まだ朝日が昇らない暗闇の中、俺は外へ出た。修行するためだ。町には、灯りは燈ってはおらず、静寂が広がっている。この静かな空間が、結構気に入ってたりする。まだ暗い空を見上げていると、何かを蹴った。ん?と足元を見てみると、

女の子が倒れていた、俯せで、地面に。ついでにジムの前で。

ぴくりとも動かない女の子に俺は焦る。なんせ、知らなかったとはいえ、蹴飛ばしてしまったのだから。あわてて俺は地面に膝をついた。

「おい、大丈夫か!?」

肩を揺らしてみるが、応答はない。取り敢えず身体を起こそうと抱きかかえようとした。さらりと腕を摩った髪の毛に少しどきっとしたのは…気のせいということにしておく。抱き起し、女の子の顔を覗き込んだ。可愛かった。じゃなくて。女の子の顔は土で汚れていた。汚れを抜いて、女の子の顔色は悪いように思えた。病気で倒れてしまったのか、町医者はまだ寝ている時間だ。どうしようかと思考を巡らしていると、「うう…」と小さな呻き声が聞こえた。俺は女の子の頬を弱く叩く。小さな声で、何かを言っていることに気付いた。

「どうした?なにか――」

「みず、くだ、さい」
脱水症状なのか、そうなのか。そこの広場に水飲み場があるんだ、水は飲み放題なんだ。その時はそんな事を考えてる暇は無く、ただ俺は焦っていたので、

「い、今すぐ持ってきてやるからな!」

頑張れよ!と言い残し、俺はダッシュで家に戻った。水飲み場があることなんて忘れて、ちょっと距離がある家までダッシュで帰った。ダッシュで冷蔵庫へ向かい、2Lペットボトルのおいしい水を取り出し(まだ開けてない)、途中親父に「ど、どうした?何があった?」とか声を掛けられたけど構ってる暇がなかったので無視した。そして女の子が倒れていたところまでダッシュで向かう。2Lが意外と重い、否かなり重い。が、なんとか向かう。そして、女の子の許まで戻ってきた。女の子は動いてなかった。否、動けなかったんだろう。

「ほら水だ、飲めるか?」

俺は地面に座り、飲みやすいように女の子の頭を自分の膝に乗せた。邪な考えなんて無いからな、断じて無いからな。女の子は薄らと目を開いた。目があった瞬間、少しどきっとした。そっと口元にペットボトルの口を近づけた。女の子の唇が、ゆっくりペットボトルの口に触れた。こくん、と女の子の喉が動いたのがわかった。口端から垂れる水が…なんだか…いやいや違う違う邪念を捨てろ俺。眉間に皺が寄ったのがわかった。女の子はそんな事は構いもせず、ごくごくごくごくごくごくと水を…は?一瞬、自分の目を疑った。いやだって、2Lのおいしい水がすでに空に近いとはどういうことだ。俺は女の子が水を飲み始めてからの息づきを見ていない。一気飲み…2Lを一気飲み…脱水症状時に一気飲みって大丈夫なのか…?呆然とそんなのこと考えた。女の子はいつの間にか身体を起こしていた。ごくり、最後の一口を飲み、

「…ぷはーっ!生き返りました!死にかかっていたところ助けていただき本当にありがとうございました!死なずに済みました!」

ありがとう、命の恩人!と手を握られた。いや、もうテンションといい、2Lのおいしい水を飲みきったことといい、追いつけないんだが。

「…とりあえず、身体に異常はないんだな…?」

「異常?特にないです」

じゃあなんで倒れたんだよ。とツッコミを入れたい。水なんてどこでも飲めるだろ、空腹で倒れたなら兎も角。

「旅に夢中で水分取るの忘れちゃって」

なんとも危ない旅人である。新人トレーナーだろうか?いやそれにしたって、脱水症状って…。

「お腹は何故か空かないんですよね。もう3日も食べてないのに」

不思議ですよねー!あはは、なんて笑えない言葉を聞いてしまった。ぷっつんと俺はキレた。

「トレーナーなら自分の体調管理もちゃんとしろ!」

「ひっ!」

「それができないなら旅なんてするな!!」

「ご、ごめんなさい」

静寂な町に怒号が響いた…やばい近所迷惑だ。取り敢えず落ち着け俺。

「とりあえず、俺のうちに来い。飯くらいは出してやる」

言っておくが、お持ち帰りではない。