※フォロワーさんの「お互いのを互いの手で抜きあう主取」というツイートから生まれた話
※付き合ってない
※挿入なし


***

 振り返ったら来た道が巨大なシャッターじみた石に塞がれていたところで、大して驚きはしなかった。葉佩はもちろん、同行する取手も今さら騒ぐほど浅い付き合いではない。
「また、だね……」
「やっぱり、って感じ」
 この遺跡の中ではよくあることだったし、いきなり天井が落ちてきたり砲撃を準備する音が聞こえてきたりしないだけ、罠としてはむしろ優しいほうだ。そして経験上、仕掛けを解くなり道中で手に入れたものをあるべき場所に置くなりして条件を満たせば道が開くことはわかっている。一刻を争う必要がないのなら、落ち着いて取り組めば済む話だ。
 さて、と密室になった空間をあらためて見回す。寮の自室よりもやや狭いくらいの部屋だ。石造りの床も複雑な意匠の入った壁も、ここに来るまでの通路と変わりない。
 奥に目を向けると、壁の手前に上へあがる段差があった。一段しかないこととその高さ、上がった先の面積からすると、階段というよりも低めの舞台に近い。
 段差と入口の中間ほどの位置には石碑が鎮座していた。遺跡のそこかしこに立っているものと同じ形だ。三方を囲む壁は平坦で、先へ続く扉の類はどこにも見当たらない。
「行き止まり、か」
 一本道の通路の奥に、宝箱のひとつもない袋小路。ただ侵入者を捕らえるためだけにある部屋なのかもしれない。それなら簡単には出してくれないだろうな、と思いながら前方の石碑をふたたび眺める。現状、脱出の手掛かりはこれだけだ。
 今までいくつも見てきたのと同じように、その表面にも古代文字が刻まれている。あまりに難しいものでは読めないが、これはまだ葉佩の知識が追いつく範疇のようだった。近付いてひとつずつ文字を拾い、内容を読み解いていく。短い文章だったのですぐに済んだ。そうしてもういちど頭から読み直し、間違いのないことを確認して固まった。
「……はっちゃん?」
 黙りこくった葉佩を、取手が横から覗き込んでくる。よほど妙な顔をしていたのか、ちらりと石碑に目をやった後で、また葉佩へ視線を向けた。
「何が書いてあるんだい?」
「え、えーと……」
「うん」
「……書いてあることそのまま読むからね。引かないでね」
「うん」
「双方が絶頂しないと出られない部屋。ただし自慰行為は不可」
「……ごめんね、聞き間違えたかもしれない」
 取手に限ってそんなことはまずないが、真剣な面持ちで「もう一度言ってくれるかい?」と聞き返してくる。間違いであってほしいという願望が多分にあるのだろう。残念ながら、葉佩にその望みは叶えられない。
「……『双方が絶頂しないと出られない部屋。ただし自慰行為は不可』と言いました」
 先程よりもテンポを落とし、ひとことずつ噛んで含めるように言ってやる。二度目で取手もさすがに飲み込んだらしく、そわそわと視線を泳がせた。
「ど、どうして……?」
「それは俺が一番聞きたい」
 何故これだけ他の石碑と違ってストレートすぎる文言なのかも併せて知りたい。回りくどい書き方をされていたら条件が理解できず永遠に閉じ込められていた可能性は棚に上げて、とにかくこの部屋の全てを作り上げた超古代人を問い詰めたかった。しかし、その対象がいない以上はどうにもならない。となると、やるべきことは決まっている。
「とりあえず、書いてあるってことは、その通りにすれば出られるはず、なんだけど……」
 つまり裏を返せば、そうしない限り出られないということだ。理不尽であろうと遺跡の罠とはそういうもので、銃撃も爆破も効果がない。そのことも、これまでの経験でわかりきっている。
 部屋を出るためにはどうしても石碑に従わねばならないのだが、問題は取手だ。葉佩は《秘宝》を見つけ出すために必要であればどんなことだってするつもりでいるものの、取手に《宝探し屋》と同じ覚悟を求めるのは酷だろう。そして何より、葉佩がそうであるように、いくら仲が良いとはいえ取手のほうも、葉佩を「そういう」対象として考えたことはないはずだ。
