両想いになってからというもの、取手の心臓はうるさくなってかなわない。片想いだと思っていた頃は、葉佩へ向けた想いは誰にも知られず空中で霧散していくだけだった。だが、今は葉佩がそれを受け止めて同じだけ、あるいは取手のもの以上に返してくれる。その事実は、この上ない喜びとともに取手の心臓を加速させた。葉佩の傍にいるだけで、勝手に鼓動が速く大きくなっていく。葉佩の部屋でベッドに寄りかかっている今も、触れ合っている左腕や葉佩が頭を乗せている肩から、このうるさい鼓動が伝わってしまわないかと心配になる。
 ということを、取手は「何かあった?」と心配そうに問う葉佩に訥々と答えた。話すのが苦手だと自覚している上に恥ずかしさが加わり、途切れがちでかなり回りくどい説明になったが、葉佩は丁寧にそれを聞き取った。そうして取手の言いたいことを理解すると、首を傾げて問いかけた。
「それってさー、俺のが混ざってるってことない?」
「え……?」
「や、俺と一緒にいる時にうるさくなるんだろ? 鎌治って耳いいからさ、俺の心臓の音まで無意識に拾ってるんじゃないかなって」
「そう、なのかな……」
 すべてが自分の音だと思う。けれど確証はない。そもそも今までこんな風になったことがないので何もわからないのだ。その気持ちから返事も弱くなった。葉佩は膝立ちになって取手の前に回り込む。床に座る取手よりも少し背が高い。
「違うかな」
 そう言うと、葉佩は取手の頭を引き寄せた。耳が葉佩の胸に押し当てられる。制服の布地越しに、葉佩の鼓動が伝わってくる。普段を知らなくても確実に速くなっているのがわかる音と、同じリズムで肌に感じる振動。それは案の定、取手が常々感じるものとは違っていた。
「はっちゃん……」
「どう?」
「……やっぱり、違うと思うよ」
「だろうね」
 あっさり言われて顔を上げる。頭の後ろには葉佩の手が添えられていたが、動くのに逆らわず背中に下りていく。取手を見下ろす葉佩は、目が合うとへらりと笑った。
「ただ、俺が理由つけて鎌治を抱きしめたかっただけ」
「だ……っ」
 絶句し、その後でじわじわと体中に熱が巡っていく。そういえば手をつないだことはあっても、抱きしめられたのは初めてだと今になって気付く。背に回された手と、正面から触れ合う身体。熱は顔にまで上り、脳が茹だってしまうんじゃないかとすら思う。
「ど、どうして……」
 かろうじて絞り出した一言に、葉佩は「そこ理由いるの?」と笑った。
「しいて言うなら、鎌治の話聞いて嬉しかったから? 俺はねえ、これでもちょっと不安だったの。告白したのは俺からだったし、鎌治は優しいから、付き合ってるっていっても鎌治の『好き』は俺と同じなのかなーとか、それじゃあ手ぇ出したら嫌がるかなーとか。でもさっきの話聞いて、俺がいっつも鎌治にどきどきするのと同じように、鎌治も俺のこと想ってくれてるんだってわかったから」
「……うん」
 改めて口に出されるとまた恥ずかしさが湧き上がってくるが、先ほど自分から説明した事実なので否定はできない。
「そしたらなんか、すごい好きだなーって思ってたまんなくなっちゃって。うん、だから口実、適当に作りました」
 ごめんね、と背中を撫でた手がそのまま離れていきそうな気がして、咄嗟に葉佩の腰のあたりを掴む。抱きしめ返すことすら忘れていたとようやく気付き、その背中に腕を回した。一度は遠のいた葉佩の心音が、再び耳に届く。忙しないといっていい速さのテンポなのに、なぜだか安らぎを覚える。
「……あの」
「うん」
「僕も、君のことが好きだし、こういう風になれて、すごく……嬉しい、よ」
「うん、俺も。ありがと、鎌治」
 多少落ち着きを取り戻した取手の鼓動が葉佩のものと混ざり合って耳元で響いている。まるで違うリズムの、だが確かに同じ感情から生まれたふたつの音。それがひとつになって届くのを心地よく思った。腕の中の体温も合わさって、ひどく満たされた気持ちになる。
「……でもね、はっちゃん」
「ん?」
「その、いきなりは、心臓に悪いよ……。こんなことばかりあったら、いつか破裂しそうだ……」
「あー……うん、それは困るなぁ」
 葉佩の手が、するりと頬に添えられる。わずかに顎を持ち上げられて、視線を合わせた葉佩が微笑んだ。
「俺は今からキスしたいと思ってるけど、それも心臓に悪いから駄目?」
 その目が何よりも雄弁に愛おしさを語っていたので、また血が熱を持って体内を巡っていく。早鐘を打つ胸と、温度を上げていく頬。葉佩の親指が下唇に触れる。どうしたいかなんて、今さら自問するまでもなかった。
「……だめ、じゃ、ない」
 目を閉じると心臓の音が尚更うるさく聞こえて、これはいよいよ駄目だと思った。顔も身体も全部が熱くてどうにかなってしまいそうだ。
「好きだよ、鎌治。誰よりも、一番好き」
 どうにかなってもいいような気がしてしまう。



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