「シーザー!」
「アンナ…」


 病室に入った途端、いつもの彼女からは想像もできないような大きな声で彼の名を呼び、飛びつくようにベッドの上のシーザーへと縋り付いた。
 シーザーの体はどこもかしこもが包帯だらけで、誰もに色男だと評された顔も頬に大きなガーゼが貼られている。頭にもぐるりと包帯が巻かれていて、その治療のためにか髪の毛も少し短くなっていた。
 彼は生きていた。
 ボロボロになって、みっともなく足掻いても、そうして生きて帰ってきたのだ。
 シーザーは抱きつくアンナの様子に苦笑しながら、それでもどうしようもなく幸せそうな色をそのペリドットの目に宿してアンナを見つめていた。

 あの日。2月27日。
 ほんの些細な口論から喧嘩してしまった俺は、喧嘩の些細な言葉が彼の、シーザーの過去の琴線に触れてしまったのだとリサリサの言葉で知った。
 そうして初めて語られたシーザーの過去は、俺には想像もできないような孤独に満ちていた。
 俺には物心つく前から両親がいなかった。その代わりに祖母のエリナおばあちゃんがいた。おばあちゃんは両親は死んでしまったのだと言い、親同然に俺を育て愛してくれた。おばあちゃんと、亡き祖父の友人だというスピードワゴンも同じように俺を大事に思っていてくれた。
 俺には両親がいない。祖父もいない。だがエリナおばあちゃんとスピードワゴンがいた。2人は俺へと惜しみない愛情を注いでくれていた。だから俺は孤独ではなかった。
 だが、シーザーは違った。
 母親は彼が幼い頃に病で死に、それから数年して彼の父親は突如として失踪した。残された幼い彼には守るべき妹が4人おり、幼い彼は父親が残した財産をやりくりしながら生活を送っていた。だがその財産すら悪い親戚に騙し盗られ、彼と妹達はそれぞれ違う施設へ入ることとなった。絶望した幼い彼は施設を抜け出し、逃げるようにローマの貧民街で生きるようになった。そこで彼は誇りとも言えた姓を捨てて、放火や盗み、強盗や喧嘩ばかりの生活を過ごしたらしい。それからシーザーは青年期までを貧民街で暮らし、シーザーの父親の死の後に出会ったリサリサに連れられてエア・サプレーナ島で新たな生活をするようになったとのことだ。
 語られたシーザの過去は、孤独だった。
 彼を愛するべき両親を失い、唯一頼れるはずだった肉親には裏切られ、守るべき家族とバラバラになって。薄汚い暴力に満ちた貧民街で、シーザーは愛を失って生きた。誇りを失って生きた。肉親に愛されていた俺とは対照的に、シーザーは孤独に生きていたのだ。 
 しかしシーザーは貧民街で生きていたある日、彼女と出会った。同じように絶望し、孤独に貧民街を生き抜こうとしていたアンナと出会い、共に生きるようになって、シーザーは人を慈しむ心を思い出すことができた。アンナもまた、きっとシーザーの存在が孤独を照らす光になったのだろうと。シーザーにはアンナが必要で、アンナにもシーザーが必要なのだと。リサリサはそう語った。
 だからこそ、改めて俺は必ず全員で生きて帰らなければと思ったのだ。
 必死に走って、走って。俺はギリギリのところでどうにかシーザーを救うことができた。今にも命果てようとしていたシーザーを、俺は救うことができたのだ。
 あの激闘が終わって、負傷していた俺は動けるようになると、すぐにシーザーに会いに行った。ベッドの上のシーザーは今のようにボロボロで、体中が包帯やガーゼだらけで。それに加えて所々に血の滲む姿は今以上に痛々しかった。
 そんなシーザーは入口で立ち尽くす俺に気づくと、すうっと目を細めて。


「JOJO、ありがとう。あのままだと俺はアンナとの約束を破るところだった。俺を引き止めてくれて、ありがとう」


 そう言って、シーザーは穏やかに笑っていた。
 今日、こうして再会したシーザーとアンナの姿を見ていると、間に合って良かったと。シーザーとアンナの絆と未来を守れて良かったと、改めて心の底から強く思うのだ。

***

 柱の男達との戦いから2ヶ月。
 リサリサこと、エリザベス・ジョースターがジョセフの母であったという驚きのカミングアウトと共に、彼女自身の過去がジョセフに語られて数日後。
 今度はジョセフが母親を驚かせる発表をした。


