「やあ、アンナ!今日はあの可愛らしい連れじゃあないんだねえ」
「ええ、彼女は用事があって」
「そうかい、そうかい。ああ、あとこれはおまけしておくよ!」
「わあ、ありがとうございます」


 行く店は決まっているのだろう。歩いてくアンナの足は迷うことなく次々に買い物を済ましていく。その最中、彼女は店の店主らしい男や女などとのたくさんの人々と談笑を交わす姿をジョセフは見ていた。
 小さく、控えめに笑う彼女は、なるほど、人が放っておかないタイプの人間だ。あのシーザーが落ちてしまうのも納得してしまう。
 アンナは美しいという言葉が似合うリサリサのように圧倒的な存在感があるわけでもないし、スージーQのように可愛らしさと愛嬌に満ちているというわけでもない。アンナに似合うのは可憐という言葉だろうか。しかし、どこかその可憐さの中に儚さをも感じるのだ。彼女の故意でなくとも、彼女はきっと男から守りたいと思われるタイプの女性だった。
 ふわふわ波打つブロンドの髪を見おろして、そんなことを考えながらジョセフはアンナの後を追いかけていた。


「ジョセフさん」
「ん?なんだ?」
「もう買うものは全部買いましたし、帰る前に少し休憩をしませんか?」
「お、ナイスアイディア!それじゃあ、あそこのカフェなんてどうだ?」


 頷いた彼女を連れて、ジョセフはカフェへ入る。ジョセフはコーヒーを、彼女はカフェモカを頼み、2人は路面に面したテラス席に腰を下ろした。四人席の余った席に買った荷物を置いてジョセフは息を吐く。


「重かったでしょう。疲れましたか?」
「あーんなの、男の俺にはへっちゃらよォ。重くもなんともないぜ!」
「ふふ、そうなんですか?」


 小さく笑ってカップに口をつけたアンナに倣って、ジョセフも砂糖とクリームで味を整えたコーヒーを飲む。
 今はもう15時を過ぎたくらいだろうか。島を出たのは13時頃だったから、もうあっという間に2時間が過ぎてしまったようだ。このたった2時間の買い物の道中でジョセフとアンナの距離はだいぶ近づいたとジョセフは思っている。実際に、彼女の半歩後ろをついて歩いてもアンナの纏う空気が緊張することはなくなったのだ。島を出た頃はその距離に身を固めていたことを思い出すと、かなり大幅な進歩だと言えるだろう。
 穏やかな表情を浮かべて道行く人々をぼんやりと見ている彼女を見て、ジョセフはややあって口を開いた。


「なあ、アンナちゃん」
「はい?」
「アンナちゃんとシーザーって、いつからの付き合いなわけ?ここ1年、2年とかって感じしないんだけど…」
「ううん、そうですね。もう8年くらいになります」
「は、8年!?」


 その返答はジョセフの予想外の時間の長さだった。
 シーザーとアンナが纏う空気からしてみて2人の付き合いの長さは相当なものだろうとは思っていたが、まさかそんなにも長い時間だとは思ってもいなかったのだ。確かシーザーの年齢は20歳だ。彼女の年齢も同じだとすれば12歳という子供の頃からの付き合いだと言えるのだ。そんなに長い付き合いなら、異性として意識していたとしてもその状況に慣れてしまって自覚していなくても仕方のないことかもしれない。


「2人は幼馴染とかそういうのなわけ?」
「いいえ。私の生まれは彼が生まれたところよりももっと北にあります。彼と出会ったのはローマでした。」
「なんで見ず知らずの2人が一緒にいるようになったんだよ?」


 きょとんとした様子でこちらを見るアンバーの目にジョセフは自分が前のめりな姿勢になっていることに気がついた。
 あまりこういう詮索はしないほうがいいのだろうか、という考えが脳裏によぎり、ジョセフは苦笑を浮かべて背もたれにもたれるように姿勢を正した。急に悪いと謝罪を口にすると、それにアンナは小さく笑って首を横に振った。


「別に、聞かれるのが嫌なわけじゃあないんです。少し、驚いて。…シーザーは、私を助けてくれたんです。それ以来彼ったら”アンナを1人にしておくのは危なっかしいから、俺と一緒にいよう”なんて言って。それからずっと一緒です」
「……」


 12歳のガキが言うセリフじゃあないだろう!ジョセフの胸中をそんなセリフが埋め尽くした。シーザーは生まれついてのスケコマシなのだろうか?いいや、シーザーではなくイタリア人男性というものは異性に対して皆そうなのだろうか?
 そんなささやかな疑問さえ浮かぶが、まああのシーザーならばで納得してしまう自分に苦笑したくなった。
 改めてシーザーの様子を思い浮かべながら話しているらしいアンナの表情をジョセフは見つめた。柔らかで優しく、そして頬を密やかに赤く染めている彼女の様子にジョセフは目を細めた。
 こういう表情を女性が浮かべる時に心に秘めている感情は、たった1つしかない。


「アンナちゃんはシーザーのこと、好きなんだな」
「、……はい。」


 ふんわりと微笑みを浮かべる彼女を見ているジョセフの方も何やら温かな気持ちになってくるようで。
 見ているこちらをそんな気持ちにさせる表情を見たのは、祖母であるエリナがかつてたった1度だけ話してくれた祖父との思い出を語っている時以来だった。
 こんな風に女性に愛してもらえる男はどれほどの幸せを感じられるのだろうか。祖父はどれほどの幸せを祖母から受け取り、そして祖母へ託して逝ったのだろうか。その記憶だけでこうも愛に微笑みを浮かべられるほどの幸せを。
 それを自覚していないシーザーをほんの少し恨めしく思った。
 彼はその感情に自覚を持てないあやふやな感情を彼女へと与えて、彼女はそのあやふやな感情すら両手を広げて受け止めて、彼へと確かな愛を向けているのだ。
 恨めしくも、羨ましくも思った。


「ああ、こんな時間になってしまった。そろそろ島へ帰りましょう、ジョセフさん。」
「そうだな。」


 僅かに傾いた太陽に照らされた彼女の目が、光の加減で琥珀色から金色に輝いて見えた。


(20150202)
(20150319)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -