『私は4RTされたら、知凛の「…もう、終わりにしたいんだ」で始まるBL小説を書きます!d(`・ω・)b http://shindanmaker.com/321047 』
→公約通りになったので書いてみた


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「……ちょぎりーさー、終わりんかいしちゃいんやっさ」
 その言葉が聞こえなかったふりをしたことは、間違っていないと今でも思っている。





砂の城





 堤防沿いの歩道に吹く風は、いつの間にか涼しいというよりも寒いという方が相応しい温度になっていた。秋が終わろうとしている。
 知念から別れを切り出された時、平古場の髪をなぶる風にはまだ夏の名残があった。
 ちょぎりーさー、終わりんかいしちゃいんやっさ。
 ぽつりと落ちてきた声に、平古場はいつものように知念の一歩先を歩きながら目を瞠った。何一つ動じていない素振りで手足を動かすのに苦労して、呼吸を再開するタイミングすら見失った。
 ちょうどその時、彼らのすぐ横を猛スピードの自動車が通り過ぎたので、大袈裟に声を上げて髪を抑えてから、知念を振り向いて言った。
 わっさん、きさぬーか言ちゃみ(さっき何か言ってたか)?
 責める響きも恨みがましい色もない声を出せたはずだった。ただ、正面から知念を見上げて聞き返しただけだ。知念はそんな平古場を、ひと呼吸する間だけ見つめ返すと、ゆるく首を横に振った。
 わっさん、わーも車んかい驚いて忘れたさぁ。
 そうでないことは明白だったが、それが知念の返答のすべてだった。
 海沿いの歩道は狭く、並んで歩くことさえ出来ない。平古場は踵を返して、それまでと同じように帰り道を進んで行った。
 あれから、短いながらも一つの季節が過ぎかけている。あの日以来、知念が別れを口にしたことはない。その意思が毛頭ない平古場も同様だったが、この一件が脳裏をよぎらない日はなかった。
 いつか訪れるとわかっていたが、まだ先だと思っていた。少なくとも高校を卒業するまでは。そう思う反面、当然だと納得する自分もいる。高校生になったら知念も平古場も、今は知らない女子生徒に惹かれるようになるのかもしれない。それなのに実際に付き合っているのは幼馴染の男だ、などという事態になったら目も当てられない。
 世間から見て真っ当な幸せを求めるなら、こんな関係はすぐに解消すべきだとわかっている。まして知念も平古場も長男だ。周囲が納得する幸せとやらに納まることの重要さもよく知っていた。
 だというのに平古場は知念の言葉を受け入れることができず、知念も逃げた平古場を追い詰めて決定を迫るような真似はしなかった。あるいは知念も、まっすぐ向き合って言葉をぶつけることから逃げたのか。
 あの日の声はなかったことになっても、互いの意識に浮かんだものは消せない。二人の周りを世界から白く切り離していた半透明の硝子の覆いには、知念によってヒビが入ってしまった。平古場はそれを補修したがりながら、下手に触れればヒビの入った箇所が割れ落ちて塞げない穴になるとわかっているから動けない。知念は決して急かさず、だが確かに平古場の動きを待っている。
 知念と平古場の関係はずっとそうだった。最初に踏み出すのは知念だが、そこから進むか戻るかは平古場の手に委ねる。一歩踏み出したことだけで満足したというように、知念は常にそれ以降の平古場の選択に従った。ならば今回も、終わりにしたいと口にしただけで満足したのだろうか。確かめる術も勇気も平古場は持っていなかった。
 腰ほどの高さまであった堤防が途切れ、代わりに道路脇の階段へ続く道が現れる。曲がりくねった階段を下りればすぐそこが海岸だ。堤防という目隠しがなくなり、道路からも砂浜の様子がよく見える。
 ふと視界の隅に入った影に目を留めた。昨日までは特に目を引くようなものはなかったはずだ。
「えー、寛」
 あれ、と指差したものは、砂の城と思しき塊だった。とはいえ立派なのは大きさだけで、凝った細工などは全くされていない。申し訳程度の屋根と窓らしきものがかろうじて見てとれた。