 この状況で事に及ぶにはどうしたらいいか。説得の言葉は慎重に考えなくてはならない。
「……わかった」
「えっ!?」
 思わず声を大きくした葉佩とは対照的に、取手はいつにもまして不明瞭な声で途切れ途切れに言った。
「自分で……が駄目なら、お互いに、手で、その……すればいいのかな」
「あ、うん、ってか、え? いいの?」
 話の進みに頭がついていかない。混乱しながら取手の表情を窺うと、彼は気まずそうに彷徨わせた視線を床に投げた。そのまま、相変わらずぽつぽつと雫が落ちるように話す。
「だって、しないと出られないんだろう……?」
「や、まあ、そう。うん、だから俺も頼もうとは思ってたけど……決断早くない?」
「それは……」
 数瞬のためらいのあと、うつむけていた顔を意を決したように上げた。想像していたよりもずっと迷いのない目が、ゴーグル越しの葉佩を見る。
「君には、やらなきゃいけないことがあるから。こんなところで足止めされるわけにはいかないよ。僕に勇気がないせいでそうなるなんて、もっと嫌だ」
「それを勇気っていうのもちょっと違う気がするけど……鎌治ってこういうとき、意外と豪気だよね」
 探索についてくると言い出した日からずっと、取手は葉佩のために力を尽くしてくれている。葉佩が何を言おうとも、自分がそうしたいからするのだという在り方を崩さない。激しい自己主張はしないが、意志が弱いわけではないのだ。
 そのことを、葉佩はこれまでの付き合いでよくわかっていた。そんな彼に何度も助けられ、そして今回もそうなるに違いないことも。
「……迷惑かい?」
「ううん、すごく頼もしい」


 石碑の内容から考えるに、部屋の奥の段差とみえていたものはどうやらベッドのつもりらしい。体格の良い取手にも余裕のある大きさだった。シーツ代わりに掛かっていたのだろう布が、隅の方でぼろぼろに風化している。土足のまま上がり、向かい合って座ると、覆うもののない石の冷たさが尻に伝わった。
 下を脱ぐ気にはなれず、前だけをくつろげる。当然ながら、まだ何のきざしもない。おそらくは取手もそうだろう。
「その、あまり見ないでくれないか……」
「あ、うん。ごめん」
 脚を開いて互いのそれを見せ合う体勢では、恥ずかしがるのも無理はない。視線を持ち上げ、取手のシャツに目をやった。ボタンで留められていない胸元の布地が、呼吸に合わせて小さくふらふらと揺れている。
「えっと、じゃあ……触るね」
 右手でおそるおそる探り、見つけたそれを軽く握る。取手が僅かに息をつめた。手の中の肉は、やはりまだやわらかい。
「痛い?」
「う、ううん。大丈夫だよ……」
「そう? よかった。鎌治も触って……、っ」
 促すと、遠慮がちな指先が葉佩へ同じように触れる。指と掌で包み込まれるのを感じた瞬間、喉がかすかに震えた。人間の体温だ。寒空の下に長く置かれたような肌の色からは意外なほどあたたかい。それは葉佩の手の中にあるものも同じだった。
「それじゃ、動かすよ」
「ッ、ん……!」
 右手をゆっくりと上下させると、取手の肩が小さく跳ねた。恥じ入るように伏せられた目に何か言うのも野暮に思え、俯いた鼻先を黙って眺める。
 ほどなくして、取手も葉佩にならうように動き、握る幹を刺激した。正面から扱かれる感覚は、いつもの自慰とはまるで違う。眠りから起こされるように、下腹部がちりちりと燻ぶっていく。
「……っ、あ」
 ぎこちない動きだったが、それが却って他人の手によるものだということを実感させ、熱をいっそう煽り立てた。上がりはじめた炎に急かされるように、葉佩の手も徐々に速さを増す。擦るうちに取手の陰茎は反りかえり、熱く硬くなっていく。自分のものと同じ反応だ。無言の中、ふたり分の荒い息遣いだけが耳に届く。
「っ、はっ、ぁ、は……っ」
 親指と人差し指で作った輪を前後させると、取手の口から熱と湿度を含んだ呼気が吐き出された。葉佩はそれを肌と鼓膜で受け止めながら、取手の指が自身を確かに昂らせていることを不思議に思う。
