※未来捏造(大学生)
※手嶋+黒田、青八木+葦木場がそれぞれ同じ大学(どちらも都内)



 おそらく、黒田が葦木場を見つけるよりも、向こうがこちらを見つける方が早かったのだ。ちょっと先に見覚えのあるでかい影が、と思ったときには相手はずかずかと歩み寄ってきていた。少し遅れて、元総北のスプリンターで今は葦木場と同じ大学に通う青八木がついてくる。二人が並ぶといっそえげつないレベルの身長差だ。そういえば彼らの通う大学はこの近くだった、と黒田は今更ながら思い出す。
「やっぱりユキちゃんだ! 純ちゃんも!」
「よぉ、葦木場」
「お、おう」
「二人が見えたから来ちゃったけど、オレこの通り入ったことないや。なんか珍しいお店でもあるの?」
「あ、ああ、まーな……」
 黒田の知る限り、手嶋は普段もっと饒舌な男だ。気も回せるので愛想のない受け答えも基本的にはしない。葦木場や青八木が知る手嶋もそういう気質だろうし、今だって本人もそういう風に振る舞ったに違いない。ここが、秋葉原はメイド喫茶の前でさえなければ。
 葦木場はまだ気付いていないようで、なんとかやりすごしたい手嶋と噛み合わない会話を繰り広げている。自然と、黒田の目はここまで無言の青八木に向く。彼は黙ったまま首を巡らせ、目の前のビルの窓を見上げた。各階に入った店名の貼られた窓を。あ、と唇が小さく動く。察した。
 黒田と同時に手嶋もそれを感じ取ったらしく、その身体が目に見えてこわばった。青八木が視線を戻し、口を開く。
「……純太」
「違う! 違うんだ青八木!」
「修羅場か! 浮気現場おさえられた彼氏か! にしてもベタすぎんだろ!」
 ちなみに黒田が知る限り、彼らの間に恋愛感情があるという事実はない。
「違う……じゃあ黒田の趣味なのか?」
「ちげェよ!」
「趣味?」
 未だにわかっていない葦木場に、青八木が上方を指さして窓の文字を読ませる。
「メイド喫茶……ユキちゃ」
「いま違うっつったばっかだろォが!」
 なぜ真っ先に自分の趣味だと思われるのか。釈然としない気持ちを抱きつつ、誤解が深まる前にと事情を説明する。
「この前、手嶋がゼミのヤツと宅飲みしたんだよ」
 手嶋と黒田は同じ大学に通っているが学部は違う。そして、自転車競技部だけが彼らの人間関係のすべてではない。手嶋にとって、ゼミの友人たちもその一部なのだ。
 大学生が友人の家に集まって飲み、そこに雀卓があるとなればやることはひとつだ。金は賭けたくないが何もないのもつまらない。そこで各々が考えた罰ゲームを紙に書いてくじを引く、という形式にしたところ、見事に手嶋が負けたのだ。
「負けたの?」
「純太が?」
「あいつら、ここぞとばかりにローカルルールぶっこんでくんだもんよ」
 スタンダードなルールなら勝てた、と言いたいらしい。確かにそういう事情でもなければ、知略が大きくものをいう麻雀で手嶋が負けるというのは考えにくかった。ともあれ、敗北者となった手嶋の引き当てた罰ゲームがこれなのだ。
「メイド喫茶に行って会員証を作ってくる、ってな」
「……罰ゲームって普通、その場で完結させるものじゃないのか」
「それはもうオレが言った」
「みんな酔っぱらってたから、なんでもありって感じだったんだよ」
 手嶋の声の調子に、おや、とわずかな違和感を覚えた。黒田が正確につかめなかったその正体を、青八木は正確にとらえたらしい。
「純太」
 ひと声呼んで、手嶋をじっと見据える。思えば青八木は今日会ってからほとんど「純太」しか言っていない気がするが、手嶋には彼の言わんとすることがはっきりわかるようだった。エスパーか、とはたから見ている黒田はいつも思う。
「どしたの純ちゃん」
 そして葦木場には手嶋の十分の一でいいから察する能力を身につけてほしかった。
 葦木場と青八木、上下からの視線に耐えかねたのか、手嶋が観念したように口を開く。
「だって四分の一だぜ? 当たるとは思わないだろ」
 その一言で黒田も理解した。
「おめェの案かよこの罰ゲーム!」
 とんだ茶番だ。
「そもそも負ける予定ですらなかったし」
「でも実際負けたんだろ」
 珍しく青八木が手厳しく突っ込むと、返す言葉に詰まったのか手嶋が口をつぐんだ。
「アキバまで付き合わされる身にもなれよ」
「悪かったって。でも黒田だって割と乗り気だった」
「わけねェだろが!」
 いらぬ誤解を増やすまいと即座に打ち消す。まったく油断も隙もない。
「つーわけで、別にこれはオレらの趣味じゃ」
「ねぇユキちゃん」
「ンだよ! 話の腰折んな!」
「メイドさんって魔法が使えるって本当?」
「ア?」
「食べ物を美味しくする魔法」
 誰だこいつに余計なことを吹き込んだのは。そしてそれはただのパフォーマンスだ。
「魔法ってどういうのかな、オレ見てみたいなぁ」
「オレも」
「はあ!?」
 青八木の発言に、黒田だけでなく隣の手嶋も目をむいた。
「いや、魔法じゃなくて……ラテアートがあるっていうから」
 よく見ると、ビル入口のエレベーター横にメイド喫茶のものらしきポスターが貼ってあり、メニューの一部が載っている。それが大学で青八木の専攻している美術と関係するのかは知らないが、少なくとも興味はひかれたらしい。
「ちょっと、見たい」
「男四人でメイド喫茶……」
 手嶋が苦笑とも呆れともつかない声を漏らすと、葦木場が「麻雀も四人でやったんでしょ?」と返した。青八木もうなずく。
「こっちも四人じゃないと、フェアじゃない」
 いや何の話だよ、そりゃ麻雀はそういうルールだからな、とツッコみかけた黒田は、ふとひらめいた考えに唇の端をにやりと吊り上げた。
「なぁ、知ってっか? ここの会員証ってのァ本名じゃなくても作れんだぜ」
 名乗るのはハンドルネームのようなものでも構わないし身分証も必要ない。軽く調べて行き当たったその情報があったからこそ、黒田も手嶋の誘いに応じたのだった。
「手嶋ァ、おまえと一緒に麻雀やったヤツらの名前、教えろよ」
 さすがに手嶋は話が早かった。ぽかんとしたのは一瞬で、すぐにその顔が笑みに彩られる。これまでも何度か目にした、悪だくみをするときの表情だった。
「そーだよなぁ、オレばっかりメイドさんに会ってきちゃ悪いよなァ」
「全くだぜ。気の利いた土産のひとつやふたつ、持って帰ってやんのが筋だろーよ」
 四人分の会員証、きっちり持って帰らせてやるよ、と、かつて箱根の届け屋と呼ばれた男は、手嶋と同じ表情で笑った。


 その後、秋葉原のメイド喫茶で働く女子たちの間で、ある四人組の男性客のことがしばらく語り種になったというが、それはまた別の話である。




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