※耳責めのみ・挿入なし
簡単な和音とシンプルなフレーズで構成されたメロディは、すぐに覚えてしまった。耳によく残る電子音。
「あの、はっちゃん……」
「んー?」
「この体勢は、ちょっと……」
葉佩の足の間に座らされ、テレビを正面にした取手は身をよじって振り返った。画面に映るレトロなゲームを操作するコントローラーは、取手の身体の左右から回り込んだ葉佩の手に握られている。平たい形状の小さな機械が、取手の胸の下あたりで絶叫マシンのセーフティバーのように動きを制限していた。
「俺のやってるゲームが気になるって言ったのは鎌治でしょ」
「それはそうだけど……」
互いに座っている状態ならば、立っている時ほど身長差は感じない。葉佩の顔はすぐ近くにあり、取手の身体が視界を遮ることもなかった。
「鎌治は画面がよく見えるし、俺は鎌治とくっつけるしで、一石二鳥だよ」
「僕、邪魔じゃないか……?」
「えー? そんなことないよ。あんまり前のめりになるとアレだけど」
話しながら、葉佩は淀みなくゲームを進めている。エジプトらしい様式の迷宮で鍵を探し、宝箱を見つけ、閉ざされた扉を開く。自分たちがしている探索を追体験するような気分だった。この學園の遺跡にはこれほど多くの人間はうろついていないし、印象的な音楽だって流れてはいないが。
「ほら、また猫背になってる」
コントローラーを握ったままの両手に引き寄せられて、上体が後ろに傾ぐ。首の後ろが葉佩の肩に触れた。声が今までより近くで聞こえる。
「もっと背すじ伸ばした方がいいよ、鎌治。俺にもたれかかっていいからさ」
そうして再び迷宮を進む。敵に遭遇すると、音楽もテンポの速い勇ましいものに変わる。拳銃で戦う主人公は、やはり遺跡での葉佩を思い起こさせた。
「鎌治」
また胸の下から引き寄せられる。左肩に葉佩の顎が乗せられた。声が近い。
「すぐ背中丸まっちゃうね。重いとか邪魔になるとか、気にしなくていいよ?」
「う、うん……」
取手はぎこちなく頷いた。呼吸の音さえ拾える距離だ。口から漏れるかすかな息に耳朶をくすぐられ、落ち着かない気持ちになる。
「っ……」
「ねえ」
腕の力が強まり、背中が葉佩の胸に押しつけられる。声が耳元で響いた。距離が近付いたからか、大きさは先程よりも抑えられている。だが、そのぶん耳に直接吹き込まれるように思えて鼓動が早くなる。
「もっとくっついてよ、鎌治。こう逃げられると、さすがに俺も寂しいから」
わずかに低くなった声。蜂蜜のようにとろりとして、耳の奥に甘く留まる。どこでスイッチが入ったのかはわからないが、ベッドで睦み合いながら聞くのと同じ声音だった。
そのことに気付いてしまうと、音とともに刻み込まれた記憶が鮮明に蘇る。触れ合う肌の温度、全身を愛でる硬くも優しい指先、胎の中を満たして絶頂へと押し上げる熱。
「う、ん……」
身体がじわりじわりと火照っていく。それを知ってか知らずか、耳の裏に押し当てられた唇の感触に、肩が小さく跳ねた。
「……ッ!」
軽く触れては離れ、離れては触れを繰り返しながら下へ移動していった唇が、耳たぶを軽く食む。やわい力加減がこそばゆい。
テレビの中では主人公が、またひとつ下の階を目指して梯子を降りていくところだった。迷宮は広く、まだ終わりは見えない。耳たぶを放した唇が薄く微笑み、暗く深い孔に向けて淡い息を吹きかける。耳の中を奥へと撫でていく風に、思わず声が漏れた。
「んぁ……っ! ……っ、あ……」
あげた声の高さに気まずく視線を泳がせるも、もう遅い。熱をもった耳殻のふちに唇が寄せられ、舌で外側のひだを撫で上げる。
「っあ……!」
震えた身体をなだめるように耳の裏へ一度くちづけたあと、ふたたび外縁を舌が這う。ぬめる熱がゆったりとした速度で神経を刺激した。そのまま下へさがり、内側の凹凸を確かめるようになぞっていく。
「ぁ……んぅ、んっ……」
耳の中で自分以外の体温がうごめいている。背筋がぞくぞくして、こぼれる声を抑えられない。腕の外側からホールドされているせいで口を塞ぐこともできないと、今更ながら気がついた。