 同じ男の身体なのだから、快感を得やすい箇所や方法を知っているのはむしろ自然なことではあったが、それを取手と結びつけるのは難しかった。彼と日ごろ交わす話題といえば探索の予定や音楽や部活のことがほとんどで、色恋にまつわる話は出たことがない。猥談なんてもってのほかだ。
 つまるところ、葉佩の知る取手とは、性の気配を全く感じない男だった。彼がひとり己を慰めているところなど想像がつかない。そういう欲がそもそも存在しないのではないかと思えた。
 しかし、今ここにいる取手の動きは明らかに雄の悦ぶことを知っている。葉佩にとっては普段しない触れ方も、取手には善いものなのだろう。自分がされているのを真似て、親指を先端にかける。そっと撫でると、取手の様子は目に見えて変わった。
「んっ……! う……ぁ、あっ!」
「鎌治、ここ触られるの好き? 気持ちいい?」
「ぅ、ん……、は、あっ、ぁ……」
 喘ぎながら頷き、うわ言のように「きもちいい」と繰り返す。指先はいつの間にか湧き出てきた雫に濡れて、動かすたびにぬちぬちと鳴った。
「あ、ぁ、はっちゃん……っ」
 乱れた息の下で呼ぶ取手は聞いたことのない声をしていた。遺跡で迫りくる大岩から逃げ切った後に似た苦しさと、そのときには無かった焦がれるような熱を内包した、切なげな声だ。そうして自分の名がふたたび耳元に落ちてきたとき、葉佩は胸のうちで何かが瞬くのを感じた。炭におこる火のように、ほのかに灯る光。
「はっちゃん……、はっちゃんは、気持ちいい……?」
「うん?」
「僕だけよくなってちゃ、ぁ、んぅ、駄目だから……んあっ、あ、君も……っ」
 顔を上げた取手はすがるような目つきで見つめてくる。その様に葉佩はひそかに瞠目し、一種の感動すら覚えた。
 脱出の条件が「双方の」絶頂である以上、取手が達するだけでは不十分なのは事実だ。しかし、葉佩の手の中では陽根が完全に勃ちあがり、滾る熱に涙を流しながら脈打っている。この状況下で、自分の快楽だけを追うことをせずに葉佩を気にかける。献身を通り越して、もはや奉仕といってもいい。それでも、何故だか悪い気はしなかった。
「ん、そっか。じゃ、俺がしてたみたいに、指で輪っか作って……っん、そう。時々きゅって締めて、っ! っふ、あ、じょうず……」
 言えば取手はその通りにした。望みに忠実に刺激される官能。自分たちのしていることが、互いに弱い箇所を教え合い相手の好む触れ方を覚えていく行為だと、今更ながらに知覚する。それはひどく背徳的に思え、同時に胸のうちの何かがじわじわと全身に広がっていくのを感じた。
 取手の指が動くたびに聞こえる水音が次第に大きくなっていく。それから目を逸らすように、自分の手元に視線を落とした。今の取手に、それを非難するだけの余裕はもうない。充血した肉竿が、先走りにまみれてぬらぬらと光っている。
 先端を弄ぶ親指はそのままに、残りの指を幹へと伸ばす。浮き出た血管の凹凸をなぞると、取手の背が弓なりに反った。
「ああ……ッ! あっ、あっ、それ、あんっ、どうじ、は……っ」
「イイでしょ?」
「んっ、う、んぁ、っふ……あ、あっ……」
「イきそうだよね? は……いいよ、我慢しないで。俺も、そろそろだから……っ」
 より強く追い立てると、呼応するように取手も激しく動いた。そうしながら、身の内を灼く炎にうっすらと潤んだ目で葉佩を見る。不安そうに揺れる瞳の中に、期待と情欲が滲んでいた。
「あっ、あ、あっ、いっ、きもちいい、ぁ……は、あっ、はっちゃんは……っ?」
「っふ……、俺も、きもちいい、よっ」
 そう答えると、取手の目元が安心したようにほころんだ。熱をはらんだ声でまた葉佩を呼ぶ。
「んあっ、あ、ぁ、はっちゃん、はっちゃん……きもちいっ、ぁ、ん……」
 他に意味のある言葉を知らないかのように「はっちゃん」と「気持ちいい」を繰り返す。それと同じく愚直に葉佩を擦る指に追い詰められ、いっぱいに張りつめた欲望が限界を訴える。