「まぁぬわらばー(どこの子供)が作ったぬかやぁ」
「昨日通った時やなかったさぁ」
「やんやー」
 砂山と呼んでも差し支えないほど単純極まりないが最低限の様式は満たしている輪郭に、平古場の記憶が刺激された。
「わったーもわらばーぬ頃、あんねーるぬ作ってたなぁ」
 ずっと昔のことだ。知念と平古場が海岸で城を作ったのは一度や二度ではないはずだが、きっかけも作り上げたはずの姿さえも忘れてしまった。いま思い出せるのは、砂を弄り回す自分の手と知念の姿だけだ。
 当時から絵だの工作だのが好きだった平古場は城の造形や装飾に熱中し、逆にそういったことにあまり関心のない知念はひたすら崩れない土台を作ることに執心していた。互いの興味がぶつからなかったので上手く回っていたが、この時に自分たちの関係性も決まってしまったのでないかと平古場は思った。あの頃から、知念が起こした行動がどんな形で終わるかは平古場次第だった。幼い時からそうしてきたせいで、知念は今も平古場が終わらせるのを待つことしか出来ないのではないか。見え透いたごまかしに逃げた平古場を前にしても自分の望みを明らかにできず、いつか平古場がその通りに動く日が来ることを願っているのではないか。
 だとしたら、いくら足掻いても意味がないように思えた。白く見える硝子の覆いは補修しきれないほど無数にひび割れていて、少しの身じろぎで全て粉々に砕けてしまう。けれど動かずにいれば、空気の入らないドームの中で窒息する。
 肺の空気を押し出すように息を吐いたのと同時に、知念が答えた。
「わったーぬ作った城やもっと上等やったさぁ」
 穏やかだがはっきりと言い切った。あのとき作った城を目の前に見ているような声音。
「やさったばぁ(そうだったか)?」
「やんどー」
「……覚えてねーらん」
「凛は昔から器用やたんやくとぅ(器用だったから)、わーが手ぃー出しても邪魔んかいしかならねーらんくらい上等な細工してたさぁ」
 知念の横顔を盗み見る。ぞんざいな造りの城を見据える眼差しは、この秋が来る前に平古場へ向けていたのと同じ温度を持っていた。
 これが、終わりを望む人間の表情だろうか。知念がこんな顔をするのはどんな時か、彼の弟妹たちに訊ねたかった。
 胸のうちで湧き上がった感情の整理が追いつかず、零れ落ちた言葉の意味すら考えていなかった。
「また作ってみようぜ、なま(今)から」
「凛?」
「わらばーぬ頃よりもっと上等なもん作りゆん(作れる)だはずやっさ。寛のピンセット使えば細かい細工もできるあんに」
 言いながら素早く裸足になると、呆気にとられたように見ている知念に続ける。
「へーく来いよ、寛。ピンセットぬ扱いやぁやーの方が慣れてるし、わんだけじゃ土台作ってもすぐ崩りゆんしが(崩れちまう)」
「凛!」
 振り向かず階段を駆け下りた。海岸は広い。さっき通ってきた堤防に沿って走り、例の不格好な塊を追い越す。
 夏に比べればずっと冷たくなった砂を蹴立てて波打ち際に向かいながら、自分を突き上げる衝動を次々と頭の中で言葉にする。
 俺はお前と砂の城を作りたい。お互いに別のことをするんじゃなく、城の土台も外見も一緒に作りたい。風や雨に晒されて城の形が変わっても、もっとひどく崩れかけても、二人でならすぐに直せるし、前よりいい形にだって出来るだろ。
 あの表情だと、立て直したがる俺を邪魔しないことがお前の望みみたいに見えるけど違うのか。違うならそれでもいい。俺は今までそれを確かめようとすらしなかったから、お前から答えを聞けたらそれだけでもずっといい気がするんだ。立派な城を完成させるにはきっと時間がかかるから、その間に聞かせてくれよ。俺も話すから。跡形もなく崩れるかもしれないけど、俺はお前ともう一度砂の城を作りたい。
 足を止め、祈るような気持ちを抱えてしゃがみこむ。砂を踏みしめる足音が近付いてきていた。




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