「っう、ん……っ、ふ……ぁ、あっ……」
起伏を辿る舌が軟骨を押し上げる。そこに軽く歯を立てられ、たまらず背が弓のようにしなった。痕もつかない弱さだろうに、歯形をなぞるようにその箇所を舌が撫ぜる。
「あッ……! ぁ、ん、は……っ、あ、んん……っ」
「……今度は反りすぎ。ずっとやってるとキツいでしょ、それ」
離れた口がたしなめるように言った。耳の裏、そして耳たぶへと順々に唇が落とされる。戻った背中に、くつくつと笑う声がした。
「どうしたら鎌治の姿勢はまっすぐになるかなあ?」
「んっ……ぁ、はっちゃ……」
葉佩は答えずにまた舌を伸ばす。くちゅ、と濡れた音が耳の中で響いた。
口で取手の耳を好きに弄びながら、コントローラーを扱う指先も止まることなく動いている。どうやら仕掛けを解く局面に入っているらしかった。表示された五十音の上でカーソルを動かし、器用に文字を入力する。
「ん、ぅ……ぁ、ふ……っ、ぁ、あ……っ」
燻る炎が全身を灼いている。往復する舌が幾度となくそれを煽り、取手は捩ることも封じられた身を震わせた。吐き出す息は自分でもわかるほどに熱い。
「ぁ、んっ、は……、あっ、あぁ、んっ……」
深く深くへと進んでいった舌が、ついに最も奥まった孔に行き着く。入口を縁取るようにぐるりと一周し、先端をそっと挿し入れた。
「あ……ッ!」
ひときわ感じやすい内部をちろちろと探られる。生温いぬめりと、ざらついた表面。壁を隙なく撫でまわすような感触に侵入され、身体が大きく跳ねた。
「っ、あ、あっ……! ふ、あ……ッ、は、あっ、ぁん……っ」
行きつ戻りつしながら徐々に奥へと潜っていく。動くたびに立つ水音も次第に大きさを増し、いまや頭の中で響くようだった。画面の向こうで鳴っている電子音のメロディは、もう耳に入らない。
「っん、ぁ、あ……ッ! ぅ、んっ、あ、は、んぁ……っ!」
じゅぷ、ぐちゅという音に聴覚が支配される。体内を行き来する熱を伴った、重い水音。合間に聞こえる息遣い。
耳から流し込まれる感覚と、触れられていない箇所から溢れ出す記憶。同時に襲いくる快楽が身体じゅうを走り、脳を満たした。
「あ、っ、ぁん……っ! ぁ……っ、ふ……あ、あぁ……っ」
葉佩に寄りかかった背がびくびくと跳ねる。瞼を閉じると、聴覚と触覚の刺激がより強まった。欲に焦がれた胸が求めるまま、甘い声をあげて快感を享受する。
「はっ、ぁ……あッ、あ、ん、ぁ……っ」
直接ふれている耳だけでなく、全身で葉佩に高められている自分を感じた。我知らず腰が揺れる。うっすらと開いた目は昂揚に霞んでよく見えない。
「ぁんっ、あ、あっ……ぁ、はっちゃ……、あッ、はぁ、んっ、あ、はっちゃん……っ!」
熱い吐息が耳朶にかかる。不意に舌の抜き挿しが止まった。と思うと、そのまますぐに引き抜かれる。うろになった孔を再び埋めることもなく、耳の輪郭を辿るように唇で食み、舌先で触れる。
「ん……、ぁ、う、んんっ……」
微弱な快感がもどかしい。もっと触ってほしい。もっと深いところを、もっと強く。求める言葉ばかりが頭の中で渦を巻く。
「はい、おしまい」
囁いた唇が去っていく。取手はくたりと脱力し、後頭部を葉佩の肩に預けた。しなだれたまま荒い呼吸を繰り返す。
「え……?」
「セーブしたから」
にっこりと笑った葉佩がコントローラーを手放した。巻きついていた腕も離れ、ようやく自由になる。取手は俯いて視線を彷徨わせた。頬が、頭が、全身がまだ熱い。
「鎌治、電源切ってくれる? そこのスイッチ」
葉佩が指さした先にはゲーム機の本体がある。彼にとってはやや遠いが、取手には問題のない距離だ。その場に座ったまま、のろのろと腕を伸ばして小ぶりな機械に触れる。
「もっと焦らそうと思ってたけど、あんな声で呼ばれたら我慢できなくなっちゃった」
微笑と熱、そして欲を含んだ声が聞こえた。ぷつり、と電子音が途絶える。暗転した画面に自分の姿が映ったが、顎にかかった手にすぐさま後ろへ引き寄せられ、その表情を確かめる間もなかった。