「ヤバいな、クセになっちゃうかも……」
 思考を頭に留める理性がゆるみ、我知らず口からまろび出た。それは取手も同じなのか、どこか焦点の合わない目で、うわ言めいた声をこぼし続ける。
「っ、は、きもちいい……ぁ、んん……」
 軽くひらいたままの、色の薄い唇。喘ぐ合間にはくはくと動き、小刻みに息を漏らす。
 キスしたいな。
 ぼんやりと浮かんだ言葉に自分でも驚いたが、押し寄せる射精欲に深く考える間もなく流されてしまった。
「あ、はっちゃん、はっちゃ、んっ、ぁ、あっ、でる……っ」
「ん……っ、いいよ。イって、鎌治」
「ああッ、あ、あっ、んぁ、は、ああっ……!」
 鈴口に爪を立てると、それがとどめとなって勢いよく精液を吐き出した。その拍子に葉佩の中心を包む輪に力が入り、ひときわ強く締まる。
「っく、あ、は……っ!」
 すべてを搾り取られるような錯覚で頭の奥が弾け、腰を震わせて白く大きな手に精を放った。


 身体が重い。大型の化人を倒した時のような疲労感があった。息もまだ整いきっていない。それでも頭は多少の冷静さをなんとか取り戻す。
 入口の方を振り返ると、石のシャッターは消えていた。条件の達成は無事に認められたらしい。
「もうちょっと、落ち着いたら、出よっか……」
「うん……」
 脱力した様子の取手と目が合う。呼吸が荒い。いつもは青白い頬がほの赤く上気していた。瞳は快楽の名残に蕩け、唇はぼうっとしたように小さくひらいている。
 ああ、キスしたいな。
 その言葉は先程よりもはっきりと浮かんだ。一瞬で押し流される刹那的な欲望ではなく理性に伴われた、けれども強い衝動だった。だが、口に出すべきでないこともわかっている。いかな取手といえども、さすがにそれは嫌がるだろう。そのくらいは予想がつく。
 だから、口に出してはいけない。その衝動の根元にある感情とその名前に気付きつつあるとしても。
 葉佩はくるりと背を向けて、風化した布の中から比較的きれいなものを二枚探しだした。一枚を取手に渡し、もう一枚で自分の汚れを拭う。身づくろいをして立ち上がりかけたところで「はっちゃん」と呼ばれた。もう普段の温度に近い声だった。
「ん?」
「さっきの話……本当かい?」
「……ごめん、どの話?」
「あ、ええと……その、クセになるかも、っていう……」
「あっ。あぁー……」
 言った、と思う。あまり覚えていないが、多分そういうことを口に出した。そんな自分が取手の目にどう映るかを考えて青くなる。
 わけのわからない部屋に閉じ込められて、半ば強制的に友人と性的な行為をさせられて、その挙句に出た言葉が「クセになるかも」。これは駄目だ。客観的に見たら自分でも引く。友人の立ち位置から一転して気持ち悪がられるかもしれない。
 とはいえ、この期に及んで誤魔化すことも難しい。取手の耳に聞き間違いなどあるわけがないからだ。葉佩はかろうじて引きつった笑みを浮かべる。
「あ、えー、えっと、その……うん……」
「そうか……」
 呟いたきり取手は沈黙した。俯いて、手の中でしわくちゃになった布をしきりに揉んでいる。想像とは異なる反応に疑問を覚えはじめた頃、ふたたび口を開いた。
「……あの」
「はい」
「もし、その通りになって……君が、ひとりじゃ満足できなくなったら、その…………」
 言いよどんだ取手をしげしげと観察する。表情はよく見えないが、乱れた呼吸はかなり治まっていた。だが、わずかに見える頬の色はまだ戻っていない。それどころか徐々に面積を増し、耳にまで広がろうとしていた。
 これをどう受け取るべきか。もしやと思い、首を傾げて慎重に尋ねる。
「……また、一緒にする?」
「っ……!」
 取手は顎を引くようにして頷いた。その直前、一瞬だけ見えた眼差し。胸の奥で熱をもった光が瞬く。
 あれ、意外と望みあるかも。
 葉佩は軽い足取りで床に降り立つと、笑って「帰ろう」と手を差し出した。



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