目が覚めると、太陽が出ていた。自分の部屋じゃない、見覚えのある部屋はマツバくんの部屋だった。なんでマツバくんの部屋で寝ているんだろう。ぼーっと考えていると、横から大きな影が視界に入ってきた。 「…キュウコン?」 心配そうに私の顔を覗きこんできたキュウコン。寝ながらキュウコンの頭を撫でると、キュウコンは気持ちよさそうに目を細めた。誰のキュウコンだろう、マツバくん?そう思ったとき、部屋の外から声がした。 「リン、起きてる?」 「あ、マツバくん。起きてるよ」 私は体の上体を起こした。キュウコンが私の膝に頭を乗せているから起きあがれない。なんで懐かれたの? 「入って平気?」 「うん」 襖が横に開く。マツバくんが部屋に入ってきた。 「おはようリン、大丈夫?お粥持ってきたけど食べられる?」 うん、と頷く。お粥って私病人みたい。なんで私マツバくんの家にいるの?とか聞きたいけど、一番に聞きたいのは。 「このキュウコン誰の?」 膝に寝っ転がっているキュウコン。懐かれっぷりがすごいんだけど。 「リンのだよ」 「……うん?」 「リンのロコン」 「…ロコン?」 「昨日進化したんだよ、覚えてないのかい?昨日のこと。まぁ今は記憶が混乱してるのかもしれないけど」 昨日…?昨日なにかあったっけ?と思い出してみる。確か、 「あ」 ミヨさん。満月。壁に叩きつけられたロコン。マツバくんとゲンガー。キュウコンと業火。灰になった、ミヨさん 「私の、ロコンがキュウコン?」 キュウコンを見る、キュウコンは私の顔にすり寄ってきた。私のロコンがキュウコンに進化… 「…そっか、そういえば私箪笥の中に炎の石入れっぱなしだったもんね。私のピンチに進化してくれたんだね。ありがとう、改めてよろしくねキュウコン」 コン!と一鳴きした。 「冷めるからどうぞ。喉つらいと思ってお粥にしたんだけど、首は大丈夫?」 「ひりひりするけど大丈夫。ありがとうマツバくん」 お粥を受け取る。うん、美味しそう。レンゲですくって一口頬張る。 「あつ…。うん、美味しい」 「それはよかった」 暫く黙々とお粥を食べる。私のキュウコンは何時の間にかマツバくんのゲンガーと遊んでいた。 「ごちそうさまでした」 「お粗末様でした」 空になった食器をマツバくんが受け取る。「水いる?」なんて聞くもんだから本当に病人になった気分だ、お水貰うけどね。部屋を出て行ったマツバくんを見送ってキュウコン達に視線を移した。昨日の出来事、嘘みたい。でも、首の痛みは本物で。ミヨさんは、灰となった。 「ヒトは最後には灰になって土に帰るんだよ」 「ま、マツバくん早いね…びっくりした…」 「ごめんごめん。はい水」 「ありがとう…マツバくん、昨日ミヨさんは…」 「キュウコンの炎で灰になったよ。彼女は、漸くこの地から解放された」 「漸く、?」 マツバくんは私の横に座り、口を開いた。ミヨさんの話を。 ××× これは彼女の生前から続く話でね、色々調べてみたんだ。ミヨさんは確かにエンジュにすんでいた、50年くらい前に。正確に言うともうちょっと昔なんだけどね。夫と二人で暮らしていた。結婚してからエンジュに来たらしいんだけど、あまりうまくはいってなかったみたいだ。お互いすれ違いが多かったって、言い争いばかりしていて、近所付き合いもうまくいってなかったらしい。何が引き金になったかは知らないけど、ミヨさんは夫を殺した、首を絞めて。そのあとミヨさんは湖に飛び込んで自殺した。小さな事件として片付けられてしまったから、詳しい事まではわからないし、これが本当の話かもわからない。街の老人に聞いてもほとんど覚えてない、っていわれた。でも確かに言えるのは、彼女は此処で生きていたということ。彼女は確かに此処に生きていた。 ××× 「住民票あったし」 「じゅ、住民票?いきなり現実味ある証拠を…」 「で、街の人たちが彼女を忘れた去った頃から、この季節にエンジュ付近で死体が見つかる事件が多発するようになった、あまり知られてはいないけど。10年くらい前からは毎年一人は死体で見つかってる。全部絞殺されていた死体だ」 秋はミヨさんが夫を殺して自殺した季節らしい。私も、マツバくんが助けに来てくれなかったらそうなっていたんだ。ゾッとする話だ。 「ミヨさんを覚えている人は…」 「…おじいさんが数人覚えていたくらいでね、近所付き合いが悪かったせいだね。そんな事件もあったな、程度ですぐに彼女の居た事実は風化してしまったらしい」 そんなの、可哀想だ。忘れられるのは悲しいし、寂しい。彼女は生きていたんだ。 ふと、きらりと光るものが視界に入った。ミヨさんの、簪だ。 「これ…」 「ミヨさんは灰になったけど、それは灰にならずに残ったんだ」 簪を手に取る。すると、何かが頭の中で再生される。 手を繋ぐ、男と女 落ちる赤と黄の紅葉 男から渡される簪 嬉しそうな彼女の表情 ――ミヨさんの、幸せな記憶 「…私、幽霊のミヨさんしか知らない。けど、忘れない。ミヨさんのこと絶対忘れない」 「…そうだね、ついでに死にかけたことも忘れずに」 「う…この度は本当にお世話になりましたマツバくん。ありがとう」 「これから警戒心を持ってくれると助かるよ。まぁ、悪霊だった彼女は灰になったし。この事件が起こることはもう無いだろうね」 彼女は天国へ行けただろうか、それとも今まで犯した罪で地獄へ行ってしまったのだろうか。私にはわからないけれど、次に彼女が生まれ変わったならば、彼女の幸せが続くことを願わずにはいられない。 |