・根が歪んでる木手×裏も表もなくゲスい甲斐
・不特定多数と関係を持っている甲斐くん前提
・Pixivにて『甲斐裕次郎受け企画』タグで代理投稿していただいたのと同じものです


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 タイル敷きの階段を上りながら、木手は溜め息をついた。
 いつものように幼馴染の捜索を頼まれたのは15分ほど前のことだ。
 そこら中ほっつき歩いているように見えて、甲斐が寄り道の最終地点とする場所は限られている。
 1つは海岸の堤防の下。子供の頃から気に入っていた場所だ。
 もう1つは住宅地の裏の坂を上りきったところにある広場。自分たちの住む町が一望できるそこは、小学生の頃に見つけた。
 そして最後の1つが、このマンションだ。中学に入ってから出来た彼の遊び場は、とりたてて高級そうでも安っぽくもない。
 海岸と坂の上の広場は、木手の家からすると真逆の方角にあるため、まず自宅から一番近いこの場所を確認することにしている。
 そして大抵の場合、捜索はここで終わる。今日も例外ではないだろうと、木手は特徴のない扉の前で思った。


「なま何時よ?」
「電気ぐらい点けなさいよ、甲斐クン」
 上りこんだ玄関もフローリングの廊下も、突き当たりのドアを開けた部屋も一切の灯りが点いていなかった。
 木手が最後に見た時から変わっていなければ時計も部屋のどこかにあったはずだが、あろうとなかろうと意味がないことも知っていた。
 甲斐は元から時間など気にしていないし、木手は木手で「常識的な時間である」という認識だけで充分だった。
 いわば合言葉のようなものだ。答えには興味がないにも関わらず、甲斐は必ずそれを問う。木手も、甲斐が変わらないことを知りながら常に同じように返す。甲斐が答えずに話題を移すまでが予定調和だ。
「しーやんたんよぉ」
「失敗した? 何に?」
「今日の相手。ヤった後、携帯の番号訊いてきた」
「へぇ。なんて答えたの」
「持ってないって言ったやしが、ゆくしやさって」
「まぁそうだろうね」
 実際に嘘なのだ。持ってはいるがさほど携帯していないという方が正確かもしれないが。
「あぬひゃー絶対しつこいさぁ。あぬ店行ちゅんの当分やめないとならんかやぁ」
 木手は、そうぼやく甲斐を久々に見た気がした。どういう嗅覚のなせる業か、この男は後腐れのない相手を見つけるのが天才的に上手い。
 互いに承知した上での関係だから一度限りのつもりでいるが、どこかで出くわしたらまた寝るかもしれない、というようなことをいつか言っていた。
「どうするの、素性掴まれたら。ここの人に頼む?」
 ここの人。甲斐のためにこの部屋を用意した人間のことを、木手はそう呼んでいる。名前もそれ以外の情報も、甲斐はほとんど話さない。
 木手が知っているのは、誰かがふらふらしていた甲斐を拾って根城を与えたこと、たまに甲斐をこの部屋へ呼び出すこと、そして甲斐がそれを決して拒まないことくらいだが、それ以上知る必要もないと思っている。
『ここの人』が訪れない日でも、甲斐はこの部屋を自由に使える。掃除や洗濯はそれを仕事にしている誰かが昼のうちに済ませている。この色狂いが誰を引っ張り込んでいても関知する様子を見せない。
 何をしているか知らないということはないだろう。この部屋のクローゼットには、甲斐が中学生であることを一夜の恋人に知られないための服が揃っている。そこそこ上等なそれらも『ここの人』が用意したというのだから、知っているどころか後押ししている節さえある。
 りっちゃー(金持ち)の考えることはわからんばぁ、と甲斐が笑っていたのはだいぶ前のことだ。あるいは木手が合鍵を受け取ったことすら知られているのかもしれないが、甲斐を探しに来た時に当人と会ったことは一度もない。おそらく自分の家庭とそれなりの社会的地位、その両方を持っているのだろうと推測している。
「いーや、ちょっとしたら勝手に治まるさぁ」
 それが本当かどうか木手にはわからなかったが、甲斐はあっさりと首を横に振る。
 部屋には変わらずカーテン越しのかすかな光しか入らないが、既にものが判別できる程度には目が慣れていた。
 ベッドに近付くと、甲斐が横向きの姿勢から寝返りを打って仰向けになる。白いシャツは暗闇の中でもよく映えた。手首に熱い指先が絡む。
「すぐ帰れるように制服着てたんじゃないの」
「木手は、引きずってでも連れて帰ってくれってあんまーに言われたんじゃないんが?」
 片膝を乗り上げるとベッドが軋んだ。このやり取りだって予定調和なのだ。木手は別の話題で返さなければならない。
「今日の相手はしつこいんでしょ」
「言ったあんに、『ちょっとしたら勝手に治まる』って」
 喉の奥で笑った木手を、背中に回った腕が引き寄せる。首筋に吸い付いた時、甲斐も同じような忍び笑いをしているのがわかった。
 ボタンをはずしてその下の素肌に触れると、待ちかねたように甲斐が囁く。今は見えない恍惚とした表情が思い浮かぶほど、何度も聞いた声音で。
「しちゅんどー、永四郎」
 好きなのは俺じゃなくて、俺とこれからすることだろう。
 そう言ってやりたくなったがこらえる。
「ゆくしよー?」
 代わりにそう返してやると、今度こそ甲斐は声を出して笑った。それだけだった。
 相手への言葉は自分に跳ね返ってくると、互いによく知っていた。





Like an idiot





 惚れ者(ふりむん)とは、誰が言ったか。






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 ※しーやんたん…失敗した
  ふりむん  …愚か者。惚れる(=気が迷う)が語源の「ふらー」と同義。






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