白石の額の重みが肩口にかかると、ベッドに腰かけた身体が後ろへわずかに傾いた。そのまま、何とはなしに視線を上げれば、小さい窓のある壁に寄り添った机と本棚が見える。
机の上はきれいに整頓され、段ごとに書籍の高さまで揃えられた本棚にも埃ひとつない。床のダンベルやヨガマット、千歳にはどう使うのかもわからない健康グッズの数々も、すべてがあるべき場所に鎮座していて乱雑さは感じられない。
すべてが清潔で、整っていて、秩序があり、静謐で、無駄のない、完全な部屋で、その主である白石だけが乱れていた。
千歳の膝の上で浅い呼吸を繰り返す白石の顔は首筋まで紅く染まり始めている。はだけた制服のシャツは脱げかけたまま肘のあたりで中途半端に止まり、露わになっている胸の先端は右側だけが千歳の唾液でてらてらと光っている。呼吸が落ち着くのも待たず、常からは考えられない不器用な動きでベルトに手を掛け、ふと顔を上げた。口を開く。
その唇の動きを読んだ千歳は身体を反転させ、白石をベッドに横たえて自分は立ち上がる。ベッドの頭側、机の真後ろの位置に抽斗のついた四段の棚があり、上には黒い布のかかった虫かごが載っていた。
「どこさんあると?」
「二段目の右」
言われたところを開けると、サプリメントらしい小瓶と一緒に見覚えのあるパッケージとボトルが出てきた。よう見ちょるね、と独りごちながら、心の内が否応なく昂るのを感じた。
きれいで、完璧で、歪みも汚れもない、白石そのものを映しとったような部屋にそぐわないもの。千歳が使うために用意されたもの。白石のための部屋に自分という異物が入り込んで侵食する、その過程を可視化されているようで気分が良かった。征服欲や独占欲といったものをくすぐる感覚はまっさらな雪の上に足を踏み出すのに似ていて、それよりも断然に好かった。
抽斗から取り出したものは千歳の象徴だった。歪で、衝動的で、醜くて、粘ついていて、粗暴で、爛れている。けれどそれは白石のものでもあった。滑らかで正しい理性の殻の奥にあったもの。植え付けたのではなく掘り起こしたのだ。他の誰でもない千歳が。汚したというならそうなのだろう。誰も綺麗なままではいられない。神や天使や聖書なら話は違うが、白石はどれでもなかった。
だからこそ、白石は千歳の侵食を許した。どろどろとした、煮えるように熱い、すべてを食い尽くしたいほど貪欲な、嵐のごとく激しい、それでいて手放したくない、奥底で光を放つ甘やかな感情の塊。きっとそれは、愛といくらも違わない。
振り返ると、白石がようやく腕を引き抜いたシャツを放り落とすところだった。畳まれもせず、ぐしゃぐしゃのまま床に広がる。またひとつ、この部屋に似合わないものが増えた。
千歳は手を伸ばした白石が引き寄せるのに逆らわずベッドに乗り上げ、顔に急ごしらえの理性の殻を張り付けたままパッケージのフィルムを裂いた。