・『夢十夜』のパロディという名目で世にも奇妙なアレ的な不条理系ホラーを書こうと思っていました(過去形)
・現パロとかパラレルとかごちゃ混ぜで出てきます



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 こんな夢を見た。
 廊下を裸足で踏みしめて、縁側に腰掛けるあなたの元へ行く。どこかで風鈴がちりんちりんと鳴っている。盆に載せていた皿を差し出したとき、庭先で椿の花が音もなく首を落とした。唐紅の花弁を受け止めた雪が日光にきらめく。手元に残しておいた皿の饅頭を黒文字で割ると、中の餡から葡萄の香りがした。餡は口に入れた途端に栗の味になった。僕には見えないどこかで風鈴がまた鳴っている。
 耳は夏に、鼻と舌は秋に、目は冬に、それぞれ渡してしまった。残された皮膚は春のものに違いない。僕はゆっくりと手を伸ばす。あなたが僕の春だと確信していた。

*

 こんな夢を見た。
 あなたが身を投げた崖に飛び込むと存外にやわらかい地面に足から着地した。空は遥かな頭上にある。辺りを見回すとあなたが立っていた。かれこれ半年は待たせた気がするのだけれど、あなたはそのことには何も触れなかった。手招きされてついていくと洞穴の入口があった。飛び下りた者たちの村がこの先にあるという。「まあ、桃源郷のようなものだ」とあなたは笑った。洞穴の中は日の射さない暗闇だった。目の前も足元も定かでないので僕は手を引かれるままに歩く。あなたの左手が僕の右手首を掴んで先へ進む。その背中も闇に沈んでほとんど見えない。洞穴の中はやけに静かだ。
「入ったら後ろを振り返るな。行くことも戻ることもできなくなる」
 あなたがそう言ったので、さっきから僕の左手を握っているのが誰かを確かめられずにいる。出口は一向に見えてこない。

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 こんな夢を見た。
 目を覚ますとあなたがいなかった。布団はすっかり広くなっている。起き上がると、視界の端で小さなものがひらりと舞った。見ると枕に桜の花びらが積もっていた。枕だけではない。数えきれない花びらが、僕の隣に広く延べられていた。掛け布団の下で途切れたその箇所は、ちょうどあなたの爪先くらいの位置だったように思えた。布団を掛け直すと、枕の上の花びらがぶわりと舞い上がった。
 僕が部屋の襖を締め切って、出入りするときも最低限の幅しか開けないのはこのためだ。

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 こんな夢を見た。
 蝋燭の心許ない明かりが灯る作業場で、白い背中を晒したあなたが寝台に寝そべっている。僕は彫師で、あなたは蝶の刺青が欲しいと言った。それがどうにも僕には受け入れがたく、なんとかして蝶を炎に変えられないかと考えていた。図柄の細かい指定まではされなかったので、閉じた翅の輪郭を毛羽立たせればあるいは、と思った。しかしそれがあなたの望みでないことはわかっていたし、自分がそうまでして蝶を忌避し炎に固執する理由を説明できないまま行うことには迷いがあった。並べた針と染料と眠ったように動かない背中を見下ろし続けて随分経った。蝋燭の火が風もないのにゆらゆらと揺れ始めたとき、あなたがこちらを見もせずに言った。
「肚は決まったか?」
 それと同時に明かりが消えた。窓のない部屋では何も見えない。すぐそこにあるはずの作業机も寝台もいるはずのあなたも、探った指先にはまるで触れない。やっぱりあなたの背には炎を入れるべきだったのだと、放り出された闇の中で悔やんだ。

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 こんな夢を見た。
 水煙草屋の前で待ち合わせをしていた。金のある学生たちの遊び場は大抵そこだった。壁に寄り掛かって向かいの煉瓦造りの家々を眺めていると、その隙間ともいえる路地裏にあなたが座り込んでいた。痩せた身体に薄汚れた布を纏い、足元にうずくまる猫を撫でている。日陰に身を寄せるあなたは衣も食も住も足りない有様で、それでも目の前に降りてきた白く小さな鳥に微笑んだ。そこでようやくやって来た友達と店に入り、今度は窓越しにあなたを眺めた。
 それから足しげく例の水煙草屋へ通うようになったけれど、路地裏にあなたがいたことはない。あれは店の仕込みだったのかもしれないと思いはすれど、今となってはどうでもいいことだ。あまりにあの日のことばかり思い返しているので、煙を吸えばあの客もその店員もあなたに見える。

*

 こんな夢を見た。
 波に足首を撫でられながら浜辺を歩いている。足裏には濡れてもなおさらさらとした感触が伝わる。日光は水面を通過し、浅瀬の底を眩く照らしている。あなたは水際から遠く離れたところに座っている。僕はそちらに向かい、緩い坂になっている浜を上り始めた。ついたはずの足跡は白に同化してすぐに見えなくなる。砂ではなく粉々に砕かれた骨で出来た浜だ。乾ききった死者が久方ぶりの水を我先にと飲んでいるのかもしれなかった。すぐそこにいるはずのあなたにはいつまでも辿り着けない。いつか僕もこの浜の一部になるのだろうか。
「これは全部お前の骨だ」
 そう笑われて初めて、ここには最初から僕とあなたしかいなかったのだと気が付いた。

*

 こんな夢を見た。
 夢の中で僕とあなたはただの人間だった。刀とも戦とも無縁の世界をただ生きる人間だった。とりたてて言うことのない環境で平凡な日常を送り、ありふれた部屋にあなたと二人で暮らしていた。共に暮らしているというその一点だけで、僕たちは世界の誰とも共有できない幸福の中にいた。
 どんな世界でどんな立場に生まれても、きっと僕はあなたに恋をするのだろう。

*

「お前の夢は見事に俺ばかりだな」
 まったくもって他の名が挙がらないのでからかってやると、光忠は照れるでもなく悠然と返した。
「それだけ鶯丸さんを慕っていると思ってほしいな」
「また随分と遠まわしなことだ」
 夢には己の想う相手が出てくる、という。俺が最初に知ったのは逆に自分を恋う者が姿を現すという話だったが、古備前の後裔が打たれたときには廃れていたのだろうか。その頃の記憶は曖昧でもう思い出せない。少なくとも、今の光忠は新しい伝承の方を信じているようだった。
 だが、本当のところは誰にもわからない。見えないものをどうにかして掴もうと、人は様々な想像を当てはめてきた。災害は神の怒りであり、疫病は怨霊の祟りだった。おそらくは夢も同じなのだろう。現れた者に対する己の感情を思い見て、最もそれらしい解釈をする。人の目と頭は世界を都合よく定義することに長けている。
 光忠が俺を恋うから夢に出たのか、俺が光忠を愛おしんで夢にまで忍び入ったのか、その答えは誰にもわからない。さらにいえば、光忠が本当に夢を見たのかさえも確かめようがない。夢は願望を映すともいう。光忠が話したのも、夢という題目をつけた望みなのかもしれない。どんなに荒唐無稽で現実にはならないとわかっていても、夢の中ではすべて許される。もちろん本当にそういう夢を見たのかもしれないが。
 真実を確かめる術がない以上、問題は俺が何を信じるかなのだろう。肌を刺す冬の空気の冷たさか、光忠の淹れてくれた茶の熱さか。かじった饅頭は林檎の味がする。ちりん、とどこかで風鈴の音がした。




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