探索に呼ばれて墓地へ向かった白岐が見たものは、墓石のそばに佇む取手と、その近くの地面に這いつくばる葉佩の姿だった。
「何を……しているの?」
「あっ、白岐! 今ちょっと猫探してるとこ」
「……猫?」
「うん。さっき鎌治が『猫の声がする』って言ってさ。猫なんてこっち来て全然見てないから、もう絶対見たいと思って」
「そう……」
 燃えるような語調から、長引きそうな気配を感じた。取手の方を見ると、彼はどこか申し訳なさそうに目を伏せた。
「はっちゃんが、こんなに猫に情熱を傾ける人だとは思わなくて……」
「……あなたの耳なら、もっと正確な位置がわかるのではないの?」
「今日は風があるから、葉の音に紛れてしまって……。大体あのあたり、というところを、今はっちゃんが探しているんだけど……」
「……そう」
 學園の敷地内に猫が入り込むのは、実はそう珍しいことではない。彼らは業者が使う通用門や、塀の補修が間に合っていない小さな穴などから、人間よりも遥かに自由に出入りしている。中庭を駆け抜けたり食堂の陰で丸くなっていたりするところに生徒が出くわすこともままあるのだが、転校してきて三ヶ月も経っていない葉佩には未だそのチャンスに恵まれていなかったらしい。
 しかし、だからといっていつまでもここに留まっているわけにはいかない。夜の時間は有限なのだし、墓地を見回る《生徒会》に見つかる可能性もある。だが、一旦なにかを探し始めた葉佩を諦めさせるのは並大抵のことではない。白岐はもう一度、相変わらず地に伏せたままごそごそやっている葉佩へ目を向けた。すると、何かを差し込まれるように唐突に、頭の中に鮮烈なイメージが浮かび上がった。幼い頃からこういうことは多々あったので、さして驚くこともなく導かれるように口を開く。
「葉佩さん」
「んー?」
「そこから三つ右にある墓石……その裏を見てみて」
「おっけー」
 葉佩は言われた通りに動き、数秒後には「あああ居たー!」の声とともに上体を起こした。暗さのせいで白岐にはよく見えないが、その腕に抱えられているのが目的の猫らしかった。
「うおー猫だぁぁ……久しぶりの本物……もふもふ……」
 半ば無意識のように口走りながら戻ってくる葉佩の顔は満足しきっていた。有り得ないことだが、ひょっとして彼の探す《秘宝》とはこれなのではないかとすら思った。
「よかったね、はっちゃん」
「うん……ありがと鎌治、猫がいるって教えてくれて」
 近くで見れば、やはり葉佩が抱いているのは猫だった。茶色と白の毛並みの猫は、あれだけ至近距離で騒がれ持ち運ばれても、まったく気にせず眠っている。この猫が格別に図太いのか、それとも都会の猫はみな多少の騒音など気にも留めないのか、白岐にはよくわからなかった。
「白岐もありがとう。よくあそこに居るってわかったね?」
「ええ、その……なんとなく、そんな気がしたものだから……」
 それ以外に説明のしようがなかった。ほとんど何も言っていないのと同じように思えたが、葉佩は頓着せずにからりと笑った。
「さっすが白岐。今日の探索もよろしくな」
 そう、一仕事終えたかのような顔をしているが本題となるべきことは何ひとつしていない。遺跡に入るのが遅くなれば、寮に帰るのもその分遅くなる。到着してから今までの動きは端的にいえば時間のロスでしかないのだが、葉佩を見ていると大した問題ではないような気がしてくる。強い光は多少の粗なら飛ばせるものだ。それと同時に、闇の中にあっては向かうべき道を示し、勇気を与える。葉佩の笑顔にはそういう力があり、だからこそ多くの人間を惹きつける。そして白岐もまたその光に魅了された人間のひとりだったので、ただ「ええ」と微笑みを返したのだった。

 後日。
「協会が作った評価、白岐の直感+40ってまだ低いと思うんだよなー。80ぐらいじゃない? 甲ちゃんどう思う?」
「俺に聞くな」



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