「なに?JOJOとスージーQが婚約しただと!?」


 リサリサの波紋の力によって1ヶ月という短さで退院したシーザーは、アンナから聞かされた話に目を見開いて驚きを露わにした。
 現在、ジョセフとリサリサは祖母のエリナやスピードワゴンのいるアメリカに渡っており、リサリサと共にスージーQもアメリカにいるのだ。
 そして、戦いが終わって元の学生の生活に戻ったシーザーとアンナはローマにある自身らで借りている部屋に戻っていた。元々はそれぞれ別々の部屋を借りていたのだが、付き合いだしたのを機に一緒に生活しようと同棲を始めた。
 スージーQと親友であるアンナはその報告を先ほどスージーQ本人から電話で受けており、それをアルバイトから帰ってきたシーザーに伝えたのだ。驚いているシーザーの様子からして、どうやらジョセフはシーザーにそういった話をしていなかったのだろう。島で一緒に生活していた頃も、そういった雰囲気はジョセフからは感じられなかったのでシーザーが気付かなくても当然である。アンナはスージーQの様子からなんとなく気付いていたところもあったのだが。
 ママミーヤ!信じられん!と呟くシーザーにアンナは小さく笑った。


「あの、エシディシって敵と戦った時にスージーQが巻き込まれたでしょ?その時からスージーQがジョセフに惹かれだしたみたい。戦いの後もジョセフの看病をスージーQが付きっきりでしていたから。きっとその時に距離が近付いたのね。ふふふ、とっても素敵だと思わない?」
「ああ…、だがあのJOJOだぜ?スージーQが苦労しそうだ」
「ふふふ、大丈夫よ。ああ見えて、スージーQってとっても強かな女性なのよ?逆にジョセフを振り回すかもしれないわ」


 その様子が目に浮かぶ、と。ソファに並んで座って、シーザーとアンナはお互いの友人の婚約の話に笑いあった。
 ほんの2ヶ月前には血腥い戦いの中に身を置いていた。あの日々の中でなによりも望んでいた、ごく当たり前の日常にこうして戻って来られたことにシーザーの心は毎日喜びを覚えていた。そして、こうして愛する人と共にあれることを。
 あの戦いまで、あの修行の日まで。シーザーは自身の心の中に芽吹いていた感情に目を背けて、ただ独り善がりな自己満足を振りかざして彼女の側にいようとしていた。いつまでも、そうしていれば彼女は自分の側を離れていくことなんてないだろうと。彼女の1番はいつまでも自分だけなのだと。だが、それが間違いなのだと、目を背けていた感情から逃げてはいけないのだと、そう教えてくれたのがJOJOだった。
 最初はいけ好かない、生意気なガキだと思っていた。だが、いつの間にかJOJOは自分にとっての親友となっていたのだ。その親友に教えられたのだ、彼女への本当の想いを。
 少しばかり悔しいことではあるが、今こうして彼女と、アンナの恋人としていられるのはJOJOのおかげであるのだ。JOJOにその想いと向き合うことを教えられ、そうして彼には命まで救われたのだ。
 近々、アメリカへJOJOとスージーQを祝いに行こうか、と。そうシーザーが言えば、アンナはもちろんだと笑った。なにかお祝いを用意しなきゃと、その日を楽しみにしている様子のアンナの横顔を見つめながら、シーザーは目を細めた。
 そうして、胸の奥底から湧き上がってくる感情が全身を駆け巡るのを感じた。


「なあ、アンナ」
「なあに?シーザー」
「…愛しているよ、アンナ。俺と、結婚してくれないか?」
「、」


 ああ、こんな風に彼女に伝えるつもりはなかった。
 あの日、柱の男達と戦うために島を離れる前日にアンナと交わした約束。あの時からずっと、場所や雰囲気を完璧に用意して、万全な状態でアンナへとその言葉を伝えようと考えていたのに。
 そう思っていたのに、シーザーは我慢できなかったのだ。自身の胸の奥から、心臓を甘く締め付けるような感情の奔流を、アンナを愛しいのだと叫ぶ激情を我慢できなかったのだ。
 Ti Amo、と。
 彼女のアンバーを見つめながらそう伝えれば、アンナは驚いたように目を見開いて、そうして。


「…ええ、ええ。もちろんよ。私も愛しているわ、シーザー…!」


 アンナはアンバーの目に涙を浮かべながら、かつてシーザーが恋をした時と同じ可憐な微笑みを浮かべた。
 そんなアンナをシーザーは抱き寄せて、再び愛していると伝えながらその唇にキスをした。

 1ヶ月後。
 アメリカへと親友たちの婚約の祝いにやって来た2人の左手の薬指の輝きに、ジョセフとスージーQは喜びを露わにして、


「やっとに言ったのか、このスケコマシ!」
「きゃーっ!おめでとう、アンナー!」


 そう言いながら文字通り飛びついてきた親友たちに、シーザーとアンナは笑みを浮かべたのだ。

(2015/07/01)
(2015/07/02)
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