQ。お前のぞき見なんてするもんじゃあねェぜー」
「だ、だってぇ。あの2人の雰囲気って、すごく素敵じゃない。見てるこっちの方が温かい気持ちになってこない?」
「まあ、お前が言うことも分かるけどよ」
「でしょ?というか、JOJOも気になるんじゃないの?あの2人の様子」
「…」


 ぐっと押し黙るジョセフにスージーQは可愛らしく無邪気な笑みを浮かべて、図星でしょー?と笑った。のぞき見はダメ、と言ったジョセフだってあの2人の様子が気にならないと言えば嘘になる。なんたってあの2人がくっつくきっかけを作ったのはジョセフである。
 ジョセフがシーザーを焚きつけるように挑発して、それに乗ったシーザーが自覚し、勢いでその感情を吐露するように仕向けたのだ。ジョセフが企てなければきっとあの2人はずーっとあのままだっただろうとジョセフは胸を張って断言出来た。
 シーザーと想いが通じ合うまでのアンナは、ジョセフが愛する祖母であるエリナと似通って見えていた。
 祖母のエリナは夫を新婚旅行へ旅立つ船の中で喪い、短い時間しか夫とともに過ごすことはできなかった。彼女はその頃の思い出に想いを馳せ、今もまだ亡き夫であるジョナサン・ジョースターを心の底から愛している。だがエリナの想いに応えて愛してくれたであろう男はもういない。たまに見せる寂しげな感情の中に、どうしようもなく大きく深い愛情を込めた表情で祖父ジョナサンとの写真を眺めている姿をジョセフは見たことがあった。いつもは気丈に振舞っている厳格な祖母のその姿を、ジョセフは一度だって忘れたことはなかった。
 そんな祖母の姿と、アンナの姿が同じように感じたのだ。
 祖母のように愛する男を失ったというわけではないが、それでも長い間一途に1人の男だけを思い続け、その男に応えてもらえなくても側にいられるだけで幸せだと微笑む姿が。なにもなくても、応えてくれなくても、自分以外の女にばかり愛を振りまく男へと、ただただ優しい愛情を向け続けたアンナの笑顔に、ジョセフは彼女には幸せになってほしいと思ったのだ。
 悲しげな祖母の姿と重ねてしまったからかもしれないが、だからこそ、アンナに幸せになってほしかった。他の女にばかり愛を振りまく男を見て、男に気付かれないように切なげに微笑むのを見たくなかったのだ。
 だからジョセフはシーザーを焚きつけるようにアンナとの距離を態とらしく詰めて見せつけたのだ。しかしあのままシーザーが自覚をしないのなら、本当にアンナは自分が奪ってやると思っていたのも事実ではあるが。
 だが、やはり自分や他の男ではなく、シーザーだけが彼女を幸せにすることができるのだろうと、穏やかな時間の流れを感じさせる2人の様子を見て目を細めた。


「いいよなあ、あの2人」
「え?」
「ああいう風な恋人同士の時間ってのに憧れるよなあ、って」
「意外!JOJOはどっちかっていうと、恋人と友達みたいにはしゃいだり遊んだりするのが好きそうだって思っていたわ」
「俺だってなー、ああいうのに憧れたりするんだぜ」
「ふうん。でも、その気持ち私も分かるわ。私もあんな風な恋人同士の関係に憧れるもの」
「だよなぁ」


 なんて2人並んで恋人同士の様子を見ながら話を続けていた。もちろん、アンナやシーザーに聞こえてしまわないように気をつけながら。
 そうしているとふいにアンナが何かに気づいたように絵筆を止め、手をタオルでしっかりと拭いた。そうしてからアンナは体を僅かに丸めて何かをシーザーへ囁きながら、彼女の手が彼の肩を揺すった。ややあってから目を覚ましたらしいシーザーは身を起こして、自然とアンナの頬へ手を添えて唇を重ねた。すぐに唇を離したシーザーは微笑みながら何かを言ってアンナの髪を撫でた。そうしてから今度は彼女の額にキスをしてから、シーザーは立ち上がってそこを立ち去った。
 どうやら、修行再開の時間が近いらしい。


「ほんとに仲良いわよねぇ」
「あいつのああいうキザなところだけは憧れねえけどな!」
「えええ!女の子は少しくらいキザな方が好きなのよっ」
「そうだとしても!俺はああいうのは無理!ダメ!聞いただけでも歯が浮きそうだってのに、自分が言うなんて想像もできねえ!ていうかしたくない!」
「そこまで言うんなら、ちょっと私に言ってみなさいよ。言ってみれば意外と悪くないかもしれないじゃない!」
「やだねー!」
「あ、JOJO!待ってー!」


 逃げたジョセフを追いかけるようにスージーQも走り出した。
 休憩時間では体力回復のためにどこかで寝ようと思っていたジョセフは、その休憩時間をスージーQとの追いかけっこに費やしてしまい、その後の修行でばててしまって師範代から余計にしごかれることとなった。

***

 気がつけばシーザーが修行再開だと言っていた時間まであと10分しかないのに気付いてアンナは絵筆を止めた。用意していた濡れタオルで手の汚れをできるだけ落とし、アンナは少しだけ身を丸めてシーザーの名前を呼びながら肩を揺らした。


「シーザー、シーザー、起きて?」
「ん…、アンナ」
「シーザー、もう時間よ」
「ああ、もう時間か」


 目を開いたシーザーはアンナの膝に乗せていた頭を上げて身を起こして、彼女の隣に座った。目を覚ますように小さく頭を振ったシーザーはアンナを見やり、彼女の頬に手を添えて顔を近づけた。ちゅっとリップ音をたてて重ねた唇を離し、鼻先がぶつかりそうなその距離で微笑みを浮かべた。


「起こしてくれてありがとう、アンナ」
「、ううん」
「照れているのかい、愛しい人」
「もう、シーザーっ」


 身を離してアンナのブロンドの髪を撫でるシーザーに、照れ隠しのように彼の名をアンナは呼んだ。微笑みを浮かべたままシーザーは今度はアンナの額にキスをした。


「頬を赤くしたアンナも可愛いな」


 ますます頬を赤くするアンナの姿に離れがたい気持ちがこれ以上強くなってしまわないようにと、シーザーはベンチから立ち上がった。自身を見上げているアンナの頬をするりと撫でて、シーザーは離れがたく思う気持ちを抑え込む。


「それじゃあ、行ってくるよ」
「うん、頑張ってね」
「ああ」


 彼女に背を向けて歩き出した瞬間、シーザーは自身の気持ちをプライベート用から修行用に切り替える。どんなに辛くて苦しい修行であったとしても、これから先の未来を彼女とともに過ごすためならば、とそう思えば何も辛くなんて感じないのだ。
 ジョセフに嵌め込まれた死の結婚指を解除するため、彼女と共に生きる未来のため、シーザーは今日も修行に励むのだ。

(2015/03/13)
(2015/05/01)
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